第16話:深い衝撃、もしくは最終戦争
しばらく泣き続けた後、
(突然のデレ期……。でも、前の私とこういう事をしてたのかも知れないし)
時恵が馴れ馴れしくなったのに居心地の悪い思いをするが、今は時恵が立ち直る事を優先しようと思い直し、記代子はされるがまま受け入れる。
が、自分では出せないふにふにとした感触に対する嫉妬心が生まれるのも仕方がない事で。
(そんな事考えている場合じゃないけど……、ちょっと腹が立って来た)
「大事なお話があります」
記代子の髪の毛に頬ずりしながら、時恵がやっと口を開く。まるで記代子が考えている事を分かっているかのように、その胸元を記代子の顔にふにふにと押し付けながら話す。
「私は絶望しつつも現状を打開しようと時間を戻し続けています。仲良くなれた仲間達を置き去りにして、1人逃げた事もありました。辛いです。辛いんだよ。一緒に経験した事を、覚えてるのは私だけなの……」
ギュッとさらに力を込めて抱き締められる記代子。胸圧がすごいが、今はそれどころではない。時恵が自分を頼って来ているのを感じ、記代子は聞き役に徹する。
「全部が全部記代のせいじゃない。そもそもどうすれば世界の危機から逃れられるのか未だに全く分かってない。いつまでこの1日を繰り返せばいいのかも分からない」
記代子は小さく頷く。
「1人では限界があるんだよ。みんなで回数が分からなくなるくらい時間を戻しても、どうすればいいか全然分かんないの。1人でなんて無理に決まってる。もちろん精神的な限界も、ねっ?
だからさ、記代には傍にいてほしい。一緒について来てほしい。また渡とお別れになっちゃった事、無かった事には出来ないけどさ。それでも私にとっては記代はやっぱり大切な仲間だって、大切な仲間になってくれる人だった、思ってるんだ」
記代子は時恵の目を見ようと顔を上げるが、すぐにまた強く抱き締められ、胸元に押し付けられる。
(もしかしてこれ、わざとやってるっ……!?)
記代子の耳たぶをぷにぷにと弄りながら、時恵はまだ口を閉じない。
「何度も何度も同じ事を繰り返しても、どうしたらいいのか分からない。気が遠くなるほどの時間を過ごしたらさ、誰だって嫌になる。分かる。私だって嫌なんだよ?
だからね、仕方ないんだって分かってる。私が超能力を使えば、とりあえず世界が終わる事はない。でも、私だけは逃げられない」
時恵が逃げるとどうなるか、つまり世界が終わる。それは回避出来ない事実。これから起こるであろう、運命。
時恵が時間を巻き戻し、その運命が到達するまでに解決策を探す。解決策が見つからなければ再び時間を巻き戻す。その、繰り返し。
「でもね、私自身は昨日まで、昨日って言っても体感的にはもう遙か昔の話なんだけど……。
昨日まで、普通の女の子だったの。ちょっと人より胸が大きい」
(やっぱりこれわざとだっ!!)
胸元を押し付ける擬音がふにんふにんからグリグリに変わり、やっと記代子は確信を得た。時恵が記代子を抱き締めているのは、胸の小さな自分に対するあてつけであるという事に。
「ちょっと! 真剣に聞いてたら時恵ってば……」
「それよ。それが欲しかったの」
時恵の胸から逃れ、記代子が食って掛かろうとしたところを時恵が制する。恥ずかしそうに笑みを浮かべ、記代子へ心の奥底の想いを伝える。
「私は特別な人間じゃない。たまたま時間を巻き戻す超能力が与えられただけ。ある日突然私が偉くなった訳じゃない。
だから、私が間違ってる事を言ったら注意してほしいし、辛そうにしていたら慰めてほしい。どうしていいか分からなくて泣き叫んだら、さっきみたいに抱き締めてほしい。頑張ってるよって、言ってほしい……」
そこまで言い終わった後、時恵はふと空を見上げる。ぽろっ、と涙が零れ落ち、アスファルトへ吸い込まれて消えてしまった。
「時恵……」
「今のセリフね、
助けてほしいんでしょ? 大丈夫だよって言ってほしいんでしょ? 傍にいてほしいんでしょ? って、詰め寄られてね。だから、こういう時は素直になるって決めたんだ」
突然吹き付けられた強風で、時恵の長く伸ばされた髪の毛が掻き乱される。鬱陶しそうに頭を左右に振り、眼鏡を位置を直してから、時恵が再び口を開く。
「でね、記代。あれを見ても、ついて来てくれる?」
すっと空へ手を伸ばし、時恵が指を差す。雲のない夜空に浮かぶ、真っ赤な塊。炎に包まれ、暗かった空がざわめくようにほんのりと明るくなる。
「いつの間にっ!?」
記憶を介した噂話、そういったあやふやなイメージでしかなかった
「いつも突然現れて、この街に降って来る。時間はだいたいこれくらい。毎回時間ぴったりという訳ではないの。
今回は間に合わなかったけど、この山の展望台まで行けばよく分かる。あれは私達の街を目指してる」
記代子にはそれとの距離感が分からない。どれだけ離れていて、どれくらいの大きさなのか、いつ地面にぶつかるのか。
ただ、それが自分達の街へと落ちたとすれば、街だけでなく日本、そして世界全体が終わってしまうだろうという事は分かる。
「そんな……」
何という陳腐さ。何というありきたり。何という結末。
「えっ……、これって」
「「昨日やってた映画と一緒」」
記代子の呟きに時恵が被せる。
「色々と私に聞きたい事、確認したい事があるのは分かってる。でも、ゆっくりと答えてる時間はない。正直に言って、あれが地面にぶつかった所を私は見た事がない。
世界が終わる、世界が終わるって何度も言ってるけど、あくまで予測でしかない。突然現れたのと同様に突然消えてしまう、かも知れない」
「そんな事、ただの可能性じゃん!!」
「そう、ただの可能性。でもゼロじゃない」
「でもっ!!」
「だから、今私が記代に聞きたいのは1つだけ。改めて言うよ?
私と一緒に来てくれる?」
そう言って、時恵が記代子へと右手を差し出す。記代子は知っている。この手を掴めば、時恵と自分だけを除いて世界が巻き戻る。
記代子はじっと時恵の手を見つめ、そしてその手を掴もうと……。
「本当に、いいのね?」
「ええ、いいわっ!!」
力強く握られる時恵の手。2人の手と手が触れた瞬間、世界が光に満ちた。
2人の背後には、夜空を切り裂く大きな大きな隕石が……。
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