第19話:卵が先か、鶏が先か

 部屋着に着替えた事で気が緩んだのか、ベッドに腰掛けた時恵ときえがあからさまに欠伸をする。大きく口を開いた為に、眼鏡が少しずれる。


「こう言うのも何だけど……、その姿を見たらただの女子高生よね」


 記代子きよこの言葉には返事をせず、長い髪の毛をサイドテールにしてシュシュで結う時恵。黒髪を撫でながらチラリと記代子を見て、自虐的な笑みを浮かべる。


「こう見えて、永遠の美少女なんですけど」


 時恵の体感的に、その精神年齢は100歳を越えている。身体的成長はないが、精神的成長を重ねている。時折見せる陰のある表情。皺こそないものの、記代子は確かに老成したような佇まいを見た。


「私が記代みたいな見た目だったらロリババアの一言で済むんだけどね、ぷぷぷっ」


「あんたねぇっ!?」


「ほらほら、そんなに前屈みになったらスポブラが見えるよスポブラが」


(くっ、どこまで本気で言ってんのよ!?)


 わざとらしく口に手を当ててぷぷぷっと笑っている時恵を見て、この雰囲気にノるべきなのか否かに記代子は迷っていた。今までのループの話を聞きたい。でも今日、このループにおいてはその話題は避けるべきなのか。

 記代子から見た時恵は自然体のように見受けられる。が、そもそも記代子は時恵の自然体がどのような態度なのかを知らない。以前の自分も、このようなやり取りを時恵としていたのかどうか。記代子は判断が出来ないでいる。



「ほらほら、そんなに気を遣おうとしない。悪い癖だよ」


 そしてそれすらも、時恵にはお見通しである訳で。


(やりにくいなぁ……)


「あはっ、やりにくいなぁって思ってる顔してる」


「じゃああんたがもっと気ぃ遣いなさいよっ!」


 はぁ……、とため息を吐きつつ時恵がベッドへ横になる。マキシ丈のスカートが捲れて白い太ももが露わになり、同性である記代子であっても目を奪われる光景。

 そんな記代子の視線を気にする事もなく、時恵は天井を見上げながら微笑む。


「い~よ~、何でも聞いて?」


(時恵……)


 何を聞けば良いのか、何を知れば良いのか、何を理解すれば良いのか……。そもそも自分に時恵の全てを受け入れる覚悟は出来ているのか。覚悟したと思っているだけではないのか。

 そのような想いが浮かんでは消え、消えては口から這い出そうになりつつ、記代子が口にしたのは。


「イタコさんって、どんな人なの?」


 巫女装束でオープンカーに乗り、大麻おおぬさを振るう痛い人についてだった。


「あっはっはっはっ!! いきなりその質問が来たのは初めてかも知れない。これは良い傾向かも知れないわねっ」


 時恵は身体を起こし、記代子へと向き直る。


「良いよ、その質問好き」


 ベッドから降りて、時恵は床に置きっぱなしだったコンビニの袋からポカルスエットとオロミナンC、そしてお菓子類を取り出してテーブルへと並べて行く。

 プシュッとペットボトルの蓋を外し、ぐびぐびと喉を鳴らしながらポカルを飲んだ。


「ふぅ~、おいしい」


「私もそれにすれば良かったかな。んっ、んっ、ふぅ~。まぁこれはこれでおいしいんだけど」


 記代子はプルタブを開けて口を付け、オロミナンCを一気に流し込んだ。炭酸と各種ビタミンが胃に広がり、モヤモヤした頭をクリアにしてくれるような気がした。


「じゃあ、聞かせてもらおうかな。イタコさんと接触したのは何回くらい?」


「初めの1回だけよ。もう2度と連れて行かれるもんかって、避けて通って来たから。どうしても避けられない時は、まぁ記代が見た通りよ。

 あのコスプレ姿は何度も見てるけど、話したのは最初の1回だけ」


 イタコさんに遭遇した最初の1回目で、時恵はその時の仲間のほとんどを失った事になる。


わたるの手を握って、その場で時間を巻き戻したの。それもたまたま隣に座らされてたってだけ」


「何を言われたの?」


「そうねぇ、かなり最初の方のループだったから遠い記憶になってるわ。ちょっと待って」



 しばらく考えた後、時恵はイタコさんと初めて遭遇した時の事を思い出しながら記代子に話す。


「私と渡、記代と夢子ゆめことおる心音ここねが車に乗ってて、バイクに囲まれて停められて、2台に分けて別の車に乗せられた。イタコさんはあのオープンカーで先頭を走ってて。連れて行かれた先はイタコさんの会社の応接室、かな?

 話された内容は、イタコさんは神に選ばれて、超能力に目覚めた人達を導く現代の卑弥呼である。私の指導の下、新たな世界を創って行くのを手伝いなさい、的な感じ」


「神に選ばれた……?」


「そそっ、まぁ心音がいたから嘘を言ってるってすぐにバレたんだけどね」


 イタコさんが話している時、心音がその超能力で漏れ聞こえたイタコさんの心の声を聞き、嘘を言っていると曝いた。結果、イタコさんが他の超能力者を使って無理にでも従わせようとしたのでその場で時間を巻き戻し、時恵と渡のみが次のループへと逃げる事になったのだ。


「心音が超能力者だって、その場の他の人達も分かったんだよね? イタコさんが嘘付いてたって知って、みんなは怒らなかったの?」


「精神感応系の超能力者がいたの。みんな、洗脳されてたんだと思う」


「精神感応系、洗脳……。何か、私の超能力に似てる、ね……」


 記憶を書き換える事の出来る記代子にとって、頭が痛くなる話だ。が、時恵は何て事ないような顔でお菓子の袋を開け、記代子の方へ差し出す。


(まっ、私のお金で買ったんだけどね)


 少しだけ、記代子の心が軽くなった。


「その精神感応系の超能力者に透が洗脳された。背の高い、男の人だった。透の顔を両手で掴んで、じっと目を見て言ったの。『社長にその身を捧げろ』って。そしたら透、イタコさんの前に跪いて『忠誠をあなたへ』なんてカッコつけて言ってさ。

 そんな臭いやり取りを見せられた訳。映画じゃあるまいし、そんな事をさ、現実で見るなんて思わなかったからね。何の反応も出来なかった。すぐに逃げる体勢を取れれば、透だけで済んだのかも知れない」


 しかしその場合の夢子の精神的ダメージを考えると、あの場では時恵と渡だけで逃げたのは良かったのかも知れない。その後何度も渡との別れを経験している時恵としては、そう思わずにはいられない。

 そして、時恵は透が洗脳された後の詳細な状況については伏せておこうと、そう判断した。


(今はまだ、言うべきじゃない。いつかイタコさんと接触する時、その前でいい)


 イタコさんとはいずれ、接触する必要があるのではないか。時恵がそう考える理由とは。


「イタコさんの周りには多くの超能力者が集められてる。元々イタコさんの経営してる会社の社員とかなんじゃないかな。イタコさんも私達と同じタイミング、夜中に目が覚めて超能力が覚醒したんだと思う。多分、だけど。

 で、すぐに神に選ばれたという大義名分をでっち上げて、超能力者達をまとめ上げた。正直に言って、そこまでの行動力と組織力を持ってる相手に、真正面からぶつかろうなんてとても思えない。けど、いずれはぶつからないとダメかも知れない」


「えっと、ぶつかる必要がある、って事?」


「そう。

 記代、思い出して。私は何で時間を戻して同じ1日を繰り返しているか」


「それは落ちてくる隕石を何とかする為なんじゃ……」


「そう、その通り。でもさ、おかしくない? 隕石が落ちて来る当日の夜中に私達は超能力に目覚めた。そこに因果関係があるんじゃないかって、思わない?」


 時恵が記代子に問い掛ける。自分の考えが正しいかどうか、確かめるかのように。


「因果関係……? 隕石が落ちて来るから、それを何とかする為に超能力を手に入れた、とか?」


「その考えは否定出来ない。けど、逆に考えてみてほしいの」


 突然の隕石襲来と、突然の超能力者達の覚醒。因果関係があるのだとしたら。


「逆に、考える……? 逆、逆……。


 えっ、超能力を手に入れたから、隕石が、落ちて来る……!?」


「そういう考え方も、否定出来ないの。だから、どうしてもあの隕石を何とか出来ないのであれば、隕石が来ないようにすればいい。

 もしも、あの隕石が超能力者によって生み出された、もしくは呼び出された物なのだとしたら……」


「その超能力者を探し出して、隕石を呼ばせないようにすればいい」


「その為には」


「「イタコさんの超能力が必要」」


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