第09話:「覚えているのは、私だけなんだよ……」


並行パラレル世界ワールドからわたるが来てくれるのもね、もう3度目なんだよ。4度目かな?

 覚えてないけど今回が初めてじゃないの。初めてじゃないの。

 それに、私と共に時を過ごしていない渡なんて、ただのソックリさんだから。遺伝子が全く同じってだけの別の存在。

 そういう意味では、そこで混乱しているこの世界の渡もそうなるわ。だって、共に世界を救おうと頑張って来た記憶がないんですもの。

 記憶がないのよ、分かる? キスした事も、一日中抱き合った事も、テーマパークで遊び回った事も、車の運転の練習したり、この1日を抜け出せたらどの大学に行きたいかとか、こんな部屋で一緒に暮らしたいねって約束した事、子供の名前はどんなのがいいかって話し合った事、意味がないのに両親に合わせたり、喧嘩した後に仲直りした事も、もうこの世界は諦めて別の並行世界に逃げようって真剣な顔して言われたり……、全部なかった事になったの。分かる?



 覚えているのは、私だけなのよ……」


 そう言って、時恵ときえは再度床に目をやってぼんやりとし出す。その無表情な顔からは何を考えているのかの想像すら出来ない。

 2人の渡は気まずいような、居心地が悪いような表情で、お互いの顔を見合わせては口を開き、そして閉じるというやり取りを繰り返している。



 時恵の独白を聞かされて、記代子きよこは先ほど体感した時恵の孤独感を思い出して身を震わせる。

 知らなかったとはいえ、自分はとんでもない過ちを犯した。

 たった1人、世界を危機から救おうと奮闘していた時恵の、唯一と言っていい心の支えを奪ってしまった。


 どうすれば、どうすればこれから先も時恵が1人、世界を救う為に時を繰り返してくれるのだろうか。

 自分の身体を痛め付けられたとしても、次の繰り返しに立ち向かう気になってくれさえすればそれでいい。

 記代子がそう思った矢先の、時恵のついて来てという呟き。その真意は一体何なのか。

 時恵は渡という支えを失った。だから、ある程度の事情を知ってしまった自分に支えになってほしいと、そう思っているのだろうか……。



「そうそう、渡……。並行世界から来た方の渡ね。


 この世界の時を巻き戻せば、あなたの世界でも時間が巻き戻るって説明を受けたらしいけど、それだったらさ、無限に存在するであろう時を戻す能力を持つ時恵という女のせいでさ、並行世界全てにおいて明日なんか来ないよね。この世界が危機から脱してもさ、別の世界でも全く同じタイミングで危機から脱するとは限らないじゃん。こっちの世界ではクリアでも、別の世界ならアウトな訳。だったらその世界の時恵が時を戻すでしょう? そしたらさ、この世界も時間が戻る訳。それも私自身が把握出来ない状態で。永遠に前に進めないよね。詰んだわ、止めよう? もういいじゃん。終わってもいいじゃん。ね、いいよね? 終わってもいいよねぇ~!! お疲れ様って、頑張ったねって、じゃあ一緒に終わろっかって誰か言ってよ!!


 うわぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」


 またも時恵が絶叫し、頭を掻き毟る。床に膝を付き、小さな肩を大きく揺らす。


 その肩を掴み、並行世界の渡が時恵の顔を覗き込む。


「俺にはそんな難しい事は分からない。

 分かったのは、俺の世界はダメかも知れないけど、こっちの世界はまだ可能性がない訳ではないって事だ。何でこいつが平行世界ごと時間が巻き戻るって言ったのかの真意は分からん。けど、その気持ちはだいたい想像出来るんだ。

 ここに時恵がいて、時を戻す能力がある。あっちにも時恵はいるけど、時を戻す能力はないんだ。

 お前が今まで孤独を感じながらも何とかしようとして来たってのは分かる。

 だからこそ、ここで止まっちゃダメだ。この世界には、必ず危機を救う方法があるはずだ。

 もう一度最初から、何も知らない俺のソックリさんに事情を説明してやってくれないか」



 2人のやり取りを見て記代子は息を飲む。

 渡はさらりと言ったが、自分の世界が終わるのだ。

 なのに何故時恵を説得しようとするのか。全く関係のない並行世界の為に? 自分の世界に戻れば、後は終末を待つだけになるのに……?


「何故……、何故あなたは初めて来た世界の為にそこまで出来るの!? あなたの世界はめちゃくちゃになっちゃうのよ!? 今ここでこんな事をしている場合じゃないんじゃないのっ!!?」


 記代子は思わず心の声を吐露し、渡にぶつけてしまう。渡が顔を上げて、記代子に向き直る。


「理由はないよ。自分と全く同じ人間が、世界の為に頑張ってたんだ。

 こいつの戦いはここで終わってしまったけどさ、時恵はそれを見ていた。共に戦っていたんだ。

 時恵がいる限り、その頑張りはなくならない。時恵は記憶が継続されていないと同一人物だとは思えないって言ったけどさ、それは違うと思うんだ。

 きっと、この世界の俺はまた時恵と手を取り合って世界の為に頑張るんだと思う」


 時恵はじっと目を見て、渡の声に耳を傾けている。

 その様子を見て、渡が両手を取り立ち上がらせる。時恵も抵抗せずに腰を上げて、そして渡の次の言葉を待っている。



「恥ずかしいから言うなよってこいつから口止めされてたけどな、実は俺、俺の世界の時恵と付き合ってるんだ。

 さすがにそこまで一緒の世界は初めてだって聞いたよ。

 俺が存在して、時恵も存在して、付き合ってる。そんな世界は今までなかったろ?

 だからさ、こっちの世界の時恵と、俺には頑張ってほしいんだよ。

 俺は時恵が立ち直り次第すぐに元の世界に帰る。どうなるかまだ分からないけどさ、もし俺の世界はダメだったとしても、こっちの世界の俺達はこの危機を乗り越えるんだって思えば、最期の瞬間まで時恵と抱き合って、笑ってられると思うんだ。


 ダメかな……?」


(渡……、嘘ばっかりついて、そこまでして私に頑張らせたいの……?)


 時恵は今はもう記憶を失ってしまった渡へと思いを馳せる。


『ほとんどの平行世界で俺と時恵が付き合ってるんだぜ、すごくない!? もうこれ運命でしょ!!』


 自らの超能力で時間を巻き戻している時恵にとって、運命なんてあるのかという疑問も感じたが。それでも、そんなやり取りさえ時恵は覚えている。時恵を励ます為についた嘘なのか、それとも何かあった時の為、平行世界から助けを呼ぶ為についた嘘なのか。

 今となっては時恵には分からないのだけれど。渡の気持ちだけは伝わった。



 渡の声を受けて少しずつ立ち直って行く時恵。そんなやり取りを眺めながら、記代子は静かに覚悟を決めたのだった。

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