第3話 期限切れの生ものは食えない。特に陸を歩くやつは
「諸君、出現まであと5、4、3、2、1…――――。ふむ、では頼んだ」
各隊員のメットに装着されたイヤホンから、博士の冷静な声が伝わる。それで仕事は終わりとばかりに通信が切れるので、ピンクは胸と一緒に両手を振って走りながら不満の声を上げた。
「うう。私たちも戦隊特例バイクが欲しいですぅ。徒歩移動か能力移動の金欠戦隊なんて早く辞めたいぃ」
不平不満ももっともである。今回は出現場所が近かったのでランニングでの移動だが、遠い際はレッドが背負ったり、イエローが打った弾丸に飛び乗るなど、ジェットコースターも真っ青な移動となる。到着時にグロッキーになるので、戦隊特例バイクが欲しくなるのも分かる話だ。
ついでに言うと戦隊特例バイクとは、緊急時につき緊急車両扱いやら特例で守られているので、赤信号でもいける。あと学生でも乗れる。あと、変形できるものもある。浪漫の分、目玉が飛び出る程お高くなる。わぁ、お目が高い。
「うおおおお!!! 助けを呼ぶ声が俺を導く!!! 唸れ俺の両足いいいい!!!」
「フッ、また一人で乗り込むなど馬鹿のすること。フッ、いい加減………。フッ、話を聞いた試しがないな」
「あははは! レッドもういないねー!」
レッドが自らの足へと異能を使って炎を纏った瞬間、ドン!という破裂音と共にレッドの姿が消えた。
レッドの異能は【身体から任意の爆発を起こす力】である。重力に負けぬ様身体を鍛え、爆発力を全て推進力やエネルギーに変えて敵を穿つ様はテレビの様な戦隊ヒーローっぷりだ。県内ちびっ子から一番人気である。
現場に近付くにつれ、生臭い異臭が漂ってきた。敢えて例えるなら、四日間生魚を暖房の効く部屋に常温放置してしまったかの様な臭さだ。
「うう、臭い! 臨時出動ボーナスを追加で貰わないとやってられないですぅ!」
「フッ、これが闇へ誘う深淵の香り」
「あははは! バンバーンはやくしたいー!!」
各々テンションに落差がある背を追い掛けるブラウン。既に日光でやられそうな上、異臭で精神力をガリガリと削られている。あと、昨夜買った冷蔵庫の中のお刺身を思い出して食べてなかったことにもダメージを受けている。
敵は強大なようだ。
悲鳴と共に鼻を押さえながら逃げてきた住人を見送った後、現場である公園に到着しようとしたところで豪快な爆発音が轟いた。さながら地上で花火でも上げたようである。
「ふはははは!! 効かぬわ!! 俺はいずれ海洋を支配する男!! マグロ大王!!」
「なにーー!!! 効かないだと!!!」
熱血漫画の様に晴れた煙の中から現れたのは、頭だけ巨大な本マグロ、体は頑固一徹親父の様な、ふんどし一丁腹ポチャ体型という何とも生臭そうな怪人である。
体がぬめっている様に光を反射しているのは、マグロ大王の特性なのだろうか。それとも汗なのだろうか。どちらにしろかなり凶悪だ。
「生理的嫌悪感がクソヤバイですぅ」
「フッ、つまらぬものを今宵も切ることになりそうだ」
「あははは! 先手必殺ー! バンバーン!!」
若干一名著作権との兼ね合いが心配なセリフがあるが、イエローが現場に到着すると同時に両手の人差し指で敵を示して親指を立てる。
予備動作も警告もなし。舌なめずりして愛嬌たっぷりにウインク。
「弾けろー!」
瞬間、イエローの指先の前に巨大な拳銃が現れる。異能【光銃を創る力】。今回は単発式拳銃にしたようだ。通常では考えられないサイズの輝く黄色い光を纏った拳銃から、回転した弾丸が高速のレーザービームの様に敵を穿った。
「ギョ!!? もう新手が来たか!!!」
「みんな!!! うおおおお!!! 俺達は負けない!!!」
盛り上がっている怪人達だが、この間も異臭は満載である。近隣住民は既に臭いに耐えきれず、警察も含めて避難しているようだ。
「もう一回バンバーン!」
イエローがもう一度弾丸を放ち、マグロ大王へと当たるかに見えた瞬間、何故か何かの壁に当たった様に弾丸が掻き消えた。
目を凝らせば半透明のベールがまるで水面の様に揺らぎ、マグロ大王を円形で包んでいる。
「あれー? おっかしいなー」
「ふははは!! 不意打ちでなければ造作もない!! 見たか俺の海のベールを!! 俺みたいな弱小マグロでも海で泳ぎ続けなきゃ生きていけねぇ!! でも俺にはもう海で生存競争に勝てる場所なんて無かった……。捕らえられた俺はこんな人間に食われるのかと絶望した。その時だった。何かが俺に囁いたのだ!! あれは母なる海に違いない!! だからこそ俺は進化したのさ!! 人間を食らってこの陸でも生きていけるマグロ大王に!! 俺は生きる為に動き続ける!! 母なる海が俺を灼熱の太陽から守ってくれる!!」
「日焼け対策に欲しいですぅ」
「………涼しくて寝やすそうだしいいなあれ…」
マグロ大王の身の上話など総スルーの戦隊カラーズ。だから悪の組織側でも悪名が高いのである。
若干二名が別の理由で物欲しそうな目になっているが、それを勘違いしたマグロ大王は図に乗る。なお、頭部の本マグロは喋る際に一応パクパクと口が開く。どうやって喋っているのかは謎である。
「ふははは!! お前たちを倒した後はこの俺様の産卵用に雌マグロ達を集めてやる!! そこの女も命乞いすれば俺様のハーレムに加えてやってもいいぞ」
「わぁ、わたしってばモテモテですぅ」
両こぶしを顎に当て、くねくねと腰を揺らすピンク。人間を食らっても体部分の人間の本能があるのか、どうやら人間相手を所望の様子。
甘ったるい声音についマグロ頭を好色っぽそうな顔に見えそうな感じに緩めるマグロ大王へ、ピンクは両手でハートマークを作って顔を背けた。
「でもわたしぃ」
「何だ?」
「あなたの全存在が受け付けないので全力拒否しますぅ」
マグロ大王が言語を理解して怒り出すまでの間に、ピンクが手で作ったハート部分からハート型の光線が放たれた。なお、点線型。
女の子が見たら、わぁ!ペリキュアだあ!と歓声を上げること満載の可愛らしい桃色光線である。
イエローよりも速度の遅い光線は、見た目も相まって威力など全然無さそうだ。
マグロ大王は海のベールに絶対の自信を持っていた。故に、攻撃を無力化し、より絶望を与えて戦意を挫こうと悪意を募らせる。怪人化したものは時間が経つほど悪意の本能を募らせるものが多いのである。素体となったものにもよるが、今回は独り身バツイチ男性の悪意が強かった模様。
海のベールに当たった途端、掻き消えるかに見えたピンクのハート光線。しかし、何故かそれは海のベールを突き抜けた。
「なにぃ!?」
「わぁ、受け取ってくれて嬉しいですぅ。わたしの気持ちですぅ」
焦ったマグロ大王へと両手の平を合わせてにっこり微笑むピンク。口元しか見えないが、愛らしさはとても伝わる。
ダメージを覚悟したマグロ大王だったが、パチン♡と当たった光線は微塵も痛くも痒くもない。それどころか、何故か戦意が高揚してくる不思議な感覚。
マグロ大王は思った。これがあの女の気持ち。つまり、こうして密かにマグロ大王を応援しているということは、先程の暴言も照れからに違いない。ということは、あの女はマグロ大王に惚れているのだ。ツンデレのおなごは萌えだとマグロ大王の半身が叫ぶ。
「ふはははは!! お前の気持ちはしかと受け取った!! 他の男どもを排除したら我が一の嫁として――――」
「フッ。氷斬剣」
「ええい!! 小魚どもめ!! 我が海のベールは無敵よ!!!」
口上を邪魔されて苛立つマグロ大王の懐に、瞬歩で踏み込む隊員ブルー。一歩下がろうとした足元を、地味に隊員ブラウンの異能【土を操作する力】が妨げる。
下がることは諦め、仁王立つマグロ大王。
絶対の自信を持つ海のベールを纏い、ブルーの一撃を防いでから反撃しようとしたところで、パカッと音がした。
マグロ大王は死すまで知らない。ピンクの異能は【全能力を下げる力】である。自称アゲマン女、他称サゲマン女。思考力まで低下させる悪魔的な力だ。
「フッ。たわいもないことよ」
キンッという氷が砕ける音とブレードが鞘に仕舞われる澄んだ音が響く。メットに手を当てててお決まりのポーズを決めるブルーからは、まだ異能【絶対零度を纏わせる力】の影響が零れていた。居合は本人の努力の賜物だ。
「うおおおお!!! ブルーよくやった!!!」
「ねぇ、あれバンバーンってしていい? していい?」
「臭いから早く帰りますぅ」
「ぶぅ。仕方ないなぁ」
既に終わったことの様に、一同笑顔で場を去ろうとしている。いや、一名死怪人に銃打とうとしていたが。
敵に背を向ける態度に馬鹿にされたと感じ、怒りのまま足を踏み出そうとした瞬間、視界がズレたマグロ大王。
縦に真っ二つにズレる視界に、悔しさのあまり黒目から涙が零れてゆく。
「おのれえ、おのれえええ!! こんなガキどもに……いい………」
走馬燈の様に過ぎるこれまでの海洋人生。地面に倒れ、陸の上で死す己の何と哀しきことか。
視線の先には背を向ける四色の人影がある。
ああ恨めしい。ああ憎らしい。
怪人とは異様な程の執念が織りなす存在である。故に、マグロ大王は絶望のあまり、自らの力を憎悪の一念で練り上げた。後先などまるで考えず、生命力ごと練り上げて絞り出す。
そうして出来上がった弾丸は、己が生涯で最初で最後の最高に等しい一撃。
血と地で汚れた海の弾丸はどす黒くおぞましい。
死ぬがいい!! 戦隊ヒーローめ!!!
その弾丸は嫉妬のままにピンクを穿つかに見えた。
矢先、気の抜けた声が響く。
「あー、あいつらにも最後まで気を抜かないように言わねぇとなぁ」
「お……、お前は……」
先程のブルーよりもなお速く、イエローよりも貫通力があり、レッドよりも爆発力を持つ、ピンクよりも怨念という気迫の篭もった筈の弾丸は、無音のまま呆気なく土の壁に呑み込まれる。
まるで何事も無かったかの様な静寂。
見上げた黒い残像は、まるで顔の無い死神の様。
「名を名乗るのも一応様式美だったか。生憎と育ちが悪くてね。って、もう聞こえてねぇか」
「………」
濁る黒目は閉じぬまま、マグロ大王は沈黙する。
そうして博士が回収するまで、日光にじりじりと照り焼きにされるのだった。
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