第22話:思わぬ来訪者

 時恵ときえが目覚めたのは昼下がり。学校ではまだ授業が終わっていない時間帯。


(ん~、ちょっとスッキリした、かな)


 1人で寝ていた時よりも熟睡出来た。時恵はそんな気がした。目線の先には記代子きよこの後頭部。サラサラとした明るい髪の毛。思わず手を伸ばし、その感触を楽しむ。


(お人形さんみたいなのよね、黙ってれば)


 記代子の容姿は可愛らしく、愛らしい。女子の間でも思わず抱き締めたくなるよね、と話題に上がるほど。なのにとおるは記代子を振っている。


(男からモテる女と、女からモテる女は違うって言うけど)


 透からすれば幼馴染みとも呼べる記代子。小学生の頃から知っていて、共に成長して来た女の子。その女の子の想いを受け入れる事はなかった。

 時恵がループの話を持ち掛ける際はほぼ、夢子ゆめことカップルになっている透。なっていない場合であっても、タイミングが少しずれた程度でありループの最中にはくっ付いてしまう。

透と夢子、それぞれの想いは隕石が降って来るその日よりも前から育まれた物なのだ。


(そこに介入して記代とくっつける事は不可能)


 記代子の超能力を使えば話は別だが。

 その反面、時恵とわたるは時恵次第だ。秘密の言葉を告げれば渡は時恵の事を信じてくれる。時恵と過去の渡達との間に何があったか話せば、事実だと受け入れてくれる。

 透と夢子とは違い、時恵も渡もお互いの事を好きだった訳ではない。あくまで時恵が経験したループの中で育まれた仲。時恵の話を受け入れて、そして支えてくれるのは渡本来の優しさから来る行動だ。元からある親愛の念からではない。


(付け入っている、のかな……)


 長く続くループで心が疲弊し、爆発してしまった記代子に言われた言葉。『渡の優しさに付け入ってもたれ掛かってるだけでしょう』という指摘。そして、『誰も時恵と渡の最初のなり染めを見てないから信じられない』とぶつけられた疑念。


 時恵と渡が初めて恋人になったのは、何度目のループだったろうか。回数までは覚えていないが、仲間になった誰もが脱落せずに何十回というループを経験していた。

 どうせすぐに隕石をどうにかする解決策なんて見つからない。だからこそ今は楽しもうと皆の意識を切り替えたのは渡だ。元来の優しさとリーダーシップで皆をまとめ上げた。挫けそうになった時恵を支える、絶対に明日を迎えようと言って力強く抱き締めてくれた。

 そう、愛を伝えてくれたのは、渡からなのだ。本当の最初の恋人、渡の方から抱き締めてくれた。


 でも、その事を覚えているのは時恵だけなのだ。


(ダメだ、難しく考えれば深みに嵌まっちゃう)


 前回の渡が言ったように、時恵はストレスを溜め込んでいるのだろう。睡眠を取る事でどこまでリフレッシュ出来るかは分からないが、もう一眠りしようと目を


ピン、ピン、ピンポーーーン♪


 閉じようとした時恵の表情が、驚愕に染まる。


ピン、ピン、ピンポーーーン♪


(何で!? まだ記代にも教えてないのに……!!?)


 ベッドから跳ね起き、そのまま自室を出て階段を駆け下りる。勢い良く玄関を開けるとそこには。


「よぉ、寝てた?」


「な、んで……?」


 私服姿の、渡がいたのだった。



 時恵は仲間達にいくつもの自分達しか知り得ない情報を伝えるようにしている。秘密の言葉もそう。電話番号も覚えるように言っている。その中には、先ほどのインターホンの鳴らし方も含まれる。

 仲間の他にも超能力者がいる以上、自分達しか知らない情報というのは重要だ。それだけで仲間の来訪を知れたり、暗号めいたコミュニケーションを取ったりする事が出来るからだ。

 しかし……。


(このループで渡がその事を知っている訳がない。今さらそんな淡い期待はしない。なら可能性は……)


 向こうの世界の時恵も、この世界の時恵が考えたインターフォンの符号を思い付いていたという事だろう。同じ人間であり、違う人間でもある。たまたま思考の傾向が一致したという偶然か。


「俺が平行パラレル世界ワールドから来たってのは、分かるかな?」


 コクリと頷き、時恵は渡を家へ迎え入れる。頭では分かっている。自分が知っている渡とは違う。別の世界の渡であるという事。それでも、この世界を時恵がループさせているという事実を知っている渡の存在に、自分が伝えなくても知っているという渡の存在に、心が揺れる。



「どうしたの?」


(あ、しまった……)


 階段を登り、自室の扉を開けるとベッドで身体を起こして目を擦っている記代子の姿があった。平行世界からの渡の来訪に舞い上がってしまい、時恵は記代子の存在を忘れていたのだ。

 ちょっと待ってて、と渡に伝えて部屋に入る。時恵はタンスを漁って小さめのパーカーを記代子へ投げる。


「ちょっと、何なの? 誰か来たの?」


「いいからそれ着て。胸ががばがばなんだから」


「はぁっ!? あのねぇ……」


「いいから早くっ!」


 状況が分からないまま部屋着のワンピースの上に渡されたパーカーを着る記代子。それを確認した後、時恵が扉を開ける。


「えっ、渡!?」


「へぇ、記代ちゃんもいたんだ」


 心なしか渡のその声色は平坦で、時恵には冷たく感じられた。とりあえずクッションを渡し、座るよう促す。


「この状況を見るに、この世界もあまり手掛かりが掴めていなさそうだな」


「この世界……? もしかして、平行世界の渡、なの?」


「そうよ。私もこの展開は初めて。この世界の渡には、隕石の事をまだ話していないもの」


 この展開、という言い方をした時恵。この展開というのは、この世界の渡に世界の終末を説明していない状況での、平行世界の渡が時恵を訪ねて来るという展開の事を指している。


「ビックリしたよ。こっちの俺に電話したら何も知らないんだもの。俺もこんな展開は初めてでさ。だから直接時恵の家に来たって訳」


 無数にあるであろう平行世界同士のマッチング。何も知らない、ループを経験していない状態の渡がいる世界は今回が初めてだと話す、平行世界の渡。


(それでも超能力のない世界、そもそも自分がいない世界とかは経験しているんでしょうけど)


 ちなみに電話したのは公衆電話から。平行世界から持って来た携帯電話は他の世界では使えない。スマホに割り振られるIMEIとSIMカードに割り振られるIMSI、その他色々と細かな違いがある為だ。不思議な事に電話番号だけは同じなのだと、時恵は渡から聞いた事がある。


「実は、記代は今回がループ1回目なの。仲間はこの2人だけ。渡はトラブルでループから弾かれた。

 この記代を仲間に引き入れる前は渡と2人だけでループしてたから、透と夢子、心音ここねも何も知らないの」


 あえて自分のせいである事を隠して話してくれた時恵に、記代子は申し訳なさと後悔に苛まれる。が、時恵が視線でそれを制し、微笑み掛ける。


(時恵……)


 そんなやり取りを知ってか知らずか、渡がこの世界に来た目的を話し出す。


「俺の世界では時恵と俺、記代ちゃんと透の4人でループしてたんだ。夢子、って人は知らない。心音さんは知ってるけど、超能力は持ってない。だから仲間には入ってないんだ」


 夢子が存在しない、もしくは時恵達と仲良くなっていない世界から来た、渡。


「俺と時恵、透と記代ちゃん。カップル同士、上手くやっていたんだけど……」


(私と透が、付き合っている世界……!?)


 ドクンッ、と記代子の心臓が大きく拍動する。そんな可能性が、別の世界には存在するのか。動揺を見せた記代子の肩を時恵が小突く。その平行世界において、渡と記代子が歩んで来た日々がこちらの2人とは大きく違う何かがあったのだろう。この世界とは違う何か大きな要因が。

 だから、別の世界では付き合っていたとしても、この世界でもその可能性を見出すのは難しい。しかし、ループを重ねていない今の記代子には理解出来ない。


(後でちゃんと説明しておかないと)


 それよりも今は、渡の話の方が重要。時恵と記代子は時間を戻せば続きを話せるが、平行世界から来た渡にとってはそうではない。時間が限られている。

 クッションの上で胡座を組み、膝の上で拳を握った渡がこの世界へと来た経緯を話し出す。



「時恵の記憶が記代ちゃんによって書き換えられて、何も知らない赤ん坊みたいになっちまったんだ……」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る