第9話有名税
「あの、こちらにスギヤマコ◯イチさんからハガキが届きまして。なんでも仕事がしたいから電話をしてくれと電話番号が書かれたハガキが。それでそちらに電話したんですが……」
「ああ、『ポートピアアドベンチャー』の方ですか。お電話どうもありがとうございます。スギヤマです。お電話をくださったと言うことは、お仕事のご依頼と受け取ってよろしいんですかね」
チュンよ。俺のすぐ近くで聞き耳を立てているチュンよ。俺はいま電話であの大御所作曲家のスギヤマ大先生とお話ししているみたいだぞ。
「あの、失礼ですが本当にスギヤマコ◯イチ先生なんですか? いえ、なにせスギヤマ先生は大先生でいらっしゃいますから、そんなお人がわれわれのようなエロゲ製作者にコンタクトを取られるとは思いもしませんので……」
「えっと、申し訳ないけれどそちらのお名前は……」
「あ、申し遅れました。わたくしホリーと申します」
「ああ、ホリーさん。プロデューサーの」
チュンよ。聞き耳を立てていたお前は驚いた顔をしているみたいだな。安心しろ。俺も同じくらい驚いた顔をしているから。スギヤマ先生は俺のことをご存知みたいだぞ。
「じゃあ、ホリーさん。わたしがそちらにうかがうってことでよろしいかな。ホリーさんはわたしのことをよく知ってるみたいだし、そのわたしがそちらにうかがうのがいちばん手っ取り早いでしょう。ゲームの制作現場ってのにも興味がありますし。ぜひ『ポートピアアドベンチャー』の制作現場を拝見させてください」
「そ、それはもう。住所は、どこそこのそこそこです」
「了解です。では明日うかがわせていただきます」
はは、チュン。おおがかりなドッキリだな。これであした、テレビの撮影クルーがドッキリ大成功なんて看板掲げてやってくるんだぜ。まあ、『ポートピアアドベンチャー』が少しばかりヒットしたからな。そんなこともあるだろうさ。しかし、俺がテレビで何度も見たスギヤマ先生ご本人が来るなんてことは絶対にないだろうな。
……
ピンポン
「すいません、スギヤマです。ホリーさんはこちらでよろしいんですよね」
ははは。本物のスギヤマ先生だ。国営放送のオーケストラ楽団を指揮していたスギヤマ先生がいま俺の目の前にいる。
「きみがホリー君かな。その様子だと自己紹介はいらないみたいだね。では失礼させてもらいますよ」
あ、そっちにはチュンが。もしかしたらスギヤマ先生が来るかもしれないと昨夜全く眠れなかったチュンがいるんです、スギヤマ先生。なぜそんなことを知っているかと言えば俺も一睡もできなかったからなんですが……あ、チュンが固まってる。緊張して喋れなくなってるみたいだ。
「あの、スギヤマ先生もああいったエロゲをなさるんですか?」
「はっはっは、ごあいさつだね、ホリー君。わたしだってまだまだいろんな意味で現役さ。当然ああいったものは必需品だよ。ホリー君はわたしのあそこが役立たずとでも言いたいのかい?」
「いえ、そんなことはけして。しかし、スギヤマ先生ともなれば女性は選びたい放題なのでは……」
「その『先生』ってのがくせものでね。ホリー君の反応を見ればわかるが、わたしは顔が売れている。そんなわたしだから、お忍びのモンスター娘風俗遊びもろくに楽しめないんだ。なにせ、しじゅうパパラッチに張り付かれている。そのうえに、わたしを知っているモンスター娘だとやっぱり楽しめないんだよね、もし思う存分自分の変態を発散してそれが世間にバレたらと思うと」
なるほど。顔が売れてるからこそ、俺みたいに気軽に風俗通いができないってことか。たしかに、俺だってデリヘルで来た嬢が『あ、ホリーじゃん。ゲーム作ってるんでしょ。これって取材なの』なんて言ったらなえちゃうもんなあ。
「というわけで、ホリー君の『ポートピアアドベンチャー』には実にお世話になった。で、ファンレターを出して今に至るってわけさ。たぶん、今もパパラッチがここが誰の家かを調べてるんじゃないかな。これはホリー君の周りがいそがしくなるかもね」
いそがしくなる?
「つまり、『スギヤマ先生。新進気鋭のゲームプロデューサーと昼下がりの情事! 女性に飽きたのか! ゲイの肥やしが芸の肥やし?』なんて見出しが写真週刊誌に並ぶかもしれないってことさ?』
「スギヤマ先生ってそっちのお趣味もおありなんですか?」
「いや、冗談だ。芸能界にはそういう人も多いが、わたしはノンケだよ。でも、『大物作曲家のスギヤマ先生、エッチなゲームにご執心?」くらいは書かれるかもね。ここが『ポートピアアドベンチャー』の制作現場だってことくらいはすぐに調べがつくだろうから」
良かった。大物作曲家に関係を迫られるポッと出のプロデューサーはここにはいないんだ。ちょっと有名になったからってそんな疑惑をかきたてられてはたまったものじゃない。
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