第4話

 月曜日。

 飲み過ぎでもないのにズキズキと脈打つ頭の痛みに耐えながら出社した。

 鎮痛剤が早く効いてくれと思いながら。


 誰にも気付かれないようにため息を吐いた筈が、後輩にバッチリ聞かれていたようで、声をかけられた。


「同窓会、楽しくなかったんスか?」


「……アレは元々楽しくなる筈はなかったから、それは良いんだよね」


 そう、仕方なしに行ったから、楽しくないのも想定内。ある程度の不快さも想定内だった。


「何スか何スか、何があったんスか?」


「私の事はどうでも良いわよ。アンタこそ彼女とどうなのよ?」


「フラれたっス。だから秋田さん、飲み付き合って下さいよ」


「ごめん、ムリ」


 私の反応が予想外だったらしく、後輩は目をパチクリさせる。


「今度は中学の同窓会ですか?」


「んな訳あるか」


 断ったのは、久住の所為だ。

 あの後、私がうんと言うまで久住は手を離さなかった。

 通り過ぎる人達の視線に耐えきれなくて、OKしてしまったものの……。


「同窓会で再燃してカレシ出来たとか?」


 再燃、ではないな。元々何も燃えてない。とは言え、彼氏が出来たと言う点ではあってる。


「まぁ、近い」


「!」


 大きく目を見開いて、信じられないと言わんばかりの顔をする後輩に、思わずため息がこぼれる。そんなの、言われなくたって私だって分かっとるわい。


「そんな、新しいカノジョが出来るまで秋田さんに付き合ってもらう筈だったオレはどうすれば良いんですか!」


「都合良く人を使うな」


 久住と、付き合う事になった。

 どうなんだと言う思いがある。でも久住は気にしてないみたいだった。


 朝から来る甘いLINEメッセに頭痛が増す。

 14年あれば、人は別人になり得るのだな……。







 騙されるようにして連れて来られた久住の部屋は、キレイに片付いていた。私の部屋なんかよりよっぽどキレイだ。

 さすがに32だし、一人暮らしの男の部屋に行く事は初めてでもないし、そう言った緊張はしない。


「生活感がない」


「カオリが一緒にいてくれたら生活感、出ると思う」


 付き合ってるんだから、名前で呼ぶのはおかしくない。のだ、けど、なんだか落ち着かない。ソワソワする。


「カオリは今まで男と付き合った事があるだろうに、なんでそんなにぎこちないの? 可愛いけど」


 言いながら私をバックハグしてくる。

 可愛い?! そんなの初めて男から言われたぞ?!


「いやいや、久住が手慣れ過ぎなんじゃないの?」


 それにそんなに男性経験がある訳でもないし。

 あぁ、でも正面から抱き締められたら心臓が凄い事になってるのがバレるから、まだバックハグで良かった……。


「そう? こんなもんじゃない?」


 首筋にキスをされて、思わず身体がびくりと反応してしまった。

 絶対に、確実に、踏んでる場数が違う。


「早く慣れて、カオリに甘えられたいなぁ」


 誰の話をしてるんだ、誰の。

 とりあえず離してくれ。


 手を出すのが早いんじゃないかとツッコミたい気もするけど、それなりに大人な分、言いにくい。


「明日、指輪買いに行く?」


「指輪?!」


「本当は婚約指輪が良いけど、カオリがうんと言ってくれなさそうだから、せめて恋人の証に」


 おまえは本当に久住か?!


「男なんて独占欲の塊だからさ。自分の物には印を付けるよ。手を出すな、って」


「誰も私に手なんて出さないっ」


「それでもね」


 そう言って耳元で笑う久住は、私の全然知らない久住で、もうどうして良いのか分からない。







「すっげぇなー、秋田さんメッチャ惚れられてるじゃないですかー」


 私の左手薬指にハマる指輪を見て、後輩が言う。


「惚れ……っ?!」


 予想外の言葉に顔が熱くなる。

 おぉ、と後輩が声に出す。


「鉄壁の女 秋田に女の顔をさせるなんて、カレシ、やりますねー」


「鉄壁?!」


 いつの間にそんな不名誉なあだなが?!


「どうやっても落とせない女として秋田さんは有名っスよ」


 誰の話だ?!

 私は別に誰とも付き合わないなんて誓いは立ててないし、口説かれてたとして、それに気付かない程鈍感でもない。それなのになんだソレ?!


「スキがないからなー、秋田さん」


 久住からは真逆の言葉言われたけど?!


「姉貴が嫁にいくってこんな感じかなー」


「嫁にいってないっ」


「何言ってんスか、同窓会で再会して付き合い始めて、二週間で指輪もらって。秋田さんの年齢なら畳み込まれても問題ナイでしょ。女の方からならよく聞くけど、男からって事はガチじゃないスか」


 ぐうの音も出ない……。

 万事において久住にはペースを狂わされっぱなしで、それに対応するだけで精一杯な現状だ。

 こんなんではいかん! と思うのに、気が付けば久住の手のひらで踊らされている。


「今度紹介して下さいよー」


「嫌だ」


 これであっさり久住にフラれたら、目も当てられない。

 スマホの画面に久住からのLINEメッセが表示される。


『今度の休みはカオリ専用マグカップとか食器とか、色々買いに行こうね』


 私のスマホを後輩が勝手に手に取ると、おぉー、と喜びの声を出す。

 慌てて取り返す。


「相手の家って広いんスか?」


 突然の質問の意図をはかりかねて、広いよ、と素直に答える。

 久住の部屋は一人で暮らすにしては大きい。

 前の彼女との為なのかな、なんて思ったら何となく胸がモヤモヤしてきた。……これは、今カノとして当然の感覚であってだな、嫉妬とかでは…………嫉妬してんのか、私。もう、久住の事めっちゃ意識って言うか好きになっちゃってるって事なんだろうか。チョロい。チョロ過ぎる。


「ここから遠いっスか?」


「いや、私の部屋より近いかな」


「決まりっスね。同棲に持ち込まれますね」


 同棲?!


「こんなあからさまに囲い込まれようとしてんのに、ボンヤリしてんなぁ、秋田さん。今まで見た事ない秋田さんが見れてオレとしては面白いけど」


「人で遊ぶな」


「結婚してもしばらくは仕事続けて下さいね?」


 止めろー!







「久住は、何処まで本気なの?」


 はっきりさせねばと思った私は、久住に会って早々に切り込んだ。あっちのペースに巻き込まれてはいけない。

 主導権をこちらが握る為には先手を打たねば。


「何処まで、って。全部?」


「?!」


「カオリと付き合い始めて、知れば知るほどカオリの事を好きになってるし、早く結婚まで持ち込みたい」


 持ち込みたい?! 案件か、私は?!

 否定されたり誤魔化されたりもせず、真っ正面から受け止められた挙げ句、返ってきた言葉に何と答えていいのか分からなくて、二の句が継げない。


「年齢的にも結婚してもおかしくないし、子供が生まれた時の事を考えたら、早い方が良いかなって考えてるんだけど、カオリは子供が出来たら仕事は続けたい?」


「ま、待ってよ。結婚もしてないのに、子供の話なんて?!」


 きょとんとした顔をする久住。


「なんで? 大事な事だよ? どんな未来を望んでるかも決めないで結婚したら大変だよ?」


 正論だけど!


「嫌だったら別れて良いって、言ってた!」


「え? カオリはオレの事嫌いになった?」


「それはないけど! だからって展開が早い!」


 なるほど、と言って久住は笑う。


「とりあえず、オレの事を久住って呼ぶの禁止」


「話を逸らさないでよ」


「逸らしてないよ。オレとカオリの間の距離を失くさないと、話が噛み合わないから」


 いや、心の距離は必要。


「アキラ、って呼んでみようか」


 呼ぶまで許されずなかった……。

 私って、結構流されやすい人間だったみたいだ……。

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