第26話 「今さらだよっ!」
渡にとって世界の時間を巻き戻す超能力が戻るかどうなかどすでにどうでもいいのだ。時恵が目を覚ます。その事の方がより重要なのだ。世界の明日などまるでついでのような言い方。
(共に生きるというよりも、共に最期を迎える為……?)
当事者である時恵は気にするな、それよりもこれからどうするかだと言うが、それでも記代子は罪悪感に苛まれ続けている。どうすれば自分は許されるのか、どうしても考えてしまう。
「記代、出来る?」
「えっ!?」
「ちょっと、聞いてなかったの?」
時恵が記代子の顔を覗き込む。何の疑いもなく自分の手が届く範囲に額を差し出す時恵を前にして、記代子は逆に身体を引いてしまう。
天井を見つめたままの時恵、自分を見つめてくる時恵。どちらの時恵の目も、直視が出来ない。そんな記代子に気付きつつも気にせずもう一度時恵は説明をする。
「いい? 私が時恵の右隣に寝転ぶから、記代が右手で私達2人の額に触れる。私の記憶を吸い取って、そのまま右手の中だけを移動させて時恵に流し込んで行く。イメージ出来る?」
時恵は記代子の右手を取り、親指から中指をなぞる。時恵は親指から記憶を吸い取り、手のひらから中指を通して記憶を送り込むようなイメージをしていると記代子へ伝える。
「えっ!? そんなの……」
「やった事ないのは分かってるの。イメージして、出来るかどうか考えてみて。私だってこんなやり取りは初めてだし。
でもさ、もしこれが成功したらさ、私に何かあった時にも使える方法なんだよ。その為の条件としてこの世界の渡を仲間にしておく事と、
だから、今回はこの時恵にとっても、渡にとっても奇跡に近い条件が揃ってる訳。後はあんただけ。あんたが出来ればそれでハッピーエンド! とはならないないけどさ、この2人はまた明日に向けて戦い続ける事が出来るんだよ」
時恵の言葉は優しく、そして記代子さえも気遣うような口調。もし自分に何かあった場合の予行演習であると、言外でそう伝えて来る。
こちらの世界も向こうの世界も、時恵がいなくなってしまえばそれで終わりなのである。その終わりに直面している渡の世界にとって、時恵の超能力の復活は必須。
(出来るかどうか、考える。イメージする……)
自分の肩に掛かっている2つの世界を意識しプレッシャーを感じつつも、何とか朧気に能力を使用した際のイメージを練る記代子。自らの脳を経由せずに右手内で記憶の移動を完結させる。
より具体的にイメージする為に、時恵に頼んでベッドへ横になってもらう事にした。
時恵が眼鏡を外して渡のベッドで横になる。
「全く同じ顔が隣にあるなんて、変な感じよね」
そんな軽い口調で記代子に協力する時恵だが、内心は結構複雑である。
もし渡が言うオンザフライが成功したとすれば、自分の身体と記憶を持ったクローンが出来るという事だ。細部まで全く同じ記憶をコピー出来るかどうかは難しいだろうし、時間も結構掛かると思われる。
その間ずっとじっとしておかなければならないし、向こうの世界の時恵の記憶が逆流して来るかも知れないという可能性もある。時恵にとっても全くのノーリスクという訳ではないのだ。
それでも時恵が向こうの世界から来た渡と時恵に協力する理由とは。
(もちろん平行世界でも付き合っている私達を何とか助けてあげたいって気持ちもあるけど)
時恵の目的はそれだけではない。
(渡に言ったように記代が能力を使ったのは2回だけ。こっちの渡と、
時恵は自らの思惑に合わせ、記代子が能力を行使する回数を増やして行こうとしている。何度も何度も時間を繰り返し、やがて明日を迎える方法に辿り着いた時には。
(その時までは何をしてでも立ち向かってやる……!!)
そんな事を考えている時恵の額に、記代子の右手が添えられる。時恵の左隣には平行世界から来た時恵が天井を見上げている。記代子に記憶を書き換えたお陰か、若干ではあるが穏やかな表情のような気がするなと時恵は感じている。
「う~ん……。
時恵、イメージしてみたんだけど、上手く行くかどうかは正直分かんないのね。自分の脳を経由しないんだから当然なんだろうけどさ。
でも、このまま全力でやってみようと思う。ダメならダメで、もう一度最初からやり直すから、とにかく時恵は私を警戒せず、心を開いてリラックスしててほしいの。
難しいかも知れないけど……」
「大丈夫、何の心配もしてないよ。記憶がコピー出来て、起き上がれるようになったら何かしら合図を送るようにするね。
まぁ合図を送るのは私ではないんだけどさ、同じ記憶を持つ訳だし、ね?
はぁ、ややこしいわね」
「今さらだよっ!」
記代子が時恵にツッコミを入れる。そして渡と3人、手を叩いて笑った。この後どうなるのか誰にも分からない。しかし、重々しい雰囲気のまま臨むよりは良いだろう。
時恵が今現在考えている事も記憶として残るはずで、だからコピーが成功したとすれば左隣の時恵からリアクションがあるはずである。
しかし時恵にしても、記代子にしても、時恵の記憶全てを左隣の時恵へと移す為の所要時間が全く読めていない。もしかすると隕石が降って来る時間に間に合わない可能性もある。だからと言ってちょっとだけコピーして成功しているかどうか確認する、という事も出来ない。
「21時を越えた段階で俺から声掛けるようにするわ。2人とも集中してて時間が分からないかも知れないからな」
「うん、頼むよ。でも21時なら遅いかも。こっちの渡が帰って来るしね。おじさんとおばさんの対応は問題ないだろうけど、渡本人への説明も含めて任せるね」
渡の両親への説明は簡単だ。友達が遊びに来ていると話すだけ。外見上はこちらの渡も向こうの世界から来た渡も全く同じ。人格は違うが、本人になり切って身内を誤魔化す程度なら問題ない。
しかし渡本人にはそうも行かない。自分がもう1人いる。ドッペルゲンガーに遭うとその人間は死ぬ、というホラーのような体験だ。
「まぁこっちの俺も超能力を自覚してるはずだから問題ないだろ。次のループに連れて行くのにちょうどいいんじゃないか?」
渡はこの時点で自身の能力を自覚している。そして、平行世界というここではないどこかに同じような世界がある事も知っているだろう。だから、そこから自分と同じ存在が来るという事は、他の人間よりも受け入れやすいであろう。
「う~ん、それはまだもうちょっと先でもいいかな。今は記代を優先したい」
「へぇ、恋愛よりも友情を選ぶのか」
「そういう訳じゃないよ、記代には私の心の支えになってほしいと思ってるから、今は記代自身が慣れるようにゆっくりでいいと思ってる」
軽口のつもりの渡の声に、真剣な表情で答える時恵。そのやり取りを見つつ、記代子は心を落ち着けるべく深呼吸をしている。
(2人の恋人を奪ったこの能力で、2人の助けになる。大丈夫、この力は使い方次第。悪い使い方をしなければいいだけなんだ)
記代子の右手は時恵と時恵を繋ぐUSBケーブルのようなイメージ。自分の脳内にまで記憶を移動させず、あくまで時恵と右手と時恵で記憶のコピーが完結するよう意識する。
「よしっ、じゃあやってみるね。一度始めたら途中で止められないと思うから。渡君、お願いね?」
記代子の言葉に大きく頷く渡。
「頼んだ!」
記代子の超能力で時恵のクローンを生み出すという試みが今、始まった。
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