第24話:from me to me

 超能力を使って平行パラレル世界ワールドから渡航して来た渡。時恵ときえに対し、自分も一緒に次のループへと連れて行ってくれと頼んでいる。


記代子きよこがいなくなったんじゃ、向こうのあなたの時恵恋人の記憶を元に戻す事が出来ないね」


 時恵は眼鏡をクイッと上げて、渡に答える。


「分かってる。記代子ちゃんがいればまだ何とかなったんだと思う。でも、いなくなったんだ……」


 あくまで可能性ではあるが、記代子の脳内に残った時恵の記憶をそのまま時恵の脳へと戻せば、元通りとは言えないにしても、元の時恵に近い状態に出来ただろう。

 しかしその記代子はいない。だからこちらの世界で時間を戻し、それから渡が自分の世界へ戻る。そうすれば、時間を巻き戻す能力を得た直後の時恵がそこにいるはずだ。


「渡の言いたい事は分かった。私もこちらの渡自分の恋人を失ったばっかだから気持ちも十分に理解出来る。

 でも、異世界人あなたがここにいる状態で、時間を巻き戻した事がないの。何が起こるか分からない」


 時恵はその場で思い付く限りの可能性を挙げていく。


「私は手を繋いでいる人を連れて戻る事が出来る。でも、ループの起点になっている時間にこの世界に存在しなかったあなたを連れて戻る事で何が起こるか分からない。

 あなただけ今の記憶を持ったまま自分の世界に戻れる、かも知れない。

 記憶を持ったまま私達の世界のループの起点に戻れる、かも知れない。

 あなただけ世界の時間から弾かれて記憶がリセットされる、かも知れない。

 そもそも存在自体が消えてしまう、かも知れない。

 挙げればキリがないよね。数え切れない程の可能性と、それと同じ数だけのリスクがある」


(ここにとおるがいればもっと現実味のある可能性を挙げてくれたかも知れないけど)


 そう時恵は考えつつも、口には出せない。ここにいない者に縋っても、何もならない事を痛いほど実感しているのだから。


「じゃあ俺はどうすればいいんだ!? 時恵も! 透も! ……記代子ちゃんも。

 誰もいなくなった。

 さっき言ったよな? 別人格だって。もう俺の恋人だった記憶のある時恵は戻って来ないって。

 それは理解してる。納得は出来ないけど、もう今さら何とか出来る事じゃないのは分かってる。受け入れるしかない。

 でも……、俺は時恵と明日を迎えたいんだ! 何とかしてくれよ!!」


 渡の叫びにも近い願いに対し、目を瞑り考え込む様子の時恵。自ら耳たぶを弄びつつ、ゆっくりと顔を上げる。


「確認だけど、その真っ新になっちゃった時恵は今、どこにいる?」


 どこ、とは何を指しての質問なのか。現在地なのか、それとも。


「……何も考えず連れて来た。今は俺の家にいる。多分寝てるかぼーっとしているかだと思う。

 そっか、時恵がここにいるまま時間を巻き戻せば、あいつもどうなるか分からないんだな」


 そうっ、と小さく零して、時恵が記代子へ目をやる。見つめられた記代子はどうして良いのか分からず、黙ったまま時恵を見つめ返すのみ。


「今から私が話すのは、可能性じゃなくてただの希望的観測。こうなれば良いなっていう、空想に近いもの。

 渡、今から私が話す事を聞いて、実際に実行したとして、上手く行かなかったとしても悪く思わないでほしい」


 時恵の言葉を受け、ゆっくりと頷く渡。無言で時恵が話し出すのを待っている。

 記代子も時恵にどんな考えがあるのか全く想像出来ず、ただただ2人を見守っているだけ。

 時恵はその2人の視線を受けて、再度確認の為に状況を整理する。


「どんな手段を取ろうが、もう渡は恋人だった記憶を持った時恵を取り戻す事は出来ない。これは理解してるのよね?」


 何のリアクションも取らず、渡は無言で時恵を見つめ続ける。今さらそんな事を確認するな、という意味か。それとも早く続きを話せと促す為か。


「じゃあ、リセットされた時恵じゃなく、私の記憶を元にした時恵を連れて帰ればいい」


 私の記憶を元にした、時恵。想定していなかった言葉を受けて、渡が困惑の表情を浮かべる。


「どういう事だ……?」


「今この世界にあなたが連れて来た時恵がいる。そして時間を巻き戻す超能力を持ったこの私がいる。記憶を読み取り、書き換え、上書きする超能力者もいる。

 記代に、私の記憶をあなたの時恵へ移してもらうの」


 突然向けられる2人の視線。記代子はびくりと肩を震わせた。


「そんな事……!!?」


 出来ない。そう口にしかけて、慌てて飲み込む。記代子は自分の能力でそんな事が出来るかどうかなど考えた事もない。

 しかし、出来るのであれば協力したい。例え自分とは違う記代子がした事だとしても、その責任を取れるのであれば……。


(時恵はダメだったとしても悪く思うなと言ってた。つまり過去にも試した事がない方法だという事。でも、やってみようって言ってる)


 自分の超能力で、時恵の記憶を向こうの時恵へと移す事が出来るのか。成功率がどれだけあるかは分からない。

 しかし渡が連れて来た時恵は今現在記憶がない。全くない状態。

 あまり言い表したくない事だが、もし失敗してもこれ以上悪い状況にはならない。従って、試してみる価値は、ある。

 記代子は渡が望めば協力しようと心に決めた。


「時間はあと6時間近く残ってる。私達は別にこのループに用はないから、渡はどうするかゆっくり決めればいいよ」


「いや……、頼むわ。ダメで元々だ。もし上手く行けば、俺達以上にループを重ねてそうな時恵がついて来てくれるって事だろ? すげぇ心強い」


「でも全部の記憶をコピペする事は出来ないよ? 記代が壊れちゃう。それだけは絶対にダメ。私が困る。

 あくまで私のここ何回かのループの経験だけ。そんな都合良く記憶の取捨選択が出来るかどうか分からないけど、記代に読み取られてる時に私が上手く記代へ記憶を送り込む事が出来れば、もしかしたら何とかなるかも知れない」


(昨日記憶を読み取られた時、全部流れ込めって意識したら記代が処理オーバーで鼻血を出した。だから意識すれば記憶を絞って、新しい記憶だけを読み取らせられるかも)


「それだけでも十分だ。今の状態の時恵には、時間を戻す事が出来ない。このまま帰っても、2人で世界の最後を見届ける事しか出来ない。

 まだ出来る事が残ってんなら、俺は試したいし、信じたい」


「分かった。

 記代、良いよね?」


「もちろん。私に出来る事なら何だって協力するよ」


 時恵、渡、そして記代子。3人は時恵の記憶を向こうの世界から来た時恵へと植え付ける事を決めた。それが可能なのか、その後の時恵の経過がどうなるのか、そんな事をぐじぐじと考えても仕方がない。

 やってみて、ダメならまた考える。試行錯誤した上でどうしようもないならば、平行世界から来た渡を伴ってこの世界の時間を巻き戻すという選択もある。

 その場合、失敗したからといってもう一度同じ手段を取れる訳ではない。何が起こるか分からない。あくまで最後の手段だ。


「よし、じゃあ渡の家に行こうか。その前に私達着替えるから、渡はリビングで待っててくれる?」


「うん、分かった。……ありがとうな」


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