第34話 心の声の聞こえ方

 レンタルした映画を持って、今度こそコンビニへと向かう。そこまで悩まなかったとはいえ、10本分の映画を選んだのでそれなりに時間が経っている。

記代子きよこ心音ここねもコンビニにチンするご飯を買うだけのつもりで時恵ときえの家を出たので、ケータイを持っていない。


(とは言っても心配はしてないだろうけど)


「そうだね、ボクもそう思う」


記代子はすっかり心音に心の声を聞かれる事に対して抵抗感がなくなって来ていた。このままでは世界が終わってしまうかも知れないという緊張感があるからか、それとも心音の雰囲気にやられているからか。


(訳分かんない超能力に目覚めて何でこんなに自然体なんだろ、私なんて人の彼氏を盗ろうと思ってたのに)


 そしてそれを心音に止められたのだ。もっとも今の心音が止めた訳ではないが。自分でそう思っておきながら、頭が混乱しそうになる記代子。

 心音からの反応がないな、と隣を見ると、キョロキョロと周りを見回している。


「どうしたの?」


「ちょっと待って」


 コンビニの前まで来たのに、記代子を右手で制して止める心音。周りにいるのは手を繋いでコンビニから出て来る親子、スマホを耳に当てながら歩くお姉さん、灰皿の前でタバコを吸うおじさん。


(誰かの声が聞こえて来たのかな)


「ちょっと待ってってば」


 そう言われても、心の声を止める事は出来ない。ならばいっそ離れるか、そう思って先にコンビニへ入ろうと記代子が一歩前に出すと、心音がガシッと手を取った。


「ちょっと!? 危ないよ、こけそうになったじゃない」


 記代子が抗議しても、心音はキョロキョロと周りを見回したまま。少し不快そうな表情を浮かべている。

 手を繋いだまま、2人はコンビニの店内へ入る。チンするご飯を6パック手に取って、その足でレジへ向かう心音。店員がバーコードを読み取っている間に一歩後ろに下がる。支払いはもちろん記代子だ。

 レジ袋を受け取り、足早にコンビニを出る心音。もう手は握られていないが、つられて記代子も早足になる。


「う~ん、誰の声か分からなかったよ」


 コンビニから少し離れてやっと、心音が口を開く。やはり誰かの心の声が聞こえていたようだ。


「男の声? それとも女の声? あ、子供も通った。お母さんと手を繋いだ男の子」


「そっか、説明してなかったか。心の声って、顔と声が一致しないと誰の声だか分からないんだよね。記代子ちゃんの声がそのまま心の声の声色って訳じゃなくって、記代子ちゃんの心の声だって分かってるから記代子ちゃんの心の声だなって分かるって言うか~」


 そう話ながらも、上手く説明出来ないでいる心音。

 つまり、その人の口から出る声と、心の声が一緒ではないという事だ。心音は耳から心の声を聞いている訳ではないので、音として認識していない。だから、心の声が男性のものなのか、女性のものなのか、若いのか年老いているのかを声色で判断が出来ないのだ。


「何それ!? じゃあ私の声と時恵の声も聞き分けられないじゃん」


「ん~ん、それは分かる」


「どうやって聞き分けるの?」


「それはまぁ、愛故に?」


 愛故に、時恵の声は分かるらしい。


「本当は?」


「喋り方とか雰囲気とかで分かる」


 何となくの勘で聞き分けているようだ。つまり、全く面識のない人から漏れる心の声は、それを発したのが誰かを見分ける術はないという事。


「で、何をそんなに嫌そうな顔してるの?」


「あぁ、それはさっきのタバコ吸ってたおじさんの声がキモかったから」


「ん? 誰の声から分からないのに何であのおじさんの声だって分かったの?」


「あ゛ー、セーラー服のJK滅茶苦茶にしてぇなぁ~~~って聞こえたから、多分あのおじさんの声」


 心の声の内容によっては、その声の主を特定出来る事もあるようだ。


「うげぇ、確かにキモい……」


「でも最初に気になった心の声はあのおじさんのとは違うんだよね……」


 心音が僅かに言い淀む。右手をあご先に当てて考える様子を見せる。俯いたまま地面を見つめ、立ち止まってしまう。


「心音ちゃん、もうちょっとで時恵の家に着くから、思い出すのは後にしない?」


 ただでさえ意識しなくても色々な人の心の声が聞こえてしまう超能力だ。無理に思い出そうとして、脳にも精神的にも負荷が掛かってしまうかも知れない。

自身の経験から記代子はそう心配しながら振り返ると、何かに気付いたのか心音はぱっと顔を上げた。


「この声は時恵ちゃん!」


 まるで隠れている子供を探すように、心音は電信柱の後ろや看板の裏を確認する。


(時恵の家の前なんだから、わざわざそんなところに隠れたりしないでしょうに)


「見つけた!!」


 そう声を上げた心音の人差し指の先、時恵の自宅の奥にある駐輪スペースに身を隠す時恵の姿が見えた。


「えっと、何してんの?」


 記代子の問い掛けに、恥ずかしそうに答える時恵。


「2人が……、遅かったから……」


「ボクが時恵ちゃんを残して逃げる訳ないじゃ~ん♪」


 逃げられたんじゃないかと、置き去りにされたんじゃないかと心配になって様子を見に外に出たところにちょうど2人が帰って来たのを目にして、急に恥ずかしくなって隠れてしまったらしい。


「ぷっ! あはははははははっ!!」


「記代!? 笑う事ないじゃない!!」


「だって、あっはっはっはっはっ!!」



 拗ねた表情をしながらも、時恵は受け取ったチンするご飯をレンジで温め、その間に野菜炒めの仕上げに掛かる。ガス火でフライパンを煽る姿が様になっている。


「はい、口に合わなかったら醤油でも塩コショウでもソースでもマヨネーズでもお好きにどうぞ」


 大皿に盛った野菜炒めと取り分け用の小皿と割り箸、そして各種調味料を載せたお盆がリビングへ運ばれる。


「わーい、頂きます!」


「ふふっ、頂きます」


 心音と記代子の声に背中を向け、チンとなったキッチンへと戻る時恵。パックからお椀へとご飯をよそい、またお盆へ載せて2人へ配る。


「おいしい! 時恵ちゃんの手料理おいしいよ!!」


 はぐはぐはぐっ、と心音が勢いよく野菜炒めを口へ掻き込む。記代子も一口頬張る。


「ホントだ、おいしい。さすが毎日料理してるだけあるね」


「毎日してればこれくらい誰だって……」


「そうなんだ! お父さんとお母さんにおいしいものを食べさせてあげたいから頑張ったんだね!!」


 心音を前にしては、誰も隠し事は出来ないのだった。



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