第14話
ジークさんは見た目が美形な上に女性や子供に優しく力仕事も難なくこなすのですぐに村の人に好かれた。
お父さんの手伝いで村に住む人達の手伝いをしたり、家や小屋を修理したりと活躍しては休憩時間に女性に囲まれる事が多い。女性だけでなく気さくで話しやすいとか親切だとかいう理由で性別や年齢問わず村人達に人気があった。
お父さんが自分の管理していた空き家を貸し村で暮らしはじめて七日もたっていないのに以前から住んでいたかのように馴染んでいる。お父さんもジークさんを気に入ったようで最近では私よりジークさんといる時間の方が多い。
「で、スザンナちゃんはジークにヤキモチ妬いてるわけだ。可愛いねぇ」
「だって私のお父さんなのに……」
お客さんがいない時間のお店で私はリンダさんに愚痴を漏らしていた。
ジークさんの事が嫌いなわけではない。寧ろ優しいし、いい人だと思う。
けれどお父さんを取られたような気になってしまう。
「ウォルトが聞いたら絶対にやけるだろうね」
「お父さんには言わないでくださいね!?」
「分かってるって」
くすくす笑うリンダさんに釘を指す。
こんな子供みたいなこと絶対言えない。そんな話をしているとお店のドアが開いて噂の人物が入ってきた。
「こんにちは。スザンナ、リンダさん。丈夫なロープが欲しいのですが入荷してますか?」
「そこの棚にあるよ。噂をすればなんとやらだね。ちょうどあんたの話をしてたとこよ、ジーク」
「!!リンダさん!」
お父さんには言わないでと言ったがジークさんに言うなとは言っていなかったのでリンダさんはあっさりと私がジークさんに嫉妬している事を話してしまった。
「スザンナが、俺に嫉妬……?」
「そうそう、大好きなお父さんを取られたくないってさ」
「うぅ……」
きょとんとしたジークさんと楽しげに笑うリンダさんに挟まれて恥ずかしくなる。自分の顔が真っ赤になっているのは鏡を見なくてもわかった。
「そんな心配をする必要はない。ウォルトさんはスザンナの事を凄く大切に思っている。俺はまだここに来て日が浅いがそれは分かる、それはスザンナの方がよく知ってるだろう?」
「……もちろん、それは分かってるつもりです」
諭すように言われこくりと頷く。
お父さんに大切にされているのはよく分かる。それでも時々寂しくなってもっと構って欲しいな、なんて思ったりもするのだ。口に出して伝えたりはしないが。
「それに俺はもうすぐ居なくなる。そしたらスザンナはウォルトさんを独り占めできる」
その言葉に驚いたのは私だけじゃなかった。
「あら、もう行ってしまうの?せっかく村のみんなとも仲良くなれたんだし、このまま住んじゃえばいいのに」
「……この村は居心地がいいから出来ればそうしたいんですが、少し事情がありまして」
「そう……寂しくなるねぇ」
仕事に戻るというジークさんを見送った後、なぜか私は仕事に集中出来なかった。急にジークさんが居なくなるという話を聞いたからかもしれない。
リンダさんのお店から家に帰った私は三日後にジークさんが村を出ると聞かされた。
寂しくなるとかこのまま住んでくれればいいのにとリンダさんと同じ事をいうソニアさんとお父さんの話は私の耳を通り抜けていく。
そんなにジークさんと親しくしていた訳じゃない。最初こそ一緒に過ごす時間もあったけれど今では仕事中に顔を合わせれば少し話す程度だ。
なのにこんなに離れがたいと思うのはどうしてだろう。
そんな事を考えながら眠りについた私は夢を見た。
夢の中で私は今よりずっと小さな子供でふわふわしたドレスを着ていた。
まだお母様が生きていた頃、綺麗なドレスを着て子供の集まるお茶会に参加した事があった。恐らくその時の夢だろう。
お母様と参加したはずのお茶会だがいつの間にか私は一人で植え込みに座り込んで泣いていた。迷子にでもなったのだろう。
辺りに人通りは無く植え込みの影にいるものだからなかなか見つけてもらえない。しばらく泣いているとがさりと植え込みを横切って一人の少年がやって来る。
少年は幼い私が泣いているのに気が付くと声をかけてきた。
「どうして一人でこんなところにいるの?お母様やお父様は?」
「お母様……いないのっ……」
ぐすぐすと泣きながら返事をすれば少年は「困ったな」と辺りを見回す。
それが申し訳なくて、でも一人でお母様の元に戻ることも出来なくて私はボロボロと泣きじゃくっていた。
すると少年は慌てて綺麗なハンカチで私の涙を拭き抱き締めて背中をとんとんと叩き慰めてくれた。
「大丈夫!俺が君のお母様のところに連れていってあげるから!だから泣かないで」
「ほんと?」
「うん、本当」
少年を見上げて首をかしげると彼は優しく微笑み頷いた。
「ありがとう、お兄さんっ!」
幼い私は助けてくれる人に出会えた事に安心してにぱっと笑った。
すると少年は頬を赤く染めて「こっちだよ」と私の手を引いてお母様の元に連れていってくれた。
お母様と再会できた私は少年の手をぎゅっと握ってこう言った。
「お兄さんは私のお王子様ね!」
幼い子供の言うことだ。たまたま助けてくれた少年が王子様見たいに見えて何も考えずそんな事を口にしたのだろう。
それを聞いた少年は照れたように頬を染めて私の手を握り返した。
「じゃあ大きくなったら俺と結婚してくれる?」
「する!」
「約束ね」
他子供同士の口約束。
私にもこんな純粋な幼少期があったことに驚いた。今となってはそんな思い出もほとんど忘れているのに。
少年にまたぎゅっと抱き締められて顔をあげるとキラキラと光る髪が目にはいる。
「約束だからね?」
そういって微笑む少年の姿がジークさんと重なって見えた。
その瞬間はっと目が覚める。外はまだ暗い。
「……ジークさん……?」
思わず呟いた言葉に応えてくれる声などあるはずもなかった。
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