第13話:超能力者集団
後部座席に座って飲み食いしている2人を見ても、運転する誰かが席を外しているだけだと思うだろう。
「ふふっ、前もこんな風にこの車でパンを食べてたなんて、想像も出来ないな」
緊張が解れて来た為か、記代子は先ほどよりもリラックスしている様子。時折時恵の方をチラッと見ては笑い掛ける。とても人の彼氏を超能力で奪おうと企んでいた女の子には見えない。
「記代と2人だけでこうしてるにはさすがに珍しいけどね。
その時はさすがにこの車じゃなくてもっと大きい車を借りてたけど」
そんな時恵の返事で、記代子は我に返る。
(そうだ、渡君と時恵が2人きりになったのも、時恵1人きりになったのも、原因は私なんだった……)
(思い出したみたいね。苦しめとは思わない。でも覚えておいてもらわないと)
時恵にしてみれば、常に罪悪感に苛まれながらついて回られるのは辛い。しかし、記代子には自分がこれからするかも知れない行動、時恵に対する裏切り行為を時恵が経験しているという事実は忘れてもらいたくない。
かなりの確率でまた、今の記代子が同じ事をすると考えられるからだ。
時恵が記代子に向き直り、じっとその目を見つめる。
「私は何度も何度も繰り返して、これから起きる事はだいたい把握しているつもり。でも、1つのちょとした行動で展開が変わる事も経験して、知っている。バタフライエフェクトって言うらしいけど。
いい? 記代は私の指示でその超能力を使って。私が指示していない時に使われると、これから起きると想定している事が全て大きく狂って行く可能性があるの」
記代子は頷くしか出来なかった。しかし、そんな記代子の反応に時恵は納得しない。さらに続けて話す時恵。
「記代、私はただ頷いて、ただついて来るあんたを必要とはしてないの。私の寂しさを共感してくれて、支えてくれる。そして間違ってたら違うと教えてくれる。そんな記代にまたなって欲しいと思ってる。
私が見てるのはあんただけど、あんたじゃない。でも、そんなあんたにあんたはなれる。なってほしい」
本音を言う恥ずかしさからか。それとも渡を奪われた相手に心を開く嫌悪感か。記代子には判断出来なかったが、時恵が言いたい事は受け止めた。
自分ではない自分がかつて、時恵の傍にいた。その自分は時恵の寂しさに寄り添い、言わなければならない事を言える人物だったのだろう。
今の自分も、その自分ではない自分も、元を正せば昨日の自分をベースとしている、のだと記代子は考えた。
(私にも、時恵に寄り添う事が出来るかも知れない。いや、なるんだ。そうじゃないと、世界が、終わる……)
「分かった、とは即答出来ない。けど、やってみる」
記代子の返事を受けて、ふっと時恵の表情が和らいだ。そして小さく呟く。もう言わせないでね、と。記代子は俯いてしまった。
「そこははっきりと頷いてほしいんだけど」
「……、ごめん」
「謝らないでよ……」
2人はその空気を取り払うように、再び菓子パンに齧り付いた。
もそもそと菓子パンを食べている間に、外はすっかり暗くなってしまった。時恵が時間を確認し、そろそろかなと口にする。
「え? 何か待ってたの?」
「うん、待ってたというか、タイミングがずらせればと思って。でももういいかな。時間も限られてるし。
もう出発するから、ゴミを捨てて来るね」
時恵が飲み食いして出たゴミをコンビニの袋へ纏めて行く。どうせ時間を巻き戻してこのゴミも出なかった事になるとはいえ、時恵は性格的に気になってしまうようだ。
(どれだけの時間を過ごしたとしても、こういう所をしっかりしないとダメなんだろうな)
先ほどのコンビニの支払いだけでなく全ての事に対して、どうせ時間は戻るのだという気持ちでいればいずれ自分が自分でなくなってしまうかも知れない。
どうすれば自分を保っていられるのか。自分自身望まない行動をしないようにするはどうすればいいのか。時を繰り返す先輩として、時恵を見習わないといけないと記代子は思った。
ゴミを捨て、トイレを済ませて再び車を走らせる。先ほどの空気を引きずり、無言のままの2人。その空気を変えたのは、けたたましいオートバイの排気音だった。
「はぁ……、裏目に出たみたい。イタコさんに見つかっちゃった」
明らかに面倒な事を前にした、うんざりしたような時恵の声。時恵はこれから起こる事も知っているのだろうと記代子は感じる。
つまり、何かしらのトラブルだ。
「い、イタコさんって!?」
「ん~、ちょっと長くなるから説明は車出した後でいい?」
コンビニの駐車場からゆっくりと大通りへ向かう。時恵はじっと車の流れが途切れるのを待つ。
「もしかしてあのバイクの音、こっちに向かって来るの? これって1台だけじゃないよね!?」
「うん、その通り。ちょっと飛ばすから」
言い終わってすぐにアクセルを踏み込む。記代子からは窺えないが、時恵は面倒臭そうな目つきから真剣な表情へ変わっていた。明らかにこちらへ向かって来ているフルフェイスのヘルメットをかぶったオートバイの集団から逃げるように、夜の街を飛ばす赤い高級車。
「ねぇ、何であの集団は私達を追い掛けてんの!?」
「超能力者がどこにいるか分かる超能力者がいるの。私達は……、私はイタコさんって呼んでる。あのオートバイはその指示を受けて追い掛けてるだけで、イタコさんは車に乗ってる。多分そんなに離れてないと思う。
検索範囲がどのくらいの広さなのか分からないから、タイミングだけでもずらそうと思ったんだけどダメだったみたい」
この時間、この周辺に別の超能力者を探す超能力者が、つまりイタコさんがいると知っていた時恵。いつもであれば接触しないで済むようにこの辺りには来ないのだが、世界の終わりを見せる為にはこの道を通らないとならない。
「あのバイクに追い付かれたどうなるの!?」
「この車を止めるのが目的。止めた後にイタコさんの車に乗せられて、超能力者が集められてる場所に連れて行かれる。
そのせいで一度、渡以外のみんなを失う事になった」
時恵は今日より以前から超能力を自覚していたと話す人間に会った事がない。つまり、追いかけて来る超能力グループは能力に目覚めて即日グループを立ち上げた事になる。
その目的は? 何故そんなにすぐに団結出来たのか? 記代子が少し考えただけでも、あまり良い事は考えていなさそうだなと思い至る。
だから、時恵は二度と捕まるつもりはない。
幸いにも前方に車は走っておらず、信号も見通す限り青。法定速度など今さらな話。高校2年生の時恵が運転している時点でアウトである。
2人が乗っているこの車とバイク集団の距離がどれくらい離れているのか、記代子には見当もつかない。ただたびたび後ろを振り返り、追われ続けているのを確認するくらいしか出来ない。
「前向いてないと首痛めるわよ」
時恵が左にウインカーを出し、そして直後に右折する。しかしオートバイの集団はまだ距離が離れている為に引っかからなかった。
大通りから2車線の通りへ入り、右折と左折を繰り返しながら逃げる赤い高級車。先回りされたとて、目的地を知られていない以上何とでもなる。
「もう振り切れたんじゃない?」
住宅街へと入り、オートバイのヘッドライトはもうついて来ない。しかし。
「言ったでしょ? 私達超能力者がどこにいるのか分かる、イタコさんはそんな超能力者なんだって」
時恵の言葉の直後、交差点を大きく左折して来るオートバイが1台見えた。
「記代、前向いてちゃんと座ってんのよっ」
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