キャンバス
黛 ちまた
第1話
いつもいつも、ヘラヘラしてる奴だと思ってた。
どんな時でもそうで、でも、そうするしかないのも分かってた。自分が同じ立場になったら、同じコトをする。
見えないカーストで区切られて、その中での役割を果たさないと、攻撃される。さっきまで一緒に笑ってたコが、無視するようになる。嫌がらせに簡単に加担する。自分を守る為に。
アイツの役割は、生贄になるコトだった。
それが嫌で嫌で堪らなかった。表立って反対したコトはないけど、嫌がらせに参加した事もない。だからって自分が関係ないとは思ってない。共犯だ。
だから、アイツを見るのはイヤだった。勇気のない自分に、自分可愛さに見て見ぬフリをする自分に、嫌がらせをしてるみんなの本心が何処にあるのかも分からないコトも、全部イヤだった。
ある時からスマホで記録するコトにした。嫌がらせを。使う予定はなかった。でも、いつでも使えるように。記録した。音声や動画を。
「アメリカに転勤?」
晴天の霹靂と言うのにピッタリだった。
「家族離れて暮らすつもりはないから、アンタ達もそのつもりでいなさいよ」
行きたくないと文句を言う妹とは対照的に、私の胸には嬉しいと言う感情がわいていた。
頭に浮かんだのは、あの記録を出すなら今なんじゃないか、ってコトだった。
アイツを助けたいと言う気持ちがない訳じゃない。でも、私にとって一番重要だったのは、息苦しくて堪らなかったからだ。
毎日毎日、自分がターゲットになるんじゃないかと怯えながら過ごす学校生活を、楽しいと思えたコトはない。
終わらせられる。それが嬉しかった。
その日はいつもと違った。
いつもなら、アイツの存在を無視するとか、アイツが失敗した時に笑うとか、ギリギリのラインだった。
だからってやられる方にはたまったもんじゃない。少しずつ少しずつ心を削られる。
大人はよく、私たちの年齢を子供扱いするけど、先のコトを考えて行動してないだけで、十分に考える能力はあると思う。それが子供だと言われたら終わりだけど、子供だからとか、言い訳にもならないと思う。
だって、分かっててやってるから。
「早くやれよ」
苛立った口調で命令するクラスメートに、驚く。
こっそりと隣に立つコに、何があったのかをきくと、クラスのリーダーである男子──藤井は、他校の女子に振られたらしい。それも、人の大勢いる前で。間の悪いコトに、その場にアイツ──
嫌がるアイツを羽交い締めして、スマホを向ける。
「これで久住も世界デビューだな」
ネットにアップする気らしい。
叫んで嫌がる久住。囃し立てる他のクラスメートたち。それすら笑う女子たち。
吐き気がした。
いつもは隠れてしていた記録だったけど、我慢が出来なかった。
みんなに向けてスマホを向けて動画を撮り始めると、隣の女子が驚いたように声を上げた。
「カオリ?!」
みんなが一斉にこっちを向いた。みんなの顔、ばっちり映っちゃったね、と心の中で苦笑する。
「秋田、今すぐ止めろ」
低い声で藤井が私を威嚇する。
怖くない訳じゃない。
「そっちが止めるならね」
チッと舌打ちすると、藤井は私に向かってくる。動画を消そうと言うんだろう。
その姿も、撮ってるんだけどね。
「スマホ寄越せ。っつか、おまえ、分かってんだろうな」
「それは、どういう意味? 脅してるの?」
「ちょっと、カオリ、止めなよ!」
必死に私を止めようとしてくれる隣のコ。このコは私のコトを少しは好きでいてくれたみたいだ。こんなに必死に止めようとしてくれるんだから。
「おまえも、明日から久住と同じだと思え」
「ハハ、キョーハクだ」
藤井の言葉に私はおかしくなって、笑いが止められなかった。突然笑い出した私を、怪訝な顔で見るクラスメートたち。
「ずっと記録してたんだ。全部クラウドにある。だからこのスマホの中から消しても、壊しても無駄」
みんなの顔が一斉に悪くなる。やっぱり悪いコトしてる自覚はあったんだ。
分かっててやってたんね。私が分かってて止められなかったように。
「藤井、残念だったね」
私たちは高校三年生。藤井はとある競技で大学に特待生で入るコトが決まってた。それが自慢だったもんね。
オレとおまえたちは違う──それが藤井の口癖だった。
「特待、これでパァだ」
「てめぇ!」
藤井の手が伸びてきた。殴られると思った。殴られたらどれだけ痛いのか、想像も付かなかった。
胸ぐらを掴まれた時、久住と目が合った。
ゴメン、久住。
「やめろぉぉぉ!」
立ち上がった久住が、椅子を振り上げて藤井に放り投げた。当たりはしなかったけど、怯んだ藤井が私の胸倉から手を離した時、廊下を走る音がして、担任の怒声が教室に響いた。
「おまえら何やってんだ!」
藤井は翌日から来なくなった。取り巻きみたいに藤井の周りにいた奴らは、今までと違って小さくなって過ごしてる。
スネオみたいに藤井の言いなりになってた奴は二つに分かれた。自分がカースト上位になったと勘違いする奴、居心地悪そうにする奴。
私は遠巻きにされてる。みんなを丸ごと告発する気だったからね、当然と言えば当然。
久住の親は知らなかったらしくて、学校を責めた。でも息子がイジメられてるのに、ずっと気付かないでいられるって、どう言うコトなんだろ。
ひよった学校は、藤井に全てを押し付けた。最低だって思うけど、私もずっと行動に移せなかったから人のコトをとやかくは言えない。
「はぁ?! 転勤がなくなった?!」
「やったー!」
呆然とする私。日本にいられるコトを喜ぶ妹。海外への転勤に向けて色々準備していた母親はイライラしている。
父親の転勤があるからこそ、出来たあの行動。それなのにその転勤がなくなったと言う。
これまで見ないフリをしてきて、最後にちょっとマシなコトをしたぐらいでは、私の罪は消えないらしい。
イジメは受けないだろうけど、ボッチ確定じゃん。
唯一の救いは、高3で、あと一年もこの状況が続かない、ってコトだ。
ボッチになって二週間。
アイツは、久住もボッチのままだった。
まぁ、そんな簡単に解決しないよね。ハッピーエンドってリアルじゃ難しい。
久住はあの日、裸を撮られるコトを免れただけだ。イキナリお友達が出来る訳じゃない。
不器用な久住は、これからも生き辛い思いをするんだろうと思う。
私は、意外に一人が性に合うみたいで、結構快適に過ごしてる。
授業は受験の為に選択になってるから、複数人数で組んで、みたいなのもない。一人でいても問題ない。
よくよく考えたら、英語喋れない。今更それに気付く程、あの時は毎日がストレスだった。そう考えると、久住はあんな目にあいながらも毎日通学してた。凄い。本当に凄いと思う。
「あの、秋田さん」
後ろから声をかけられて、振り返ると久住がいた。
「オツカレ」
そう言うと、久住が笑った。
「リーマンみたいだね」
「そう?」
オツカレ、は私の口癖だ。母親が父親にお疲れ様と言うと、父親が喜ぶから、マネをして言うようになったら、取れなくなった口癖。
「あの、ありがとう、助けてくれて」
久住に話し掛けられて、言われるコトは何となく想像はついてた。
「…………久住の為じゃないから」
私はずっと、自分のコトしか考えてなかった。
「それでも、嬉しかった。
いつも、秋田さんだけは、オレの事いじめなかった」
「でも止めなかったよ」
それは、消えない事実で。
「そうだけど、そんなコトしたら、秋田さんまでターゲットにされる」
自分もターゲットにされるからと、久住と仲の良かった男子は、早々に久住から離れてた。
「でも、許されないよ」
「その場合の許す権利って、オレが持ってるよね?」
予想もしなかった言葉に、何て返していいか分からない。
「オレは秋田さんのコト、許すよ。助けてくれてありがとう」
久住の真っ直ぐな顔が見ていられなくて、俯いた時、久住の手が震えてるのが分かった。
私に話しかけるのも、久住にとっては勇気のいるコトなんだと思ったら、少しだけ力が抜けた。
「藤井に殴られそうになったのを止めてくれてありがとう。ずっと見て見ぬ振りだったのを許してくれてありがとう」
久住の目から涙がこぼれた。
それから、不器用そうな笑顔を見せてくれた。
ちょっとは、良いコトが出来たのかも知れないと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます