第2話
「秋田さん、今日飲みに行きましょうよ」
可愛い後輩からの飲みの誘いを、断腸の思いで断つ。
ま、断腸ではないけど。
「ごめん、明日同窓会なんだわ」
明日は高校の同窓会だ。これまで通知が来てても無視してた。だけど今回は、同級生だった子たちから来てくれとお願いされた。なんだろ。吊し上げでもされんのかな。
断っていたんだけど、あまりにもしつこいから、今回だけと答えて参加する事にした。
参加を決めた理由は、会場になる場所が親戚のやってる店でもあったから、何かあったらよろしくお願いしますと伝えておいた。
何かあった時の為に記録する物を持ち歩くようになった。嫌な習慣が付いたとは思う。あれはあれで、私の中の何かを変えた出来事だった。
「秋田さん、同窓会とか行かない人じゃありませんでしたっけ?」
「行かないよー。だけど今回は参加しろってしつこいんだよね。何か企んでるのかなー」
私の言葉に後輩が苦笑いを浮かべる。
「企むって、何スか。高校時代を懐かしみたいって事なんじゃないんスか?」
「懐かしむ程、年をとったと言うことか」
高校を卒業してから14年は経った。色褪せた景色しか思い出せないけど、でも、忘れさる事はない。
久住は、来ないだろうな。
私が会いたい高校の同級生なんて、久住しかいない。会いたいって言うか、どうなったのか知りたい、が正しい。
あれから、久住はかなり偏差値の高い大学に進んで、私はそれなりの大学に進んで、同級生と交流の無い私には、その後どうなったのかは知る由もなかった。
上手くやってると良い、と思う。
高校時代に悪いモノを使い果たして、良い事ばっかりが久住に降ってると良い。
これ、アレかなぁ。藤井が私に復讐しようとしてるとかかな。
考えても考えても、良い要素が無い。
憂鬱だけど、明日行かなかったらまた、しつこく連絡が来る可能性もある。
大学を卒業してから一人暮らしをしていた。
年末年始にちょっと顔を見せるぐらいで、実家とのやりとりはほぼ電話のみと言う親不孝ぶり。
そんな娘に業を煮やしたのか、母親はスマホデビューし、おかんメールを送ってくるようになった。
それが今では父親と妹をまじえたLINEグループで連絡を取るようになったんだから、それだけ月日は経ったんだろうと思う。
私より先に、あっさりと大学の同級生と結婚した妹は、妊娠を機に退職して専業主婦をしてる。姪っ子も既に2才。
一つひとつを取り上げてみると、忘れがちな月日の流れを嫌と言う程に感じる。
あれから私は成長したのだろうか? あまり実感はない。表面上は上手く付き合う事にだけ長けたような気がしてならない。
ため息を吐きながら、明かりが漏れる店の引き戸に手をかける。
扉を開けると、店内の視線が一斉に注がれた。シンとした空気に、来た事を瞬間的に後悔した。
「秋田さん!」
私に何度も連絡して来た小林さんが立ち上がると、笑顔で駆け寄って来た。
同級生達は再び話し始めた。
「来てくれてありがとう! こっちに来て」
強引に腕を引っ張られて、席に案内される。
ポケットの中の録音機器のスイッチをオンにしつつ、叔母さんである女将さんに目配せすると、頷いていた。
ありがたい事に個室ではなかった。密室とか勘弁してほしかったから、良かった。
椅子に腰掛けて周囲の顔を見る。年こそ取ってるけど、人と言うのはそんなに変わらないのか、男子は直ぐに誰だか分かった。女子は化粧で変わってる子が結構いて、誰なのか当ててみてと言われて、必死になけなしの記憶力を呼び起こしてみたりしていた。
……藤井の姿はなかった。ホッとしたの半分。嫌な気持ちになったのが半分。
あれだけの事があったのに、何もなかったように、親しげに話しかけてくる皆に違和感が募っていって、あの時の息苦しさが蘇ってくるみたいだった。
何でも白黒つければ良いって事じゃないのは、大人だから分かってる。でも、こうして来てみて、私の中ではまだ終わってなかったんだって分かってしまったら、このままには出来なかった。
どうせ壊れる程の関係も無いんだし、粉々にしてやれと言う気持ちで、口を開いた。
「あのさ、藤井ってあの後どうなったの?」
シン、とする。
俯いたり、視線をそらす者、色々。
隣の席の小林さんが、あのね、と小さい声で話し始めた。
「藤井君は、親戚のいる北海道に引っ越したの。今日は、見て分かると思うけど、来てないの」
北海道か。
「それで、今日、秋田さんが来るって知った藤井君から、伝言を預かってるの」
伝言? 藤井が私に? 殺害予告じゃない事を祈りながら次の言葉を待つ。
私だけが藤井を潰した訳ではないけど、藤井が恨みを持つとしたら私だろうと思われた。
もし藤井の恨みが久住に向かったら、理不尽さに腹が立つと思う。
「藤井君、北海道に行ってからできちゃった結婚したらしくって、子供が結構大きいみたいなんだけど、息子くんがね、学校でいじめられてるんだって。親の因果が子に報うって言うのかね、自分のやった事がようやく分かったって。すまなかったって言ってたよ」
やたらしつこく私を同窓会に誘った理由は、そこにあったか、と納得がいく。
ずっと心に病んでいたから、謝りたくて無理を言った──のではない、と言う事だ。
「なるほどね。それを聞いて怖くなったから、私を強引に呼び出して謝って、スッキリしようって事?」
人の事は言えた義理じゃないけど、自分の事しか考えられないのは変わらないって奴?
あちこちから違う、とかそうじゃない、って声が上がったけど、どうでも良いよね。自己満足大会に付き合わされるこっちの身にもなれ。
藤井に因果が祟った事に溜飲も下がるけど、藤井の子供に思う所はないし、この場が楽しめない場所である事に変わりはない。
「違う、違うよ!」
小林さんは大袈裟なぐらいに首を激しく振る。
「謝りたいのは本当だけど、そうじゃないの」
「謝りたいなら謝れば良いと思うよ。スッキリしたいならどうぞ? 私なんかより、久住に謝るべきなんじゃないの? 謝ったかどうか知らないけど。私もあの時まではそっちと同じ立場だった訳なんだし。
それに、謝ったからって、やった事はなかった事には出来ないけどね」
我ながら意地の悪い事を言ってるとは思う。でも、この空気が嫌だった。謝られて、許さなくちゃいけなさそうな、この微妙な空気が。
それにこの言葉は、自分に向けてでもある。やった事はなかった事に出来ない。
私なんかはどうでも良い。本当に謝るべき人に謝ってないなら、謝罪にならない。私は、私こそ、久住に謝れていない気がする。
「久住君が、秋田さんに会えるなら、今日の同窓会に来るって言ったの。私達、本当に酷い事をしてたから、久住君にも秋田さんにも謝りたくて。謝って許されなくても、謝らないのは、最低だから」
そう言ったのは小林さんではない、別の子が言った。
「私の事はどうでも良い」
「でも、あの後、無視って言うか、しちゃった訳だし」
思わず苦笑してしまった。
子供だからってよく聞くけど、子供だから残酷で、考えなしで、だけど己がやってる事は分かってた筈なんだよね。分からないとしたら、それは子供だからなんじゃなくて、馬鹿なだけだと思う。
「逆に一人で気楽だったよ。顔色窺わなくて済んだし」
本当に、清々してた。こんなにも一人は気楽なのかと。空気は変わらず重かったけど、重い雲の上に顔だけでも出せて、濁りのない空気を吸えた。
誰もが俯いて、何も言おうとしない。
重い空気が漂う。
これで良い。
私のやった事はなくならない。皆のやった事もなくならない。自分を守る為に仕方なかったと言うのはあったと思う。でも、やって良いという事にはならない。
私とこの人達の違いは、一歩を踏み出せたかどうかだった。でもそれだって父親の転勤の話がなかったら行動には移さなかった。移せなかった。
だから、私は彼等となんら変わらない。謝ってもらう必要なんて、無い。
免罪符なんて無い。
藤井はきっと、あの後、色んなものに苛立ち、私や学校なんかを憎み、恨んだ事だろう。
デキ婚して子供が育って、落ち着いて来た時に、嫌でも思い出させられただろう。自分のやった事を。
禍は忘れた頃にやってくるのだ。
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