第21話:繰り返しと巻き戻しと遡り
「
ひとしきり
「それで、心音の秘密の言葉は何なの?」
「その話は、止めよう?」
(とても口には出せないわ……)
心音の場合、口に出さなくても心の声を読まれるのですぐに心音は信じてくれる。そして、笑顔でにじり寄って来るおまけ付きだ。
(嬉々として教えて来た癖に……。何で別の事を教えてくれなかったのよ)
ぶるぶるっ、と時恵は身体を震わせる。
「えー、そんなに怖い事なの?」
「ん~、まぁあんたに教えたら私もあんたも心音の近くを歩けないからね。
ってか心音の秘密の言葉を私が知っているって記代が知ってるってだけで色々と際どい気がして来たんだけど……。
記代、心音に近付く時は気を付けてね? 何も考えず、心を空っぽにするのよ」
「全く自信がないんだけど」
何にしても、時恵だけが知っているという事に意味があるのだ。時恵だけが知っているからこそ、あぁ自分が時恵を信頼して、万が一の為に教えたんだろうな。それだけ信頼関係が出来ていたのだなと納得してもらえる。
しかし、複数人が自分の秘密を知っているとなると時恵を含めて誰一人として信用出来なくなってしまう。何らかの方法で自分の秘密を曝かれたのだという被害者意識を持ってしまう為だ。
「そっか、そうだよね。もし夢子の口から『そんな事しても大きくはならないわよ、ぷぷぷっ』なんて言われたら引き籠もるかも知れないわね……」
「でしょ? だからこそ秘密の言葉は私だけが知っている事に意味があるの。
あ、もうお昼ね。記代はお弁当作ってもらってるでしょ? 持って来た?」
それぞれの母親が用意してくれた弁当を取り出し、ランチタイムとなった。卵焼きを交換したり、食後のコーヒーを飲んだりと、至って普通のランチタイムを楽しんだのだった。
コーヒーを飲み終えた後、2人して時恵のベッドで横になる。時恵が時間を巻き戻し、気が付いてから時恵も記代子も一睡もしていない。時恵の身体はほぼ徹夜状態で、記代子も2時間ほどしか寝ていない。精神的にはもっと長く睡眠を取っていない事になる。
「コーヒーを飲んだ後に昼寝するのが一番良いんだってね。コーヒーナップって言うらしいよ」
時恵は時間を巻き戻した後、極力朝になる前に寝るようにしている。寝過ぎて隕石の出現時間まで起きれないのを避ける為だ。自分が寝過ごして世界が終わってしまうという間抜けな終末にだけはしたくない。
時恵と記代子、2人のスマホでアラームを設定。通常のコーヒーナップであれば30分を目安に寝るのだが、それではさすがに短すぎるので2時間後にアラームが鳴るようにしておく。
例え2時間以上寝たとしても、今は時恵と記代子の2人しかループしていないのだから、隕石が衝突する直前まで起きられなかったとしても何とかなるのではあるが。
「でも正直寝れるかどうか分からないけどね」
「まぁ記代は2回目だからね。何十回と繰り返せば慣れるよ」
(正直慣れるとか慣れないとかいう問題じゃない気がするけどなぁ……)
でもまさか、自分が時恵の部屋、時恵のベッドで、そして時恵と2人で昼寝をするなどと、昨日まで考えた事もなかった事。記代子は居心地の悪さを感じてしまい、すんなり眠れそうにない。
一方時恵はすでに目を瞑り、寝る体勢に入っている。
(時間を戻す超能力……)
今さら記代子は時恵が語る話の1つ1つを疑う訳ではないが、どうしてもすんなりと納得出来ない事がある。それは時恵の超能力、時間を巻き戻す能力というものだ。
|心音は読心能力。他人の心の声を聞く事が出来る能力。
この3人の超能力について時恵から聞いた際、それほど違和感を覚えなかった。人に対して作用する能力・自分に対して作用する能力だからだ。そういう意味では記代子の超能力も、人に対して作用する能力である。
人の記憶を書き換えてしまう超能力。先の3人にも言える事であるが、現代科学で解明は出来ないであろう。
しかし、時恵と
渡は
時恵は時間を巻き戻し、同じ1日を繰り返す事の出来る能力。
これは現代科学で解明がうんぬんというレベルではない。そもそも平行世界があるという証明すら不可能だし、時間とは不可逆な物であるというのが定説。
(仕組みがどうとか原理がどうとか考えても仕方ないけど、考えずにはいられないよね)
記代子は映画好きな透が話していた事を思い出す。タイムトラベルといえばSFだ。そしてSFとはサイエンスフィクション、ファンタジーとは違い少なからず科学に基づいた空想のお話だ。
親殺しのパラドックス。過去に戻り前回と違う行動をする事で世界が分岐してしまうジレンマ。運命論。世界線。カーブラックホール。ワープ航法。超ひも理論。
(ん? 何か違う気がする)
時恵の超能力について考えるが、結局記代子1人がうんうんと頭を捻ったところで何の糸口も見出せない。
(平行世界と多世界解釈は字面は似てるけど全くの別物って透が言ってた気がする)
加えて寝不足と精神的疲労から来る思考能力の低下。
(タイムマシンに乗って過去の事件を未然に防いでも、自分が元いた未来を救う事は出来ないし……、これって何のアニメだったっけ?)
ついには映画の範疇さえも超えてしまった。
(車・新幹線・飛行機・船のどれを使っても目的地さえ同じであれば未来は変わらない)
その説明については諸説あるらしいけれど、と本格的に脱線し出したタイミングで、時恵が寝返りを打って記代子に抱き着いて来る。顔を記代子の胸元にぐりぐりと押し付ける時恵。
(これも嫌がらせじゃないでしょうね……)
記代子のお腹には豊満な時恵の胸元がぽよんぽよんと押し付けられている形。本当は起きていて、反応を楽しんでいるのではないかと記代子は疑う。
しかし……。
「う~ん、わたる……」
(あー……)
寝言で恋人の名を呼ばれてしまっては、記代子は何も言い返せない。せめて寝ている時くらいは渡を感じていられるようにと、記代子は時恵の艶やかな黒髪をゆっくりと撫でる。
「かたい、むないた……」
(本当に寝てるんでしょうねっ!?)
時恵の寝言(?)をきっかけに、記代子の思考はそこで停止してしまった。
記代子の頭をよぎった疑問。世界のループとタイムリープの違いについては、それ以上考察出来なかったのだ。
時恵の超能力で世界全体の時間を繰り返しているのか、それとも時恵1人だけが世界の時間から抜け出して過去へ戻っているのか。
(時恵1人が時間を遡ったとして、時恵だけが抜け出した後の世界は……)
誰にも答えは出せない。
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