第4話 呻き声

 翌日の昼のこと、浜にのぞんだレペセセはいきどおろしさにこぶしを握った。

 案にたがわず、流木の一本が見るもおぞましい蚊柱かばしらを立てていたのだ。うろに溜まった水にボウフラがいているものもあった。漂流物によって外からもたらされた蚊の卵が、流れ着いたこの島で運良くかえったらしい。

 レペセセはファナフェを背負ったまま浜を行き来して、それら漂流物に端から火を付けた。湿っていようが乾いていようが構わず、半狂乱のていで付け続けた。ぐったりしたファナフェの身体の異常な熱さが、彼を休ませてはくれなかった。

 弱々しいうめき声にぎょっとして肩越しに目をやると、ファナフェの唇がひどく青い。

 すぐさま木陰に駆け込んで椰子やしの実の汁を与えた。

 ほとんどがあごを伝って流れた。

 ファナフェからはもう、自ら進んで飲み下す力さえ失われつつあった。

 レペセセは誰にともなく毒づいて白髪頭を掻きむしった。

 まわしい羽虫はむしは、赤土の秘薬を塗りそこねていた耳の裏からファナフェの血を吸い、代わりに謎の病を与えたのだった。

 幼子おさなごは一夜を高い熱に苦しめられ続けた。それからは本当にすぐだった。あれだけ元気だったのが嘘のように弱り始め、みるみる衰えて今に至る。

 赤い発疹ほっしんも哀れな手足を力なく垂らしたファナフェは、熱に浮かされて浅い息をしていなければ見た目には死体と変わらなかった。

 忍び寄る絶望を追い払うように、レペセセは己の頬を張った。草臥くたびれた脚をこぶしで叩いた。休むな。火を付けろ。狼煙のろしを上げ続けろ。

 彼は再びファナフェを背負い、火種ひだねを手に海辺へ向かった。

 上がらない足を砂に取られた。顔から浜に突っ込んだ。

 何か込み上げて来るものがあって、こらえきれずに大声で笑い出した。

 神は確かにいると思った。

 きっと待っていたのだ。レペセセがファナフェを深くいつくしみ、離れがたいほどに心を移すその時を。

 見透かしていたのだ。孤独ではあっても穏やかな、この島の暮らしにすっかり慣れた咎人とがびとの心の怠慢たいまんを。

 笑うレペセセは膝立ちになって天をあおいだ。

 怒鳴るような哄笑こうしょうはやがて意味のない絶叫となり、弱々しい涙声へと変わった。

 こよなく晴れた大空も波光る大海原も、今の彼には暗黒の世界さながらに見えた。

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