第5話

 大学時代に知り合ってから、最低でも月に一度は会って現状報告をしあう友人──マキに泊まりに来てもらった。

 飲みでも良かったんだけど、毎週のように久住と会ってて、このままなし崩し的に話が進んでいく事に躊躇いがあって、マキに頼み込んだ。

 久住には週末会えないと連絡したら、色々聞き出されてしまった。

 大学時代の友人が泊まりに来ると伝えると、泊まり合う程の仲なら、今度紹介してねと返って来た。なんか色々追い込まれているような気もしなくもないが、気の所為だろう。気の所為にしたい……。


「じゃあカオちゃんのトラウマになってた久住君と同窓会で再会して、付き合い始めたのね」


 マキは私をカオちゃんと呼ぶ。


「そうなんだけど」


「スッキリしないカオちゃんの気持ちは分からなくもないけど、一番悩んだのは久住君の方なんじゃないかな?」


 マキの言葉に、ハッとする。

 一番傷付けられて、私への気持ちに悩んだのは、久住の方か、そうか、そうだよね……。


「本当に、私の事を好きなんだと思う?」


「二人の関係は複雑だから、安易な事は言えないけど、カオちゃんへの気持ちを確かめたくて、久住君は同窓会にカオちゃんを呼んで欲しいってお願いしたんじゃないかなって思った」


 色んな人と付き合って、それでも上手くいかなくて、私と会って自分の気持ちを知りたいと久住が考えたのだとしたら。その結果、やっぱり私が好きだって、思ったんだろうか。


「カオちゃん、前から人生で一度は結婚してみても良いって言ってた訳だし、どうかな?」


 どうかな、ってマキ、人の事だと思って。

 マキはうふふ、と笑ってる。


「明日、午前中にお暇するから、抜き打ちで会いに行ってみたら?」


 抜き打ち?


「来ちゃった、って」


 嫌われる奴じゃん、ソレ。

 その後はマキの会社の話を聞いたり、うちの馬鹿な後輩の話をしているうちに夜は更けていった。







 マキは言った通りに午前中に帰って行った。会いに行くんだぞ、と言われたけど、そんな気にはなれなくて、ソファの上に寝っ転がってぼんやりテレビを見ていた。

 テレビでは芸能人同士の結婚だとか離婚の情報を、大袈裟に紹介してる。

 スマホが震えて、画面を見ると久住だった。


『カオリに会いたい』


 先週会ったでしょ、と返す。


『もう一週間も会ってない。声だけでも聞きたい。何時なら電話しても平気?』


 恥ずかしいやら嬉しいやらで、胸のあたりがフワフワしてくる。いい大人なのに、こんな、十代でもあるまいし。

 そう思うのに、身体は嘘はつかない。

 嬉しいって思ってしまっている。

 こんなに簡単に、気持ちを持っていかれてる自分は大丈夫なのかと思ってしまう。


『今でも大丈夫だよ』と返す。


『友達は?』


『マキなら午前中に帰ったから、今はテレビ見てる』


 直ぐに着信が来て、スマホを耳に当てる。


『カオリ?』


「なに?」


『今から会いに行っても良い?』


「今から?」


『会いたい。って言うかごめん、気持ち悪いと思うけど、実はカオリのマンションの近くにいる』


「ぅわっ、それは気持ち悪い!」


『ごめん。なんか落ち着かなくて、カオリのいるマンションを見てから買い物して帰るつもりだった。ダメ元でLINEしたら返事が来たから』


「でも私、適当な格好だから、ヤだよ」


『むしろスキだらけのカオリを見たいから、今すぐ行く』


「?!」


 止める間もなく通話が切られてしまった。

 ぅわぁ……ちょっと引く……。




 そして本当にやって来た久住は、部屋に入るなり笑顔になった。


「カオリの匂いがする」


「変態みたいな事言わないでっ」


 って言うか自分じゃどんな匂いなのか分からないから、なんか焦る!


「もう変態で良い。カオリの匂いをずっとかいでいたい」


 そう言って私を抱き締めて左肩に顔を埋める。

 そこで深呼吸するな!

 逃げようとする私をこれでもかと、久住は強く抱き締める。


「ねぇ、カオリ、やっぱり結婚して」


「?!」


 何がやっぱりなんだ?!


「オレの気持ち、信じられない?」


 不安そうな目で私を見つめる久住。

 って言うか、何でそんなに私の事を信じられるの?


「信じられる程、久住の事、知らない」


 でも、と言葉を切る。


「……本当なら、嬉しい」


 久住の顔がパッと明るくなる。


「一生かけて証明するから結婚しよう?」


「なんでそんなに結婚したいの?!」


「カオリを名実ともにオレの物に出来るし、オレ自身が安心するし、一緒にいたい」


 言いながら浮かべる笑顔を、好きだと思ってしまった。







 「囲い込みの進捗が順調ッスね?」


 私の左手薬指を見た後輩が言う。


「……ほっとけ」


 婚約指輪を買ってもらった。

 今度の休みにはお互いの両親に挨拶に行く事まで決まってる。


「まぁ、でも、秋田さんにはそれぐらい強引にいかないと駄目っスよね」


 ……なんでだよ。


「結婚式には呼んで下さいよー」


「ムリ。ハワイで親族だけでやるから」


「え?! もうそこまで?!」


 私の気持ちが変わらないうちに、と、アキラが何でもかんでもさっさと進めたがるのだ。

 ドレスだったり指輪だったり、私の好みを尊重してくれているけど。


「秋田さんも遂に人妻っスねー」


「まだだから!」


「凄いスピード感ですけど、秋田さんは大丈夫スか?」


「……うん、まぁ、それは、平気」


 ついていけてない部分もあるけど、それは、自分の問題だったりするから。 

 アキラの笑顔が好きで、アキラになら、裏切られても良いって思ってしまってるから、まぁ、良いんだ。

 親に挨拶に行く連絡をしたら、妹から電話が来て、アキラのスペックを確認するなり、絶対に逃すな、と命令された。

 どっちが姉なんだか……。


 スマホの画面にアキラからのLINEメッセが表示される。


『今日はカオリの好きな鍋焼きうどんにするから楽しみにしててね』


「……秋田さん」


 私のスマホ画面を覗き見た後輩が、何か言いたげにこっちを見る。


「皆まで言うな」


 何もかも囲い込まれて、もう逃げられない。

 逃げる気もないけど。


 帰りに花でも買って帰ろうかな。

 赤いバラの花とか。

 アキラはきっと、目を細めながら笑って、ありがとうと言うだろうと思う。

 あの笑顔が、私は好きで。

 もう傷付いて欲しくなくて。

 何気ない事で傷つけてしまう事はあるかも知れない。

 少なくとも、私は絶対に裏切らないから。







 アキラの部屋にお邪魔すると、鍋焼きうどんの良い匂いがした。


「おかえり、カオリ」


 出迎えてくれたアキラは、笑顔で、私の髪にキスをする。

 私が何か手に持ってるのに気付いたらしく、「荷物? 持つよ?」と手を出して来た。

 その手に、赤いバラの花を渡す。


「バラ……?」


「アキラを絶対に傷付けないとかって約束は出来ないけど、絶対に裏切らないって、約束する」


 アキラの顔から表情が消える。

 恥ずかしさと焦りと、なんだかよく分からない気持ちで胸の中がぐちゃぐちゃだ。


「だから、私と結婚して下さい」


 プロポーズはもらったし、なし崩し的にオッケーをしたような形だった。

 それはアキラに対して不誠実な気がして、自分からも言わなくちゃと思った。

 私の中の気持ちを、ちゃんと言わなかったら、何処かですれ違ってしまう気がした。


 くしゃりとアキラの表情が歪んで、手で顔の右半分を覆う。


「どうしてそう、いつもオレの気持ちを乱すんだろうね、カオリは」


 泣きそうな顔で、アキラは言う。


「ご、ごめん……」


 腕が伸びて来て、抱きしめられた。


「謝らないで。そう言う意味じゃない」


 息苦しいぐらいに強く抱き締められる。


「アキラ、好きだよ」


「うん」


 なんとなく、アキラが泣いてるような気がして。


「オレを、しあわせにして。オレもカオリをしあわせにするから」


「がんばる」


 身体が少し離れて、私を見るアキラは笑顔だった。優しい笑顔。


「愛してるよ、カオリ」


 アキラの心のキャンバスについた黒い染みを、時間がかかっても、薄めていきたい。

 それから、優しい色とか、アキラの好きな色で染めていきたい。

 まずは、愛情の赤で、君の心を塗らせて下さい。

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キャンバス 黛 ちまた @chimata

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