第27話 白とピンク
人間の脳みそを記憶媒体と考えた際の、記憶容量は一体どれくらいあるかご存じだろうか。パソコンのHDD、もしくはSSDと比較して、どちらがより多くの情報を記録しておけるか想像してほしい。
現在主流のメーカー製パソコンの記憶容量は標準でだいたい2テラバイト。追加オプションでプラスする事は可能だが、どれだけ増やしても8テラバイトと言ったところか。もちろん複数ドライブの内蔵、もしくは外付けHDDやSSDを繋げて容量を増やす事は出来るし、ネットワークドライブやメディアサーバと接続すればするだけ増えて行く。
ただ、記憶容量の上限値やその限界突破方法など細かい話をすると脱線する為、ここでは2テラバイトくらいなのね、と思って頂ければいいと思う。
さて、話を戻して。人間の脳みそを記憶媒体と考えた際の記憶容量とは。
答えは1ペタバイト。
1ペタバイトとは1,024テラバイトとイコールであり、先ほどの2テラバイトのHDDに置き換えると実に512台分の記憶容量が人間の脳みそにはあるという。
高品質な動画に換算すると、何と連続で13年以上の再生時間に相当するそうだ。最新の研究データではそう書かれているが、あくまで脳みそを記憶媒体と捉えるとそうなる、という話であり、連続で13年分の記憶を覚えておける訳ではないのだが。
さてさて、次は記憶媒体のコピーに掛かる時間は大体どれくらい掛かるのかについて述べたいと思う。これもまたHDDとSSDの違い、それぞれのメディアを繋ぐケーブル規格の違いなど、環境の違いによって大きく左右される為、具体的に述べる事は出来ない。
ここではどれだけ早くても2テラバイトのコピーに対して2時間近くは必要であろう、と思って頂ければありがたい。
では本題に戻ろう。現在
同じ1日を繰り返す、とは言っても、その1日が24時間であるという訳ではない。時恵が戻る基準時間は午前0時。そして隕石が落ちるタイミングは22時。余裕を持って次のループへ移行する事も考えると、実質時間は平均で18~20時間程度。1万回のループを経験したと仮定して、それだけで体感では20年近くの時間を過ごした計算になる。
その時点でもうすでに1ペタバイトの容量を超えているのではないかと思われるかも知れないが、あくまで人間の記憶とは圧縮して格納されるものであり、そのままの生データで残る事はない。見た景色、嗅いだ匂い、その他五感は全て思い出した際に脳が補完して再現しているものであり、全く同じ感覚を脳が記憶している訳ではない。
とはいえ、そう簡単に時恵の記憶をコピーし切れる訳が……
「「終わったわ」」
あるらしい。
「えっと、まだ初めて3分も経ってないんだが」
「知らないわよそんな事」
「記代に聞きなさいよ」
「私に振られても分からないよ……?」
時恵と時恵の記憶をコピーされた時恵。2人の時恵がベッドから降りて立ち上がり、その場で背伸びをする。同時にセーラー服がピンと張って、ふくよかな胸が存在感を主張する。2人はお互い何も言わないのに頭の上で両手を取り合い、組み体操のように身体を引っ張り合う。
そんな一卵性双生児のような2人をただただ眺める記代子と渡。
「ふぅ、記憶が身体に馴染むのかどうかは分からないけど、今のところ問題はなさそうね」
と話すのはコピーされた方の時恵。クローン体とでも呼ぶべきか。
「時間がどれだけ掛かるか分からなかったけど、こんなに短時間で終わって良かったわ。永遠にマウスカーソルがクルクル表示のままだったら恐怖でしかないもの」
「ちょっとその表現は分かんないけど……」
記代子は自分の超能力を行使した結果だとはいえ、目の前の光景を受け入れられないでいる。オリジナルの時恵もクローンされた時恵も、そのまま自分達の状況を受け入れているようだ。
「パソコンと同じ考え方じゃないって事ね。さすがは超能力。科学の延長線上ではないって事よ」
時恵達2人は右手を胸の前に掲げて合わせ、
「そりゃあそうでしょ。現代科学では時間を巻き戻す事は不可能ってされてるんだもの」
そのまま円を描くようにクルクルと回り始め、
「でも私達は時間を巻き戻す超能力を持ってる」
手を離して背中を合わせて止まる。
「つまり、これは現代で考えられている物理法則を無視した能力」
腕を組み合わせて片方の時恵がもう一方の時恵の背中に乗り、そのままの勢いで飛び越えて向かい合わせになった。スカートは捲れ上がらない。
「与えられし神の
2人ともが相手の顔を両手で挟むように掴み、また勢い良くクルクルと回る。
「すなわち私達は神の子」
ピタっ! と止まって目だけ記代子と渡へ向けた。
「「God Childなのよ!!」」
「いやそれただ親以外の人に名付けされた子供って意味だから」
すかさずツッコミを入れた渡。対して記代子はというと。
(ヤバい、どっちがオリジナルの時恵か分からない……)
1人焦っていた。
オリジナルの時恵とクローンの時恵。入れ替わっていたとして、記代子と渡に見分けが付くのか。本来の一卵性双生児であったならば、ホクロの位置や声の質感、身長体重の差異などから見分けが可能だと言う。
ただし、それが身近で生活している親や兄弟などの話。今日突然一卵性双生児になったような時恵達を見て、どっちがこちらの世界の時恵であり、どっちが向こうの世界から来た時恵なのか見分ける術がないのだ。外見だけでなく記憶も同じなのだから。
そもそも見分ける必要のないたった1人の存在だった時恵。その時恵自身がその場でクルクルと回り、どちらがオリジナルか分からなくしてしまった。
これは悪ふざけなのか、それともオリジナルの時恵の思惑があっての行動なのか……。
(どうしよう、変な事を言って逆にその気にさせてもマズい気がするし)
入れ替わったまま渡がオリジナルの時恵を連れて帰ってしまったらどうなるのだろうか。別々の世界において、時恵の超能力は発動するのだろうか。そしてもし発動したとして、時間が巻き戻った後の世界は再び行き来が出来るのだろうか。
この世界で生まれた時恵はこの世界から離れ、全く別の世界で時恵として生きて行く。そんな事を望んでいたとしても不思議ではない。
(それを止める権利が、私にあるんだろうか)
時恵が記代子や渡に言わずに入れ替わるつもりがあるのだとすれば、それを自分が止めても良いものなのかどうか。記代子には判断が付かない。
「「記代?」」
記代子が1人、ぐじぐじと考え込んでいると、時恵達から声を掛けられた。渡を背にして並ぶ時恵達。記代子の正面に2人が立って、ニヤニヤと笑いながらセーラー服のスカートの裾を捲り上げる。
左の時恵の下着は白、右の時恵の下着はピンク。
「あんたねぇ~~~!!!」
記代子は時恵達から目を離さないまま自分の鞄を漁り、マジックペンを取り出して左の時恵の額に『オリジナル!』と書いた。
2人の時恵はクスクスと笑っているが、渡は何が行われているのか理解出来ないまま、少し赤くした顔でその様子を見守っているのだった。
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