第18話:「それだけは絶対嘘だって分かる!!」

 眠れぬ夜を過ごした時恵ときえ。普段通りセーラー服を着てから自室を出て、食卓へ向かう。すでに両親は出勤の用意を済ませ、ちょうど家を出て行くところだった。簡単に挨拶を済ませ、両親の背中を見送る。

 ループが始まってから、このやり取りを何度した事か。無意味に思え、顔を見せる事なく自室に籠もっていたり、反抗期を思わせる態度を見せたりしたが、結局ループが始まる前と同じ態度に落ち着いた。両親にとっては、昨日の続きの今日なのだと、そう思い至ったからだ。


 母親が用意してくれた朝食を摂る。ほぼ同じメニューだが、稀に違うメニューが出る事もある。時恵にとっては密かな楽しみだ。

 テレビは付けない。朝食とは違い、全てのチャンネルの内容はすでに決まっている。出演者の言動に多少の違いがあるとはいえ、時恵は飽き飽きしてしまっている。

 自室からノートパソコンを持ち出してYouTubeやニコニコ動画、Amazonプライムなどの動画サービスを観ていた事もあるし、小説家になろうやアルファポリスなどのWEB小説サイトを読んでいた事もあるが、今ではそれもしない。

 今はただ、時間をあるがまま過ごすのみ。何かきっかけはないのか、あの隕石を何とかする手掛かりがあれば、と妄想とも呼べる思考を巡らしながら食パンを囓る。


(楽しむだけ楽しんだ。もう何かして面白いと感じる事も、なくなってしまった)


 永遠の時を生きるという物語の登場人物達は、何故あんなに生き生きとしているのか。時恵にとっては不思議でしかない。



 時恵が指定したコンビニで待っていると、通学中の学生達に混じって歩く記代子きよこの姿を見つけた。記代子の足取りは重く、若干ふらついている様子。


(記代も寝れなかったのね)


 それもそうだろう。今の記代子にとってはループ1回目。あのまますんなり寝れるはずがない。それも、自分が世界の終わりを回避する為にループしているという気負いがあればなおさら。自分達の肩に世界が乗っている。気が休まる訳がないのは時恵も重々承知している。


(それも私にとっては、もはや今さらな話だけど)


「おはよう、時恵。……、待った?」


「ううん、大丈夫。学校に電話はしたの?」


「うん、明日も休む必要があるならまた連絡してくれって、綸子りんこ先生が言ってた」


 綸子は記代子の担任ではないが、たまたま電話を取って対応したのだろう。時恵が連絡を入れた時は違う教師が対応してくれた。


「そっか、今回は綸子先生だったか。ま、何か買ってから行こっか」


 記代子の返事を待たず、時恵は先に入店する。そのままドリンクコーナーに向かう。カゴを手にして自分の飲みたいものを入れる時恵。


「電話では自分で選べとか私の言う通りに行動するのかとか、偉そうな事言ってたけどさ。前回のループ……、便宜上昨日って言うけど、勝手に飲み物や食べ物を入れちゃったでしょ?

 私も何だかんだ言って取り乱してた。ごめんね?」


 急にしおらしい態度を見せる時恵を見て、記代子が驚く。絶望の中で号泣する姿、敵に追い掛けられても平然と対処した冷静さ、そして大胆さ。

 元々記代子は時恵の事をそれほど知らない。が、昨日だけで時恵の色んな顔を見たからこそ、急に謝られると居心地が悪くなる訳で。


「止めてよっ!? そんな、悪いのは私なんだし、それにっ、ついて行くって決めたのは、時恵の手を取ったのは私なんだから」


 そう言った記代子に、ありがとうと小さく返す時恵。記代子は気恥ずかしさを感じつつ、誤魔化すように好きな飲み物を選ぶ。


(そうだ、あえてあんまり選ばないようなジュースにしよう)


 記代子が手に取ったのは水分補給というよりもエナジードリンク寄りの、自分で買うなら絶対に選ばないであろう種類。


「あはっ、それ選ぶ時は私の予想を外させようとしてる時なんだよね~」


「えっ!? それすらも経験済みなの……?」


「うん、まぁ何でもいいよ。どうせお金払うのは記代の財布からなんだから、ねっ?」


(あ、そう言えばそうだった……)


 どうせならばと半ばヤケ気味に色んなお菓子をカゴに入れていく記代子。それをニヤニヤとした表情で見守る時恵。他の客から見れば、ただの仲が良さそうな女の子達でしかない。問題は、そんなに大量のお菓子を買って学校にいくつもりなのか、と不審に思われている事であろう。

 しかしそれをわざわざ口にする大人などおらず、買い物を終えた2人はコンビニを後にし、時恵の家へと向かうのだった。



「お邪魔します」


 時恵の自宅は一軒家。忙しく働く両親に代わり掃除や洗濯は時恵の担当だ。たまに料理を作る事もあった。ループが始める前の話ではあるが。

 綺麗に片付けられたリビングを通り過ぎ、記代子は2階の自室へと案内された。ポスターは貼られていないが、ぬいぐるみや可愛らしいクッションが置かれている女の子らしい部屋。記代子の部屋とそう変わりない。


「部屋着に着替えるわ。記代子はどうする? サイズ的には問題ないけど」


 記代子にクッションを使うよう手渡した後、時恵はくるりの背中を向けてセーラー服を脱いだ。薄いピンク色のキャミソール、上下お揃いの白い下着。時恵にとって記代子の前で着替えるのは初めてではなく、それほど気を遣う事もない。


「そっか、制服のままだと皺になるもんね。って言っても時間を戻せば関係ないのか」


「そっ、制服の為じゃなくて着心地の問題。そのままでリラックス出来るならそれでもいいけど」


 時恵が着たのはもこもこした見た目のグレーのワンピース。マキシ丈で可愛らしいが、記代子にとってその胸元の隆起が可愛らしくない。

 同じようなタイプのピンク色のワンピースを手渡され、記代子もその場でセーラー服を脱ぐ。まさか時恵の目の前で下着姿になるとは思っていなかったので、白いキャミソールの下は紺色に白いドットのスポーツブラと揃いのボクサータイプのパンツだ。


(次のループではもっと可愛いの着けて来よう……)


(って考えてるんだろうなぁ~)


 それすらも時恵の想定内。そして、次のループでもこの部屋に来るかどうかまでは決まっていないのだが、それは言う必要のない事だ。


「ちょっと、これのどこがサイズ的に問題無いのよっ!? 胸元ぶかぶかだしロングスカートみたいになってるし、着せられてる感ばりばりじゃないの!!」


「そう? そのぶかぶか具合がマニアには堪らないのよって記代が……」


「絶対言ってないっ! それだけは絶対嘘だって分かるっ!!」


 次のループでは自宅から部屋着を持参しようと決意する記代子なのだった。



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