第12話:日常が終わる時
『ETCカードが利用可能です』
(本当に運転した事あるんだ……。私なんてエンジンの掛け方すら知らないのに)
「そうそう、ちゃんとシートベルトしとくのよ? 本当に何があるか分からないんだから」
同学年の女の子が車を運転しているのだ。それもセーラー服姿で。
(事故うんぬんよりも先に、高校生が運転してるって気付いた人に停められそうだけど)
ウインカーを出して右折。少し走って大通りに出る。記代子の心配をよそに、滑らかな走りを見せる赤い高級車。全ての座席が革張りで、車体も揺れず乗り心地は良い。
「それで、どこに向かうの?」
時恵はまだ目的地を告げていなかった。ただドライブをするだけではないのは分かっている。記代子の問い掛けに対し、時恵が前から目線を離さず答える。
「山の上の方に展望台があるの、眺めの良い所よ。そこからなら視界が遮られないから、全てが見えるの」
全て、とはこの街に隕石が落ちて来るところ全てが見える、という意味だろうか。記代子は
隕石が突然現れて、この街に向かって落ちて来る。その実感は沸かない。実際に記代子自身が体験した訳ではないからだ。
(確かに、実際に見ないと信じられないか。時恵の言う通りだ……)
窓の外に流れる景色。いつも行くコンビニ。休日にたまに乗る市バス。一度も入った事がない銭湯。どれを見ても記代子にとっては日常だ。日常を過ごす風景が流れている。いつもと変わらない景色。本当に世界の終わりなど来るのだろうか。
「どう? ちょっと時間が経っていつも通ってる道路なんか見てると、私の話が本当かどうか分からなくなって来るでしょう?」
「っ、そんな事!」
考えている事が読まれたのかと記代子は声を上げるが、心が読める超能力者は
「いいの、所詮そんなものよ。人の記憶を覗いたからって、そのまま実体験のように実感出来る訳ないのよ。まぁこれは記代から聞いた話だけどね。
だからきっちりと見せてあげる。私が何故時間が戻すのか、こんなにも辛い思いにさせる原因が何なのか。
突然現れる、世界の終わりをしっかり見るのね。あなたの日常はその時、終わるわ」
(自分にはその現実を受け入れて、その上で乗り越える覚悟が出来るのかな……)
記代子はぎゅっと両手を握り締めた。記代子の日常が終わり、これから非日常を繰り返し繰り返す事になる。
その後、時恵の口数は減り、記代子が繰り返しについて問い掛ける事もなかった。
「そろそろいいタイミングかな、ちょっとコンビニで休憩しよっか」
すでに記代子には馴染みのない場所まで来ていた。信号で止められるたび、周りから車内をじろじろと見られているのではないだろうかと感じて落ち着かなかった記代子だが、特に問題が起きる事もなくすっかり気にならなくなっていた。
時恵がハンドルを切ってコンビニの駐車場へと入り、バックで車を停めた。車を降り、2人はそのままコンビニへと入る。
「あ、家に連絡しといて。今日の帰りは遅くなるってLINEすれば追求はされないはずだから」
時恵の言葉に疑問を感じる記代子。追求されないはず、という理由は分かる。今までの経験からそう言っているのだろう。
「でも、今日はもう帰らない、んだよね? 時間を戻すんだったらさ、連絡もいらなくない?」
どうせ時間は巻き戻り、家に帰る事はない。家に帰らないから、遅くなって怒る親と会う事もなく今日をやり直す。だから、連絡は不要ではないかと記代子は考えた。
「今夜、あなたの従姉妹が遊びに来るのよ。だから何度も何度も電話が掛かって来る。今どこにいるの、みやちゃんが待ってるのよ、早く帰って来なさい、って。
あんたの繰り返しは今回が初めてだからね、この後時間を巻き戻して今朝に戻ったら、親に今日は遅くなるからって伝えておくようにね。そしたら従姉妹が遊びに来る事もなくなるわ」
記代子は時恵に自分の従姉妹、
(信じてる。信じてはいるつもりだけど……)
時恵から語られる自分に纏わる話をされて、記代子が感じている真実味がどんどん増して行く。増して行くたびに、記代子はさらに覚悟を重ねて行く。
(ゆっくりじゃないと本当の意味で受け入れられないもの)
記代子の内心を見透かしながら、時恵はカゴへどんどん商品を入れて行く。飲み物、菓子パン、スナック。迷いなく、そして値段を見る事もなく、すぐにカゴが一杯になった。
「ちょっと買い過ぎじゃない? お金もったいな……」
(あ、そうか。今使ってもどうせ時間を巻き戻すのなら……)
「そう、無駄遣いしても無駄遣いした事すらなかった事になるの。大丈夫、ちゃんと記代の好みも把握してるから」
時恵がそう言って、カゴを記代子に見せる。確かに記代子が好んで買うものばかり。記代子は時恵と一緒にコンビニに入った記憶はないが、時恵は確かに自分とコンビニに来た事があるようだ。
「うん、ありがと」
「お礼を言う必要はないの。払うのはあんたなんだもの。サイフに2万入ってるの、知ってるんだから」
時恵のこの言葉にはさすがに記代子も驚いて、そして数時間ぶりに記代子を笑わせたのだった。
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