第50話 「んぅ……おねぇさま……♡」

 更新です

 よろしくお願いします


 50話のキリのよさったらないですね。

 ―――


「んぅ……おねぇさま……♡」


 きゅ、と毛布を抱いて寝言をもらすソフィア。

 大きく開いた背中には痛々しいほどに生々しく跡が刻まれ、それを見る度にうきうきと心が踊った。これは自分のものだ。


 傍らに座る綾が顔にかかる髪をそっと指でどかせば、くすぐったがるソフィアはむにゅむにゅ口をうごめかせながらころりんと転がる。

 そうしてなにかを求めるようにさまよう手が綾の手に触れ、嬉しそうな笑みを浮かべるとぐいと引き寄せた。

 されるがままに腕を抱かれ、さすさすと指先を踊らせる。

 ソフィアは楽しげに身悶えし、それからうっすらと目を開く。

 ぼやけた瞳が綾を見つめ、綻ぶように嬉しそうに笑んだソフィアは這い上がるように綾に抱きつく。

 そのまま自然に接触を狙ってくる唇を頬で受け止め、頭頂部への口づけで返す。

 さらりとなでる金糸の感触を心地よく思いながらソフィアを抱きしめ、熱い吐息で耳元を炙る。


「好きだよ」

「あいしていますの、おねえさま……♡」


 とろけるように頬を擦り合わせる。

 皮膚を癒着させるように圧しあう。

 伝わる熱が体内で増幅されて、やがてふたりとも燃え上がってしまうのではないかと思える。

 そんな触れ合いをむにむにと続けている間にも、綾の背中に回ったソフィアの手が服の上から肉をつまむ。

 指の先ですり潰すように、ただただ痛みを与えるために行われる愛撫。

 ぞくぞくと背筋を振るわす快感に、綾ははっと息を吐く。

 誘うように戯れる吐息と指先が、じわじわと綾を身体の内側から焼いていく。


 愛しさの塊を貪り、全て腹の中に収めてしまいたくなる。


 抑圧の蓋が、音を立てて揺れた。


 それをそっと、上から押さえつけて。

 ソフィアの背中に、指を沿わせる。

 すっかりと体温に馴染んだジッパーを、じじ、と上げる。


「ゃ、ぃや、やですの、やっ、おねぇさまっ、」


 拒むように背を裂く爪の感触を味わいながら、ゆっくりと時間をかけて、ソフィアの肌を隠した。

 はらはらと落ちる涙に濡れたソフィアの顔と向き合う。

 しゃくりあげながら憎しみに満ちた視線を向けてくるソフィアに、綾は他のすべてがどうでもよくなりそうだった。


 もう、いいや。


 そんなふうに理性を手放そうとする本能。

 ソフィアの唇を求めて、そっと、顔が近づいていく。


 けれど。


 それでも綾は、血迷う本能をねじ伏せた。

 意に反しようとする身体を押さえつけるせいで、全身が引きちぎれそうに痛む。

 軌道を逸らした唇が、ソフィアの頬に触れる。

 涙の跡をそっと舐め上げ、まぶたに口づけを落とす。

 まつ毛に実る透き通った果実を味わい、それをもう一度繰り返す。


 涙が止むまで、何度も、何度も、繰り返す。


 くたりと力を抜いたソフィアを、そっとベッドに寝かせる。

 金色の海に寝そべったソフィアは、赤くなった目で、けれどいつものように、笑みを浮かべた。


「いまはこれでゆるしてさしあげますの♡」

「うん。ふふ、楽しみにしてる」

「たのしみにしていてくださいませ♡」


 心ゆくまで綾に不満を伝えたソフィアは、今はひとまず満足している様子だった。

 いつか絶対に法に背かせてやるという決意が伝わってくる堂々たる笑みに心の底からの笑みを返し、そうして綾はそっとソフィアの頭をなでる。


 ソフィアは心地よさそうにそれを楽しんでいたが、やがてうつらうつらと眠たげに揺れはじめた。

 そうしてあっという間に眠りについたソフィアを残して、綾はベッドを降りる。


 早朝からソフィアと一緒にいて、今はすっかり夜である。

 外と交通する窓のない部屋ではまったく気にならなかったものの、それだけの長時間綾に愛され続けていたソフィアはすっかり疲弊している。

 性感を刺激されないとはいえ全身で愛し合ったのだから、それも当然のことだった。


 だからいつも、ソフィアとの触れ合いの最後にはこうしてソフィアを寝かしつけることになる。

 そうして綾はひとり、使用人によって自宅まで送り届けられる。

 本当なら一緒にお風呂に入ってソフィアの全身を清めるところまでご一緒したいという気持ちのある綾だが、時間的にそれはままならないのだった。


 部屋の扉を内側からとんとんとノックする。

 すると、外から使用人の呼びかけが返ってくる。

 普段ならばそれは那月の声のはずだったが、どうやら今日は違うらしい。


 開かれた扉の向こうには四人の使用人。

 二人が綾の案内として、残りの二人がソフィアのお世話ということなのだろう。

 普段はソフィアのお世話を那月一人で行っているので、やはり不思議に思う綾である。


 けれど特に深く考えはせず、使用人たちにソフィアのことを任せ、屋敷の外まで案内される綾。

 ビークルに乗っている間、一人の使用人にテキパキと身だしなみを整えられる。

 その後ソフィアの両親に改めて挨拶し、しばし談笑。

 それから綾はまた屋敷の外に連れられて。


 そうして屋敷の外に待つのは、夜闇にぽつんと立つ真っ黒のバイクと。


 そして、見慣れたスーツ姿の使用人の姿。


「お送りいたします、綾様」

「……ありがとう」


 すぅ、と目を細めた綾は、コートの前を閉じながらバイクに近寄る。


 ボディの各所に走る光のラインがなんとも夜道に親切な黒色のバイクは、那月の愛機であるステラテイル(滑らかな加速と転倒防止システムを応用したブレのない走行感がウリの大型電動バイク。大型二輪免許が必要。夜道に刻まれる残光は、さながら尾を引く彗星の如く)。

 その名を、綾はよく知っている。

 これに乗るときはいつもスーツで、わざわざその下に温度調節用のボディスーツ(ホメオスタシスTPという、皮膚表面温度を常に一定に保つ最強のインナー)まで着込んでいるのだ。


 差し出されるフルフェイスヘルメットを手馴れた手つきで装着し、横のボタンを数秒押す。

 機械音が鳴り、綾の視界から遮るものがなくなる。

 前面のフェイスガードは、外から見れば黒く、内側からは透明に見える。そしてそれ以外の部分にもディスプレイが内蔵されており、擬似的に外界を見晴らせるようになっている。その映像に遅れがないことを確認した綾は、那月に抱き上げられるようにしてシートの後ろ側に乗った。


 シートの脇を掴んでバランスを取っていると、那月が綾の前にひらりと乗り込む。

 ちらと振り向く那月に、綾はとぼけるように首を傾げる。

 結局那月はなにも言うことなく前を向いた。


「発進致しますので、お気をつけを」

「うん。大丈夫」


 自力でしっかりとバランスを保つ綾がそう応えれば、那月はアクセルを捻る。

 すぃ、と動き出したバイクは、それからしばらく、ひたすら静かに夜を駆ける。


 思えばこうしてバイクに乗るのも久々だと、綾は流れていく景色をぼぅと見送っていた。

 バイクの進む道が自宅までの最短距離をとっくに逸れていることなど、当然に理解していた。


 はぁ、と呆れたようにため息を吐く。


「それで、私はこのままどこに連れていかれちゃうのかな」

「……もうしばらく、お付き合いを」

「ふうん」


 冷ややかな視線を、運転する背中に向ける。

 恋人の使用人というただの他人へ向ける面倒だという思いを、きっと那月は敏感に察知していることだろう。


 やがてバイクは、大きな公園に入る。


 すっかり夜の帳が落ちた公園は、人通りはほとんどない。

 その上でさらに、人気のない場所へと入っていくバイク。

 停車し、電源を落とせば、ふたりを夜が包み隠した。


 那月はヘルメットを外すと、それをハンドルにかけた。

 ひらりとバイクを降り、そしてそのまま、綾に向けて跪く。


 それに対し、なにを言うでもなく視線すら向けない綾。


 那月はひたすら、冷たい草の上で頭を垂れている。


 綾は聞こえよがしにため息を吐き、そうして那月の方を向いて座り直す。

 プラプラと足を揺らしながらヘルメットを外すと、それを弄びながら、綾は冷ややかに那月を見下ろした。


「それで?使用人さん。私になにか、用ですか?」


 あえていたぶるように他人行儀な言葉。

 那月は音を立てず息を吐くと、それから静かに口を開いた。


「綾様」


 極めて冷静に。

 けれどその奥に、きっと他の誰もが気づけない震え。

 綾はただただ、冷ややかに。


「今一度、このわたくしめに」


 言葉を区切り、那月は瞳を揺らす。

 見えないはずのそんな姿も、綾にはとても簡単に見通せていた。


 相も変わらず分かりやすいと、綾は目を細める。


 一度だけ空を食み、そして那月は、告げる。


「―――あなたに"好き"を捧げる権利を頂きたく」

「……ふうん」


 ひととき溢れそうになった感情を胸の内で転がしながら、綾は気のない相槌を返す。

 不安と恐怖を隠す那月をしばらく見つめ、それから綾は手慰みにヘルメットを投げ上げ、キャッチする。


 焦らすようにそれを繰り返しながら、ようやく綾は口を開く。


「どの口がそういうこと言えるのかな」 

「……」

「あ、そうだ。気になるから見せてよ」


 上がって落ちるヘルメットを目で追いながら無邪気に言う綾。

 那月はひとつ息を吐き、そうして綾を見上げる。


 綾はちらっと視線を向けて、またヘルメットを追う。

 代わりとばかりに、綾は片足を那月の目の前に晒した。


「脱がせて」

「はい」


 すぐさま伸びる那月の手を綾は見咎め、その肩を軽く蹴った。


「違うでしょ」

「申し訳ありません」


 ふぅ、とひとつ息を吐いた那月は、身を乗り出すようにして綾のブーツに唇を触れる。

 じ、と綾の顔をひたすら見上げながら愛撫するように唇を添わせ、そうしてチャックにたどり着く。

 それを歯で摘むと、じじ、と下ろしていく。

 頬がほんのりと朱に染っているのを、綾は暗闇の中でも見抜いていた。


 やがてチャックを開いた那月は、ブーツの縁を噛んで少しずつ綾の足から脱がせていく。

 少しも協力を示さない足に、けれど一切もの負担をすらかけぬようにと、全ての神経を動員し、丁寧に、かつ素早く。


 二分ほどかけてようやくブーツを脱がせた那月は、土下座するようにそれを地面にそっと置く。

 そうして顔をあげれば、タイツに包まれた足先がゆるりと踊る。


 綾は、ヘルメットを抱きながら静かに那月を見下ろしていた。


 夜風に触れて、蒸れた足先が冷えていくのを感じながら、緩やかに足を近づけていく。

 那月は頬をじわじわと染めながら、口づけをするように綾の足を受け入れる。

 快感に震える那月の肩を見下ろしながら、綾はそっと足を下ろしていく。

 ふっ、ふっ、と少し荒らぐ息にくすぐられる心地を感じながら、爪先で唇をなぶる。


 ぐ、と押し込めば、那月は意のままに口を開いた。

 くぷゅ、と熱に浸るつま先。


「なるほど。こういう口なんだねぇ」


 ちゅくぷ、ぷちゅ。


「こんな卑しい口で、真面目くさってあんなこと言うんだ」


 つまらなさげにいたぶるつま先が、やがて那月の口から抜ける。

 そうして、まるで浮かせているのが疲れたから、というくらいの気軽さで、また那月の顔を踏みつける。

 唾液と汗に濡れた足先に、ふくふくと那月の鼻がうごめいた。


「ねーえ。そもそも、誰が別れようって言ったんだっけ」

「……わたし、です」


 ぐりぐりと踏みにじる綾に、那月は熱に浮かされたように応える。


 その通り、綾は那月に振られたことがあった。


 とはいえ本来、それだけの理由では、こうしてなぶるようなことをするはずもない。


 もちろん、恋人というひとつの関係性が失われる、それは悲しいことだったけれど。

 そんな程度のことで、綾の好きは些かも損なわれることはないのだから。


「しかもなんだっけ」


 とぼけるような言葉と共に、綾は欠片も笑っていない笑顔をうかべる。


「私に、好きを秘めてほしいとかなんとかね」

「は、い……」

「分かってるはずだよね?それとも分かってくれてなかったのかな」

「申し訳、ありません」

「悲しかったなあ、とっても」


 好きを秘める。

 那月を好きであるという気持ちを、無くすと言わないまでも、見えなくしてほしい。


 かつて求められたそんな要望は、綾にとっては苦痛と言っていい。

 それでも那月が望むのならと、綾はそれを受け入れた。

 その夜は、久々に泣きじゃくったのを覚えている。


 そんな過去があるからこそ、今、綾は那月をこうして心ゆくままに虐めているのである。


 ―――それが、理由の半分。


「で?それなのに、もう一回欲しいんだ」

「はい、はいっ」

「そしてまた、私にあんなこと言うんだね」

「綾様っ、私は、もう二度とッ」

「うるさいなあ」


 身を乗り出そうとしてくるのを、足で押さえつける。

 そうしてぐりぐりとにじりながら、綾はゆるると口角を上げる。

 火照った頬が、少しも寒さを感じなかった。


 足をそっと滑らせ、那月の顎に爪先を引っ掛ける。


「ねえ。どうして、私がそれを信じれるの?」

「……」

「ねーえ?」


 そ、と足が降りる。

 つま先がネクタイに触れる。

 ぐ、と引けば、しゅるりと緩む。


「気になるなあ。どうやって、信じさせてくれるんだろう」


 くすくすと首をくすぐる。

 らんらんと目を輝かせる綾を、那月は見上げた。


 真っ赤に染まった頬、いびつな口角、荒らぐ呼吸。

 那月は足にそっと触れ、つま先に口付けた。


「……綾様の、御心のままに」

「あはっ」


 ―――その日、綾に恋人が一人増えた。


 ■


《登場人物》

ひいらぎあや

・SもMもいけるらしい。相手によって使い分けている模様。基本的に、人を好きになったら、相手からの要望がない限りは無限に好きを続けられるという特殊能力を持っている。例えば相手が自分を好きになってくれなかろうが、なにかがあって嫌いになられようが、綾からの好きは向けられ方が変わるだけで尽きることがない。それを当然と思っているし、だから好きを続けられなくなることはなによりも恐ろしい。それはトラウマでもあって、少しだけ触れた那月のかつての要望はそのトラウマを刺激するものだったようです。


沢口さわぐちソフィアそふぃあ

・情緒どうなってんだよっていう人。でも基本的には悠々とした感じで、意識的に感情をぶちまけたりする。感情は武器ですからして。ドレスすら脱がないとかまったくプラトニックな関係ですが、とはいえ散々色々されるのでとってもお疲れ。


如月きさらぎ那月なつき

・綾の元カノだったことが判明した人。まあ色々あったんです。主にソフィアのせいで。その後具体的になにをどうして信用してもらったのかはちょっと僕にはわからないです。ええ。まったくわかんないです。綾さんタイツ履いてるなあ、とか人気がない夜の公園だなあ、とかそういうことは思いますけど、別にそれがどうしたっていうんですか。夜風は寒いので風邪ひかないようにしましょうね。スーツ姿でバイクに乗せたいがためだけにホメオスタシスTpというスーパーインナーを作り出しました。どんな環境下においても適温を保つというとんでもない代物。基本的に個人所有するような代物ではなく、基本的には医療備品の一貫としてとある医療メーカーが手がけている。ホメオスタシスシリーズには、他にヘモグロビンと酸素の結合を助ける呼吸補助気体ホメオスタシスSp、体内式自動透析装置であるホメオスタシスBl、空間内の気圧を一定に保つホメオスタシスAtmなどがある。

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