第2章:X+2回目
第17話:記代子の存在
「
ガバッ! と身を起こす
ぼんやりと見える見慣れた天井、ベッド、学習机、ぬいぐるみにポスター。
「戻って、来た……? さっきまで車に乗って、山道走ってたし……、ここ家だし……」
自分の身をもって体験しないと、実感出来ない。時恵の超能力によって時間が巻き戻され、そして今。
Prrr♪ Prrr♪
「ひぃっ!?」
スマホが着信を告げる。ただそれだけの事で記代子は飛び上がらんばかりに驚いてしまった。光るディスプレイに表示されているのは電話帳に登録されていない電話番号。
時間は夜中の2時。このまま鳴らし続けていると家族が起きてしまう。スマホをフリックして電話に出る。
「も、もしもし……?」
『気分はどう?』
「時恵!?」
記代子は元々それほど時恵と親しくなく、電話番号やLINEのアカウントなどを交換した事もなかった。どうして自分の番号を知っているのかと不審に思っていると、時恵がスマホの向こう側でふふっと笑ったのが聞こえた。
『私が何回繰り返してると思ってるの?』
(覚えてるって事……!?)
今からスマホのアドレス帳に電話番号を登録したとしても、再びまた時間を戻すとなるとその登録自体がなかった事になる。連絡を取りたいのであれば記憶する他に手段はない。
「う、うん……」
『ちょっと、引かないでほしいんだけど』
もちろん時恵は他の元仲間達の電話番号も記憶しているが、今はそこまで伝える事はしなかった。
時恵は記代子が起きた事を確認した後、簡単な今後の打ち合わせをする事にした。具体的には
『今回は学校に行かない。私は家でゆっくりしてるわ。
記代子が記憶を書き換える前、時恵と渡がそんなやり取りをしていたのを思い出す。ズキリと心が痛むが、何度謝っても犯した過ちは消える事はない。
それよりも、今からどうするべきかを考えた方がいい。自分の為にも、時恵を支える為にも。
「私はどうしたらいいの?」
『家でダラダラしててもいいし、学校に行ってもいいし。』
(そんな事、出来るはずないよ……)
この街へと迫り来る隕石を目にした以上、普段通りの1日を過ごす事など出来ない。落ち着かないし、何よりどうにか出来ないものかと考え込んでしまうだろう。何も手につかないのではないだろうか。
『私はこの時間に戻って来たらすぐにまた寝るの。身体としては1時間も寝てない状態だから。
今回は記代子に連絡する為に2時間待ってたけどね』
「私と時恵で戻って来るタイミングが違うって事?」
『そう言う事。起点になってる時間は自分が超能力を使えるようになったって自覚した時間なの。これはほぼ確定してる。何度もみんなで繰り返してるから』
超能力を自覚したタイミングは1度寝た後に起きた時だ。それまでは皆共通して入眠している。覚醒している状態で超能力を自覚した者は、時恵が確認した限りではいない。
超能力に目覚めたと同時に脳が覚醒したのか、それとも超能力に目覚めた後に脳が覚醒し、後から超能力を使えるようになったと自覚するのか、そのあたりの詳細については時恵も分かっていない。
『だから、みんなで同じ時間に戻ってるけど起きるタイミングがバラバラなだけなのか。それとも別々の時間を起点として戻ってるのかは分からない。
けど、それはそんなに重要な事じゃない。戻ったと認識する時間が個人によって違うってだけ』
時恵が記代子へ語れるのは経験則のみ。実証のしようがないので、実体験に則って伝える他ない。時恵としては、今は伝えるべき事のみを伝え、後は記代子が実体験した際に追々説明して行こうというつもりなのだ。
だが……。
「ねぇ時恵。私、学校なんて行けないよっ……。だって、透君に彼女は出来るし、渡君見たら罪悪感で死にたくなるし、それに
記代子にとってはループ1回目、かなり混乱しているなと自分でも自覚している。
1度振られている透に彼女が出来る日だと知っており、時恵とのループを強制的に終了させてしまった罪悪感を抱えてもモヤモヤした気持ちのまま心音と遭遇してしまうと、確実に何か勘付かれるだろう。
『だったら家でダラダラしてたらいいじゃん』
「出来ないよっ! 家にはお母さんがいるし学校休めない。風邪だって言ったら病院連れて行かれるし、体調悪くないのに診察受けるのなんて無意味な事したくない」
記代子達が通っている高校は進学校であり、そう簡単に学校をサボる生徒は少ない。記代子も今まで休みたいから休む、という経験がなく、どうすればいいのか分からないでいる。
『はぁ……、分かった。私の家に来る? うちの両親は共働きだから日中は誰もいなくなるし。
で、うちに向かう途中に学校に休むって電話するのよ。親が倒れたから病院に付き添うって言えばほぼ疑われないから』
かなり具体的な指示を出す時恵。これもまた時恵の経験を元にした指示である。そして、時恵は記代子が自宅にいたくないと言い出す事を知っていたという事でもある。
「時恵、私が家にいたくないって言うのって、これが初めてじゃないんだよね?」
『まぁ、そうね』
「じゃあ何で最初から自分の家に来いって言ってくれなかったの?」
記代子が頬を膨らませて時恵に尋ねる。分かってるなら最初から誘ってくれたらいいのに、という拗ねたような表情。
『いくら私が先々の事を知っているからって、その通りになるとは限らない。今回はもしかしたら家でじっとしてるって言い出すかも知れなかった。その時その時の気持ち次第で人の行動なんて丸っきり変わるんだもの』
時恵は何度も何度も同じ1日を繰り返す事で、だいたいこうなるであろうという予想を立てているに過ぎない。人の行動の先を読む未来予知や、人の心を読む読心能力を持っている訳ではない。
(だから、前回は記代が透じゃなく渡を狙ったのを防げなかった)
あの時点で心音を仲間にしておけばと思う時恵であるが、それでも防げたかどうかなど分からない。全てはたらればの話であり、今は結果を受け入れて先に取るべき行動を考えるしかないのだ。
『それに、自分の行動は自分の意思で決めた方がいいよ。私が1つ1つ指示を出してその通り行動するつもり?』
「それは、そうだけど……」
『私が言うのも何だけど、気負い過ぎないで。楽にして。何をしようが今はただ1日が過ぎて、1日戻るだけ。それの繰り返し。
どうあがいたって隕石を回避する事は出来ないんだから、私は過ごしたいように過ごすよ』
記代子との通話を切った後、いつも通り寝ようと布団に潜った時恵だったが、なかなか寝付けないでいる。やはり渡を失ったショックは大きく、心に穴が空いたような気持ちでいる。
(手掛かりもなく、心の支えも失って、それでも私は繰り返し続けるのかな……)
今までも時恵1人でループした事はある。が、だからこそそれがどれだけ孤独なものであるかも経験している。記代子がいるとはいえ、渡を失う原因となった彼女と2人、これからも繰り返して行けるのかという不安の方が圧倒的に大きい。
(あっ! でももしも、隕石を回避する方法が分かれば、その後に……)
今まで考えつかなかったような選択肢を思い浮かべ、時恵はさらに考えを巡らせる。これがもし実行出来れば、自分はこれからもどれだけ辛い思いをしようが、何が起ころうが乗り越えようと頑張れる。
今思い付いた、隕石を回避した後の事。時恵にとって記代子は、絶望の底の底で薄暗く光る希望に変わった。様々な過程を経て、やっと辿り着いた最後の最後の希望。そして、時恵にとっては究極の逃げ道でもある。
もちろん、隕石を何とかしなければならない事に変わりはないのだけれど。
(記代子には悪い事をするようだけど、私はこのまま明日を迎える事は出来ないの……)
結局、時恵は眠れぬまま朝を迎える事になった。
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