第3話 罪と罰

 欲に目がくらんで、村の宝とも呼ぶべき石貨せっかを西洋人に売り払った話を、レペセセは寝物語にもファナフェには聞かせなかった。

 トレジャ、トレジャと浮かれる西洋人たちを真似てわけも分からずトレジャと繰り返したことも、追っ手を罠にめて亡き者としたことも、何度となく捕まりながらその度に牢を抜け出したことも、報復のつもりで族長のまだ幼かった娘の首に手をかけたことも話さなかった。どれも耳のけがれだ。

 遠からずやって来る別れの日まで、ファナフェをできる限り清らかでいさせたかった。

 そう、形はどうあれ、別れは必ずやって来る。何しろこの島に幼子の未来はない。となれば外界に助けを求めるより他にない。

 休みなく火をいて煙の柱を立て、そうでもしなければ誰も気付かないだろうこの小さな島に、通りがかりの船を呼び寄せるのだ。

 ただし、狼煙のろしを上げて助けを呼ぶことは己の罪と向き合えない軟弱者の振る舞い。最後の尊厳まで手放す最低の行為として固くいましめられている。

 であればこそ、レペセセはこれまで、煮炊きはもちろんどんな寒い日でも焚き火すらせず、夜も月明かりだけを頼りに過ごしてきたのだ。

 狼煙を上げるべきか、それとも――。

 レペセセを葛藤かっとうの闇から引き戻したのは、午睡ごすいから目覚めたファナフェのむずかる声だった。

 慌てて寝床に駆け寄りながら、レペセセは吹き出した。

 考えるまでもないことだ。

 この子のためなら俺の矜持きょうじなど安いもの。

 いつ沖を船が通ろうとも知れない。狼煙は明日にも上げ始めよう。

 そんなレペセセの決断を待っていたかのように、その時、ファナフェの耳の裏から一匹の虫が宙へ飛び立った。レペセセは片手でそれを捕らえた。

 てのひらで潰れて赤黒い血にまみれたその虫は、島ではかつて目にしたことのない、腹に濃いしまのある小さな蚊の仲間だった。

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