第35話 終末を望む時
「そう言えばさ、あのキモいおじさんの前に気になる心の声が聞こえたって言ってたよね? 何だったか思い出せた?」
2人を見て良からぬ想像をしていたおじさん。心の声とはいえ、確かにそのおじさんは不快だが、その前に心音が反応したのが何だったのか、記代子は気になっていた。
「あー、そうそう。えっとね、みんなで死ねば怖くない、みんなで死ねば怖くない、って延々と繰り返す声。気持ち悪いよねー」
おじさんの声はキモいが、こっちの声は気持ち悪い。心音が言うそのニュアンスの違いを、時恵も記代子もはっきりと理解していた。
「確かに気持ち悪いわね。不気味ね。それで、誰から聞こえる声だか分かったの?」
「えっとね、心音ちゃんは耳で聞いてる訳じゃないから誰から聞こえる心の声か分からないんだって」
時恵の質問に対し、記代子が心音をフォローする形で説明する。しかし、時恵はもちろんその事を把握している訳で。
「うん、それは知ってる。何度も心音とループを経験してるからね。
私が聞きたかったのは、その声が誰から発せられてる声か特定出来たのかって事。男なのか女なのか、若いのか年寄りなのか」
気持ち悪い声が聞こえて来た。言葉にするとそれだけの話だが、繰り返す1日を打開するヒントがどこに隠されているか分からない以上、気になった事は可能な限り解明しておきたいと時恵は考える。
「近くに男も女もいたから、誰の声か判断が付かなかったんだよね。でも次に同じ声が聞こえたら、多分特定出来ると思う。
超能力に目覚めてからそんなに時間が経ってないから、あくまで多分だけどね」
時恵の力になりたいからこそ、心音は無用に誇張したり見栄を張ったりしない。自分だけ一方的に相手の心の声を聞く事が出来るからこそ、より誠実であろうとしている。
そして心音がそうあろうとしていると経験上知っている時恵は、かつての心音との間に築いて来た信頼関係を元に、今の心音の事も信頼している。
「そっか、余裕があればその時間帯に3人でそのコンビニに行って確認してみよっか」
次回以降のループで、その声の主を確認する事は出来るはずだ。よほどその人物の行動心理に揺らぎがないのであれば。
とはいえ、心音はそこまでその君の悪い声にこだわっている訳ではない。ちょっと気になっただけ。わざわざ時間を割いて3人でコンビニに張り込むだけの理由はない。覚えていれば、また行こうという程度のものだった。
「じゃ、映画大会にしよっか。どれから見る?」
心音によってテーブルに並べられるDVD及びブルーレイ。だが、残念ながら時恵の家にはブルーレイを再生出来るデバイスがなかった。
「いつも透がブルーレイを再生出来るゲーム機を持って来てくれてたから」
日中集まるのはほとんど時恵の家か渡の家だった。時恵は一人っ子で両親は共働き。日中に皆で集まっても咎める者がいない。
渡の家も両親共働きで、年の離れた姉はすでに独り立ちしている。その他の家は母親が家にいたり、祖父母がいたりと学校をサボって集まるには都合が悪かった。
「じゃあブルーレイの映画は片付けて、観てないのある?」
記代子の問い掛けに時恵が答える前に、心音は1つの映画を手に取っていた。
「これは観てないんだね。でもちょっとヒントになる気がしないな~」
「じゃあ何でこれ借りたのよ」
時恵の問い掛けに対し、心音が目を逸らしながら答える。
「数合わせ……」
「だからってこれはないでしょうに」
心音が持つDVDのラベルには、猿が映っていた。
結局猿ラベルのDVDはパスされ、昨日放送されたという隕石が落ちて来る終末物の映画を観る事となった。
ただ、あまりにも有名で何度も繰り返し地上波で放送されている映画なので、テレビで流しながらお喋りをしたりお菓子を摘まんだりという雰囲気だ。
「仮にね、仮に自分が隕石を落とせる超能力に目覚めたとして、何をきっかけにその能力を使うと思う?」
能力を行使すれば、ほぼ確実に自分は死んでしまう。周りの人間を巻き添えにした無理心中と言っても良い。そんな能力を使うタイミングなんて、記代子にとっては想像も出来ない事だった。
「大切な誰かを失った時とか」
「想いを寄せる人に拒否された時とか」
前者は時恵、後者は心音。どちらもブラックジョークを含んだ言葉を発した。
(ツッコんだら負け、ツッコんだら負け……)
前者は記代子の超能力によって恋人である
もちろん心音が死のうが、時恵の超能力によってなかった事になる。が、目の前で友人が死ぬという精神的なダメージは消えてくれはしない。そこまで分かった上で心音がブラックジョークを口にしたかどうか、時恵には分からないが。
「それで、記代は?」
時恵に問い返された記代子は、すぐに答えを出せなかった。世界を終わらせたいほどの絶望を感じた事がないからだろう。
(透に振られた時ですら世界を恨むほどの絶望感はなかったもんなぁ)
「へぇー、透君に振られたんだ」
今の心音にはまだ伝えられていなかった、記代子の失恋話。心音は心の声が聞こえるとはいえ、その人の全てを見透かす事が出来る訳ではないのだ。
ふむふむ、ふむふむ、と心音が楽しそうに頷いており、隣で記代子が耳に手を当てて「あーーー!」と叫んでいる。心の声を聞かせたくない時の行動が、人の言葉を聞きたくない時にする行動と同じになるという奇妙な光景。
そんな2人を眺めながら、時恵が先ほどの話題、世界を終わらせたいと思うきっかけについて続けて挙げていく。
「後は何だろう……、信頼していた人に裏切られたとか」
(うん……)
「大切な仲間が重圧に押し潰されて自暴自棄になったりとか」
(うん…………)
「全て失って1人になった時とか」
「もう止めて!」
自分が責められている訳ではないと分かっているが、記代子はどうしても申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「大丈夫、時恵ちゃんはその気持ちを分かってほしいだけで、記代子ちゃんを傷付けたい訳じゃないみたいだから」
「それでも私は辛いからね!? 罪悪感で押し潰されそうになるからね!!」
「やっぱこれ飽きた」
記代子の訴えをスルーし、時恵がプレイヤーの取り出しボタンを押した。ウィーンと音を立ててディスクが排出される。
「あれ? これは観た事ないかも」
次に入れるディスクを選んでいた時恵が、一枚のDVDを手に取る。その映画は宇宙から規則性のある電波を受信し、それを元に宇宙へと転移する事が出来る巨大な装置を組み立てて行くという物語だ。
「それね、店長のオススメって書いてあったからとりあえず借りたんだ」
カゴへ入れた本人である心音も観た事がない映画だ。そして記代子も初めて聞くタイトル。時恵が観た事がないならこれにしようと意見が一致した。
静かにポップコーンを食べながらテレビを見つめる3人。記代子と心音は別として、時恵は観た事のない映画を観るのが本当に久し振りだったので、思わず食い入るように見入ってしまっていた。
時間はあるが気が向かない、手が伸びないなんて事は無数にある話で、時間があるからと言って全ての映画を観る訳ではない。ある意味では映画だけでなく娯楽全般に飢えてしまっていたのだろう。
時折喋り掛ける心音におざなりな相づちを打ちながら、最後までその映画を観たのだった。
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