第08話:平行世界

 時恵ときえが同じ1日を永遠と繰り返す理由、それは今夜この街の上空に突如出現し、破滅をもたらす巨大な隕石から世界を救う為。

 何故突如隕石が現れるのか、隕石を何らかの形で排除出来ないか、そもそも隕石が出現しないループは存在しないのか。仲間達と様々な可能性を探しながら、同じ1日を繰り返して来た。

幾千、幾万回もの繰り返しの中で危機に晒される恐怖、そして永遠とも思われる孤独に苛まれながらも立ち向かっていたのであろう時恵。

 その孤独に共に立ち向かってくれる最後の仲間、そして恋人でもあるわたるを、自分は時恵から奪ってしまったのだ。

 その事実にようやく気付き、記代子きよこは時恵を見上げて許しを乞う。


「時恵ちゃん、ごめんなさい! 知らなかったとはいえ、私は何て事を……!!

 次っ、次の私には、渡のおでこに触れさせないように気を付けて!!」


 記代子は自分に出来る最大限の謝罪、自らの超能力の性質を伝える事で時恵に対して同じ手に引っかからないよう助言する。

 しかしそんな記代子に対し、見下ろしたまま時恵が叫ぶ。


「知ってんの! 私は何度もあなたの能力を見て来たの!!

 何でとおるじゃなくて渡なのよ!! っ、うわぁぁぁぁぁあああ!!!」


 再度頭を抱えて絶叫し出す時恵。やはり自分は時恵と共にあのループを経験していたのだ。もしかすると、時恵が仲間達を失った原因は、自分の超能力なのではないか。


 ダメだ、世界が終わってしまう……。



 記代子はどうすればいいか考える。何度も考え行動し、それでもダメで、でも諦めずに繰り返す。そんな時恵が絶望して叫んでいても、それでもどうすればいいのか考える。


(記憶を書き換える? 無理だ、そんな都合良く行く訳ない!)


 どうすれば……、どうすればいいのっ!!?

 渡から読み取った記憶を探り、脳に負荷が掛かる。未だ持ち直してはいない頭を無理矢理フル回転させ、記代子は自分に出来る事はないかと考える。

 しかし、何と声を掛けて良いかなど、今の記代子に思い浮かぶはずもなく……。



 と、そこへ意外な人物が現れた。


「さて、俺がここに来れたという事は、最悪の事態だという事だろうけど……」


 ガラガラと扉を開けて、渡が教室へと入って来る。


「えっ!? 何なんだよあれは!!?」


 自分がもう1人現れた事に渡は酷く狼狽した。床にへたり込んだままの記代子は現れたもう1人の渡を見つめながら、先ほど読み込んだ渡の記憶を急ぎ辿っている。

 時恵はもう1人の渡の姿に気付いていないのか、反応を見せない。


「時恵、大丈夫か?」


 渡の声を受けてゆっくりと顔を上げ、ようやく時恵はもう1人の渡の存在を認める。

 記代子は世界の危機を避ける為、この瞬間を逃してはならないと思い、咄嗟に叫ぶ。


「時恵、聞いて! もう1人の渡は並行パラレル世界ワールドから渡航して来た存在よ!!

 もしもこの時間にこちらの世界へ来る事が出来たのなら、それは自分の身に何かあった時だから助けに来てくれと渡がもう1人の彼に頼んでいた事なの、もう1人の渡の話を聞いて!!」


 記代子が時恵へそう声を掛けるが、何かあった時、の何かとは、自分によって起こされるであろう記憶の書き換えを指しての事だったとまでは思い至らない。


(あいつから聞いた中でも一番最悪な展開だな……)


 渡の能力は記代子が叫んだ通り、時恵達が住んでいる世界とよく似た別の世界、パラレルワールドへと渡る事の出来る能力。


 渡の役割は、この世界の破滅を防ぐ為のヒントが他の世界に存在するかどうか調査する事。

 今回の渡航においても何の手掛かりもなくこの世界へ戻って来た渡だが、現地の渡にこの時間になっても記憶が継続していた場合、そのまま世界が崩壊する危険があるからと助力を願っていたのだ。


「時恵、頼む。時間を戻してくれ。こっちの世界はもちろん、俺の住む世界もこのままじゃあヤバい。

 出現時間は俺の世界の方が大分早かったみたいだけど、多少早いからと言ってあれをどうにか出来るとはとても思えない。

 こいつの話だと、恐らく時恵の力は同一時間軸にある並行世界全ての時間を巻き戻す事が出来るって言ってたんだ。そうなんだろ?

 俺の世界の時恵にはその能力が発現していない。

 君だけが頼りなんだ、頼む」


 もう1人の渡がそう言って、時恵に頭を下げる。

 ぼんやりとそれを眺める時恵。その目にはまだ光は戻らない。


「時恵、お願い! 私まだ死にたくないよ!!

 私のせいで渡の記憶を無くさせてゴメン、踏んでも蹴ってもいいから、それからでいいから時間を巻き戻して!」


 超能力が覚醒した記代子。自分の超能力を使い、人の記憶を書き換えて自分のモノにしようと企んだ結果、世界が滅んでしまう。

 そんな最悪の結末だけは嫌だ。何としてでも記代子は時恵に立ち直ってもらわないと。記代子はもう1度、お願いと、ごめんなさいと叫ぶ。


「じゃあ一緒について来て」


 えっ!? 時恵の言葉を受けて一瞬フリーズする記代子。

 どうせ世界は巻き戻される。ならば、腕が折れようが傷跡が残ろうが、関係ない。時恵の気さえ済めば、痛めつけられた記憶さえもなかった事になり世界は1日巻き戻される。


 そう考えていた記代子からすれば、時恵の言葉は想定外だった。


 ついて来て。


 自分も一緒に時を遡り、今日を繰り返すのか……?

 時恵から奪ってしまった渡に代わり、自分が時恵を支えながら世界を救う手段を模索する。


 自分にそんな事が出来るのだろうか……?

 今日この日を繰り返す前から時恵と渡が付き合っていたのかどうか、記代子には分からない。

 どのようなプロセスで2人が結ばれたのかも分からない。

 同じ1日を気が遠くなるほどに繰り返す、この非日常的な時間。

 その中で結ばれた2人、その1人分の存在を埋める事が、自分に出来るのだろうか……。


 時恵はじっと、記代子の目を見つめ返している。

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