第一話 クラス転移ですね

 「諸君、落ち着き給え」


 貫禄のある声が、場の混乱を鎮静化する。俺を含め、クラスメイト30人全員が口をつぐむ。


 「…急な展開に混乱していることは重々承知しておる。そして、それについては謝罪したい」

 

 この貫禄のある声の主は、玉座の様な豪華な装飾が施された椅子に腰を掛け、片手にはステッキを携えて、服は…赤いマントの下に黒い軍服の様なきちっとしたフォーマルなものを着ている。世界史の授業で見た“ビスマルク”の着ていた軍服みたいだ。


 「更なる混乱を防ぐため、諸々の説明は後に行うとする」


 軍服の“老人”はステッキに体重を預けながら立ち上がる。


 「私は、エルメンライヒ二世。国王である」


 再びざわめきが起こる。聞こえてくるのは「国王?なにそれ」「どうなってんだよ一体」と、混乱の声が殆どだ。けど、それは無理もなかった。なぜなら、俺を含め三十人のさざなみ高校、二年A組の生徒たちが、なんの説明もなく、本当に気が付いたら、見ず知らずのへんてこりんな場所にいたから。理解できるわけがない。


 が、一人の男は違った。


 「ふざけんな!てめえの自己紹介なんてきいてねんだよ!」


 混乱の中、一人声を張り上げたその男は、同じクラスの『羽ケ崎はねがさき トモヤ』だった。彼はクラスの中心的存在で、いろんな意味で人望のある男だ。


 「陛下の御前だぞ!控えろ!」


 トモヤの恫喝じみた声に喝を入れたのは、エルメンライヒ二世と名乗る国王の傍に控えていた毛むくじゃらな、これまた老人だった。その顔は、怒りに歪んでいた。


 「落ち着けエーリヒ。相手はまだ子供だ、それにではない。少しは大目に見てやってくれ」


 「し、しかし…!」


 「エーリヒ!」


 「…ぐっ!陛下がそう仰るなら」


 国王は“エーリヒ”とか言う毛むくじゃらを制すると、彼は躾けられた犬みたいに大人しくなった。


 「それで…そなたの名前を伺おうか」


 「俺は…羽ケ崎 トモヤだ」


 「トモヤ…いい名前だ」


 「んなことはどうだっていいんだよ!ここは一体どこなんだよ!」


 トモヤはここにいるクラスメイト全員の代弁をしてくれた。そう、誰一人としてこの状況が理解できないのに、勝手に向こうで話を進められては困るのだ。


 「説明を省いてしまったことを許してくれ。…ここは“グランツ・エーレ王国”。そして私は国王の…エルメンライヒ二世である」


 国王が説明を続ける中、俺を含めた群衆は固唾を呑んで見守る。というよりも、半ば狼狽えて膠着状態にあった。そんな俺たちなど露知らず、国王は淡々と貫禄のあるその声で説明を続ける。


 「諸君は…簡潔に言うと、“転移”した」


 (て、転移?)


 思いがけないワードに拍子抜けする。それは他のクラスメイトも同じで、皆口々にどういうことだよと言っている。


 「信じられないかもしれないが、我が国の技術を使って諸君を別の世界から転移…召喚させてもらった」


 トモヤは声を荒げて国王の説明に割り込む。


 「ふざけんなよ!早く元の場所に帰せよ!」


 彼の言う通りだ。こんなふざけた話があるだろうか。勝手に呼び出され、訳も分からない説明を受けて…一体こいつらの目的が何なのか見当もつかない。


 とそこに、茶髪の見た目が幼い青年が前に歩み出る。


 「目的を…聞かせてもらいましょうか?」


 そう説明を乞う彼は『遠藤えんどう ハル』。トモヤとよくつるんでるイケメンだ。


 「いいだろう。しかし、今すべての説明を行うと日が暮れる。なので簡潔にさせてもらう」

 

 国王は続ける。


 「諸君を召喚した目的。端的に言うと…とあるバケモノを倒してほしい」


 「バケモノ…?」


 ハルが頭上に疑問符を浮かべる。


 「左様。この世界に君臨し、支配の手を広げる憎き“魔王”を打倒してほしい」

 

 再びざわつく。が、今度は色々な声が混ざるようになった。さっきまでと同じ混乱んの声に加え、徐々にこの異変に適応し、楽しみにするような声が聞こえる。


 「これってなんかラノベでよく見る奴じゃね?」「え~もしかして異世界転移ってやつ?」


 (どんだけ呑気なんだよ!)


 俺はと言えば、不安でいっぱいだ。みんな怯えてるんじゃないかと思っていたが、案外そうではなかった。楽しむ、楽しみにする者が増え、俺は圧倒的少数派に属することになった。


 落ち着いたトモヤが頭をボリボリと掻く。


 「なに?その魔王とか言うのを倒せば帰してくれんの?」


 「約束しよう。それに褒美も与えるつもりだ」


 「てか、お前らで倒せよ。なんで俺たちがやんなきゃいけねえの?」

 

 トモヤの質問は最もだ。なんで俺たちがそんな得体の知れないものと戦わなければいけないのか。その質問に、国王は少し表情を陰らせて答えた。


 「無論、我々も傍観者ではない。…恥ずかしながら、もう手を尽くしたのだ」


 国王は振り向くと、この大聖堂の奥にある巨大なステンドグラスを眺めながら、さっきとは打って変わって悲しげな声色で続ける。


 「軍隊を動員、諸外国と協力し魔王討伐を試みた。が、見事に大敗を喫した。我が軍は壊滅的被害を受け、諸外国は早々に逃げた」


 ハルがすかさず口を挟む。


 「冷静に考えれば、国家が束になってかかっても倒せないそのバケモノに、あくまで一般人、なんの能力も持ちえない僕たちが適うとも思えないのですが…?」


 そのもっともな疑問に、国王ははっはっはと高笑いをして答える。その様子を見たハルはすこし眉間に皺を寄せる。


 「案ずることはない。君たちには特別な力が備わっている」


 「ち、チカラだって?」


 思わず歩み出て、声を出してしまう。しまった、大人しくしているつもりが出しゃばってしまった!


 「んだよ神崎かんざき!チキンは黙ってろよ」


 トモヤの言う神崎とは俺の事。神崎かんざき コウは俺の名前だ。そして、チキンと言うのはヤツのお決まりのセリフ。俺のことを虐めては、チキンと貶してくる。


 「…」


 俺は無言で元居た場所に直る。俺とトモヤのやり取りが終わったと見た国王は、咳払いをすると、話を続ける。


 「君たちは異世界より召喚されし…勇者。もちろん、各個魔王に抗うための力を持っている」


 国王はそう言うと、ぱちんと指を鳴らす。それに答えるようにして、軍服にヘルメットと如何にも軍人らしい男達が、何やら腕時計の様なものをクラスメイトに配布し始める。

 俺の手元に届いたそれを見てみると、革のベルトに真鍮でできた腕時計の様だった。しかし、秒針は見当たらない。


 「今配らせたそれこそ、君たちの状態を確認することのできる“ゼルトザーム”と呼ばれる装置だ。試しにその機械に手を触れてみるがいい」

 

 言われた通り、その機械に触れると、突然緑色のレーザー光線が発せられたかと思うと、その光が宙に文字を浮かび上がらせた。


 「言語の方は心配ない。どうやら諸君とこちらでは差異がないようだからな」


 確かに…浮かび上がっているのは見慣れた“日本語”だ。


 名前:神崎 コウ

 

 レベル:1


 スキル:「詭弁家」「戦闘不可」「崇拝」「若きカイザー」


 (なんだコレ…?)


 それが俺の率直な感想だった。詭弁家?若きカイザー?単語自体は分かるけど、何を意味しているのかさっぱり分からない。


 「ねえ、お前なんだった?」「“飛翔”ってなんだそれ」「俺は“クリティカル”だった!」


 皆何が書いてあったか互いに見せ合っていた。俺は…そういう人もいないので、一人で訳も分からず頭を抱えていた。すると、国王の一声によってざわめきが収まる。


 「見てもらえば分かる通り、諸君が持つ“能力”や“レベル”がそこに書かれている。意味は戦いの際に分かるであろう」


 すると、トモヤとハルが大声で話し始める。


 「トモヤ君はなんて書いてありました?」


 「“リーダーの素質”“剣術の師”だって、わけわかんね~」


 それを聞いた国王が「ほほう」と物珍しそうに、白髭をいじりながら言った。


 「“リーダーの素質”…そなたには皆を引っ張る力があるのやも知れません」


 「凄いじゃないですかトモヤ君!」


 「お、おう!なんだかわかんねーけど、いい気分だわ」


 と、訳も分からず照れ臭そうにするトモヤと、興奮気味のハル。そして、トモヤに期待の眼差しを向ける国王…何だ、この胸に詰まるようなもやもやは…。


 「そろそろ確認も終わった頃だろう。見てもらって分かる通り、諸君には魔王と戦うにあたってアドバンテージになるであろう能力が授けられている」


 (戦い?バカな、俺はって書いてあったぞ)

 

 疑問を抱いた俺は、思わず歩み出る。


 「あの、“戦闘不可”ってどういうことですか?」


 それを聞いた国王は、目を見開き酷く驚いた様子で、近くにいた小間使いの様な男に何やら耳打ちをする。その後、俺に向き直ってこう言い放った。


 「その名の意味する通り…君は戦闘ができない」


 「えっ」


 


 

 




 


 


 


 

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