第23話:私だけど私じゃない
平行世界から来た
「頼む
この世界でも起こり得た1つの可能性。
(あの時教室で、私が時恵の記憶を書き換えてたら……)
記代子は戦慄する。もしもあの時、渡の記憶を書き換えて自分の恋人にした後、泣き叫ぶ時恵の記憶を書き換える事に成功していたとすれば。
「ちょっと待って。その前に何でそっちの私が記代に記憶を書き換えられたのか、経緯を教えて」
「あぁ、そうだよな。実は……」
記代子がまたも自責の念に駆られている間に、渡が淡々と説明を始める。
向こうの世界でも同じく隕石の出現があり、そして超能力者達の覚醒が起こった。時恵は時間を巻き戻す能力。渡は平行世界へと渡航する能力。
向こうの世界に
特に顕著だったのが、記代子だ。
「記代子ちゃんが、本当にこの世界は終わるのかって言い出して。それで、試しに隕石が落ちるギリギリまでを見てみようって事になって、タクシーでちょっと離れた高い山に向かってたんだ」
「え?
「先生の車? 俺達運転出来ないじゃん」
向こうでは車の運転の練習をしていなかったようだ。こちらの世界では透が言い出した事。それも夢子がいいねぇ、面白いねぇとノッたのがきっかけだ。
夢子がいるこちらの世界と、夢子がいない向こうの世界。
(夢子がいるだけで、みんなが元気になれた。笑顔になれた。でも、向こうの世界には夢子がいなかった)
「タクシーに乗って山の展望台に向かってる途中、バイクの集団に囲まれて、停められた。無理矢理車に乗せられて、どこかの会社に連れて行かれたんだ」
「イタコさん!? そっちにもいるんだ……」
思わず声を上げる記代子。実際に対峙した事はないが、時恵から詳しく話を聞いており、以前の自分はそれがきっかけでループから弾かれた事を知っている。
「いたこさん? 恐山の? いや、それよりも巫女さんって言った方がいいような格好だったけど……」
向こうの世界にも
「会社の中で、透が背の高い男に頭を両手で掴まれて、じっと目を見ながら何か言ったんだ。何を言ったのかは聞き取れなかった。
けど、その直後から透の様子がおかしくなって、目が虚ろで、巫女姿の女の人に頭を下げた」
精神感応系の超能力者による洗脳。イタコさんに絶対的忠誠心を植え付けられた透が最初にした事は、仲間の情報を洗いざらい話す事だった。
「俺が平行世界に行く能力。時恵が時間を巻き戻す能力。記代子ちゃんが人の記憶を書き換える能力だって、透が喋ってしまったんだ。
その時点でやっと気付いた。透がその男の超能力で操られてるんだって。次に狙われたのは記代子ちゃんだった。男が記代子ちゃんに近付こうとした時、咄嗟に時恵が俺と記代子ちゃんの手を握って、その場で時間を戻した。
透を置いて、俺達は次のループに逃げたんだ……」
時恵がかつて経験した苦い記憶。同じような事が平行世界でも起こっていた。心の声が聞こえる超能力者、心音がいたこちらの世界でも透の洗脳を防ぐ事は出来なかった。むしろ、向こうの世界の時恵は渡だけでなく記代子の手も握って逃げる事が出来ていた。
しかし、透のみを置いて逃げてしまった事に、記代子の精神は蝕まれて……。
「2人は付き合っていたからな。恋人を置いて逃げてしまった罪悪感と、ループをしていた事なんてまるで知らない透を見た事で、記代子ちゃんはキレちまったんだ。
ただでさえ先の見えない繰り返し。みんな精神的にすり減っていた。記代子ちゃんにとっての心の支えだった透を失って、頑張る理由も続ける意味もなくなったんだよ」
そして怒りの矛先は、イタコさんではなく時恵に向かう。
「何で透を置いて逃げたのか。何で私を連れて逃げたのか。何で私がこんな思いをしなければならないのか。何で、何で、何で……。
記代子ちゃんの気持ちは分かる。それでも、時恵が責められる事ではない。間に入って、何とか気持ちを切り替えてもらおうとしたんだ。また透を仲間にしよう、声を掛けようって。
でも記代子ちゃんは聞き入れなかった。もう二度とこんな思いはしなくないって。例え記憶がなくなったとしても、死んだとしても二度とゴメンだって」
だから記代子は時恵の記憶を書き換えた。二度と時間を巻き戻せないように。透を失った悲しみから、全世界を巻き添えにしてやろうと……。
「記代、しっかりして」
(ハッ!?)
気付けば記代子は自分の両手を痛いくらいに握り締めていた。
「渡が話しているのは向こうの記代子の話。あんたの事じゃない。言ったでしょ? 姿形は一緒でも、別の人間だって」
「時恵……」
(そうだ、私だけど私じゃないんだ。別の人格なんだ、自分じゃないんだ)
向こうの世界で、記代子がどうやって時恵の記憶を消し去ったかは分からない。しかし、もしかしたらまだ記代子の脳内に時恵の記憶が残っているかも知れない。
一度自分の脳内に時恵の記憶を読み込んでいるはずだ。何故容量オーバーで脳に負荷が掛からなかったのかは不明だが、もしかしたらこちらの時恵に比べて遥かにループ回数が少ないのではないだろうか。
そう思い至り、記代子は渡へと問い掛けた。
「ごめん、もう大丈夫。
それで、渡君。向こうの時恵の記憶を書き換えて、何も覚えていない状態にしたその記代子は、今どうしてるの?」
渡は記代子からさっと目を逸らして、呟く。
「………………、いなくなった」
ぐっと奥歯を食いしばる。いなくなった、の意味は追求しない。したくない。そう思い、目を閉じて記代子は耐える。
(大丈夫、私だけど、私じゃない……!!)
そっと、記代子は柔らかな感触に包まれた。背中を優しく撫でてくれる時恵の手を感じ、ゆっくりと息を吐く。
2人の様子を見て、渡は複雑そうな表情を浮かべて視線を外した。
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