第11話:世界の終わりを見に行こう
「今から
私と
教室を出て、
外はすでに夕暮れ時。先ほどまで聞こえていた部活動に励む生徒達の声も小さくなって来た。
「受け入れると言うか……、私は時恵の言葉を信じているわ」
立ち止まり、時恵は記代子に向き直る。じっと目を見つめ、口を開く。
「記代、私は知っているの。あなたはこう言うのよ。
そんな事言われたって私には想像出来ない。世界が終わるなんて現実味がない。実際に終わった訳ではないんでしょうに。証明して見せて。何度も何度も同じ1日を繰り返すのにはもう飽きた。無意味。虚言。疲れた。勝手にやってればいい。付き合ってらんない。やってらんない。あんた1人で世界を救いなさい。私は降りる。これ以上渡を振り回さないで。二度とあんたの顔を見たく……」
「分かった! ごめんなさいっ!! 私が悪かったから……」
はははははっ、と乾いた笑い声を上げ、時恵はため息を一つ吐いて口を閉じる。やるせない表情を浮かべたまま、記代子に一歩近付いた。
「いいのよ、今の記代がした事じゃないわ。って、本当ならそう言いたいところなんだけどね……。
私は何度も何度も何度も、経験している。そして覚えてる。忘れられない。裏切られた経験は消えないのよね」
記代子には時恵が浮かべた表情に、寂し気な老婆のような印象を受けた。
もちろん時恵は記代子と同じ高校生。長く伸ばされた黒く艶やかな髪の毛。よく手入れしている事が窺えるし、記代子よりも発育の良い胸も、すらっと伸びた脚を見ても若々しい。
自分の身体を観察されている事など気にしていない様子の時恵は、再び口を開き続ける。
「初めて連れて戻る相手にはまず、現実を突き付ける。これが変えられない結末なんだって自分の目で見させるの。私が何度繰り返しても変えられない結末を見せて、これを変えようとしているのよって分かってもらう。
世界の終わりを目の当たりにした上で、本当に私について来るかどうか、もう1度聞いてあげる……」
ぼそぼそと力なく零す言葉。その声に力はなく、記代子には時恵が次を繰り返す意思を感じ取れなかった。
記代子はそれでも、怖々と問い掛けずにはいられなかった。
「もしその上で……、私がやっぱり止めるって、ついて行けないって、言ったら……?」
時恵は顔を逸らして何も言わず、ただ落ちる夕日を見つめるだけだった。
外の景色を見ながら佇んでいたのはほんの一時だけだった。時恵はまた小さくため息を吐き、そして歩き出す。記代子は黙ったまま、その背中について歩く。
「時間があんまりないの、今から職員室に行くから。
この時間に職員室にいるのは
「先生の記憶を、書き換える?」
「そう、綸子先生なら何度も成功しているから、何の問題もない。それとも怖じ気づいた?」
「そっ、そういう訳じゃないんだけど……。分かったわ」
頷く記代子に続けて時恵が具体的な指示を出す。
「えっ!? でも、そんな……」
「大丈夫、何の心配もないわ。大事なのは、相手に警戒される前に手を出す事。
さっきの渡にしたみたいに、ね……」
「…………」
(そんな言い方されたら、やらない訳にはいかないじゃん……)
そんなやり取りをしているうちに、職員室へと着いた。時恵はノックをしてからドアを開ける。職員室の中には綸子先生以外の姿はない。
「失礼します。綸子先生、ちょっといいですか?」
時恵は返事を待たずに、ノートパソコンを睨んでいる綸子先生のデスクへと近付く。おずおずとその後ろを追い掛けて記代子が歩く。
「あら、珍しい組み合わせね、こんな時間まで残っていたの?」
振り向いた綸子先生の額に記代子が右手を伸ばし、瞬時に記憶を書き換える。
(綸子先生は時恵と約束していた)
「………………。
あぁ、ごめんなさい。忘れていたわ、はいコレ」
「ありがとう。
さ、記代。行こっ」
「え、ええ。失礼します」
時恵が受け取ったのは、綸子先生の車のキーだ。時恵が記代子に指示を出したのは、綸子先生が時恵へ車を貸すという約束をしていた、という記憶を植え付けるというもの。
車のキーを貸す約束をする相手なのだから、当然運転免許を持っているはずだという綸子先生自らの記憶の辻褄合わせが行われた結果、こうしていとも簡単に車のキーを手に入れる事が出来たのだ。
(こんなに簡単に車が手に入るなんて……、自分の能力だけど恐ろしいわね)
時恵と記代子は職員室から出て下駄箱へ向かう。早足で歩く時恵を追い掛けながら、記代子が小声で話し掛ける。
「時恵、あなた本当に運転出来るんでしょうねっ!?」
「だからさっきも言ったでしょ? 実際に見るまで信じられないでしょって」
下駄箱で靴を履き替え、校庭をぐるりと回って駐車場の職員用スペースへ移動する2人。普段この駐車場へ来ない記代子は、綸子先生がどんな車に乗っているのかすら知らない。が、時恵は迷いなく歩いて行く。
時恵がリモコンキーを操作すると、赤い高級車のハザードランプが2回点滅した。
「へぇ、綸子先生ってば良い車に乗ってるのね……」
「親がお金持ちなんだって。事故した時にちゃんと車内を守れる車がいいからって、買い与えられたらしいよ」
(確かに資産家令嬢って雰囲気あるのよねぇ、綸子先生って)
記代子がそう考えている間に、時恵は後部座席のドアを開けて通学鞄を放り込んだ。
「ほら、ここに座って」
時恵は記代子を手招きして、座り心地の良さそうな運転席の後部座席を指さす。
「え? 助手席じゃダメなの?」
「万が一を考えてこっちに乗って。その万が一が何回起こったか、聞きたい?」
時恵の顔は、冗談を言っているような表情ではない。時恵は車の運転が出来ると言ったとはいえ、やはり簡単に信じられるものではない。
時恵も記代子も高校2年生。どう考えても車を運転して良い年齢ではない。
「やっぱり危ないんじゃん! 電車じゃダメなの!?」
「大丈夫よ、私は事故を起こした事ないもの。ちゃんと練習したし。記代にもちゃんとちゃんと教えてあげるわ。結構楽しいよ? 運転するの。
あんたの運転の方がよっぽど危なかったけどね、楽し過ぎて調子に乗るタイプだからね」
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