第51話 ソフィアとのデートと那月との復縁があった次の日
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よろしくお願いします。
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ソフィアとのデートと那月との復縁があった次の日。
寂しんぼな鈴をひとしきり慰めてからてきぱきと身だしなみを整えた綾は、事前に用意してあった最低限の荷物の入ったバッグを肩にかけ家を出た。
そうして徒歩十分程にある駅から24時間運営の無人バス(一定のルートを巡回する自動運転バス。運転手はもちろん他の業務従事者もいない。毎日4度の定期点検以外は常に稼働しており、車を持たない市民の強い味方)に乗り、仮眠をとりつつしばらく運ばれる。
そこそこに高くついた運賃をスマートウォッチのベルトをかざしてサクッと支払い、降りたその場所は空港の近く。
バス停の傍で、彼女は待ち受けるように立っていた。
「こんばんは、響先輩。お待たせしました」
「なに。私も今着いたところだ。久方ぶりだな柊」
よう、と手を挙げ持ち前のハスキーボイスで応えた彼女と、綾は自然に口付けを交わす。
彼女は綾より少し背が高いが、迎えにきてくれるので綾は待ち受けるだけでいい。
顔を見合せたふたりは笑みを交し、彼女は当然のように綾の荷物をひょいと自分の肩に移した。
礼を告げながら軽くなった腕を絡ませ、またひとつ口付けを交わす。
上等なコートに身を包み金色のイヤリングを閃かせる長身の女。
キザったらしい笑顔が全く違和感を覚えさせないどうかしてるくらいに顔がいい彼女は、
ソフィア、那月、鈴、に続けてまともな休みもなく四人目、それも綾と響は今から旅行に行くというのだった。
腕を組んで歩きながら、響は
「
自分の傍にいながら市販のコンシェルジュAIに話しかける響が少し気に入らない。
綾がそんな不満を示すように響の腕をぎゅうと抱き締めれば、響は面白いものでも見たように目を瞬かせた。
「ほう、次はAIか。無節操なやつめ」
「響先輩に言われたくありません」
「私は柊一筋だぞ?」
「分かってますけど、分かりません」
つーん、とそっぽを向く綾は、普段よりも随分と幼げだ。
しかしそんな綾の姿をよく知る響としては、そのちょっとした嫉妬が愛らしくてたまらない。
くつくつと楽しげに笑う響に、綾はますます機嫌を悪くする。
他の恋人にはなかなか嫉妬というものを向ける機会がないので、こういうときにはついつい甘えてしまう綾である。むしろ響がそれを望んでいるのだと分かるから、それを秘める必要などなかった。
とはいえ、基本として響への好意が損なわれる訳はない。
それはそれとして指を絡めたくはなるし、身を寄せたくもなるし、長らく直接会えていない分会話もなんだかんだで弾む。
ただわざとらしく散りばめられる他の相手を思わせる発言に、綾はますますと不機嫌になっていった。
程なくして駐車場に着けば、その近くの停車場に呼び出されていた車が扉を開いてふたりを迎えた。
それは最初赤色のボディだったが、響は今はそんな気分ではなかったのかEVEに命じて青色に変えた。自在に色を変えることができるカメレオンと呼ばれる電子塗料を使用し、その上無人運転認可車種とあって軽く家数件が建つ程度の値段がする響の愛車である。
流れるままに助手席に乗せられた綾が背もたれにもたれかかるまもなく、響はなんとも手馴れた様子でシートを倒すとそのまま手をついて綾に覆い被さる。
「さぁて、くだらん嫉妬なんぞする悪い子はきちんと分からせてやらねばならんな」
「……そういうこと他の子にも言ってるんですか」
なんとも楽しげに笑う響だが、あくまで綾は冷めた視線を向けるばかりである。
そんなところも可愛いやつだと笑みを深め、響はそっと綾の耳元に口付けた。
「お前だけだよ、柊」
こういうときは恋人の言っていることの真偽があっさり分かってしまうのも困りものだなと、綾は思う。
おかげで、こんな簡単な言葉で嫉妬なんてくだらないことが出来なくなってしまうのだ。
■
響という女は性欲多し女である。
恋多きでない辺りが綾との大きな違いだろう。
本人は至って真面目で、誰かを抱かずには一日と開けられないなどと真顔で言えてしまう。
自分が抱かれるのは綾にしか許さない辺り分別はあるような気もするのだが、そのくせ仕事の関係上一箇所に留まるということができないものだから、あっちこっちでセフレを作ってはよろしくやっているのである。
つまりそんなことがあるので、綾はそれをダシに嫉妬なんかしてみるのだった。
とはいえ実際のところ、わざわざ口にするほど大した嫉妬はしていなかったりする。
綾としては好きでもない人間と肌を重ねるなど考えでも考えても意味が分からないが、それはそれとして、響が自分だけを好きなのだというひどく単純な事実を一点の曇りなく信じられるのが綾という人間なのだ。
そんな訳で結局嫉妬など一片も介在しない純粋に不健全ないちゃこらを楽しんだふたり。
途中のサービスエリアで軽く汗を流したりスポーツドリンクの美味しさに感動したりしつつやってきたのは、人里からやや外れたところにある和風の旅館。
全面ガラス張りの個室露天風呂とそこからの展望がウリというかなりお高めの旅館で、響が温泉好きの同僚(!)に一押しされたという。
ちょうどチェックインが始まるくらいの時間を狙った響のおかげでスムーズに手続きを済ませたふたりが仲居さんに連れられるのは、旅館の中でも最も値が張るという一室。
掛け軸や屏風、障子向こうには枯山水の庭とむしろ見慣れない程の純和風。
そこかしこから感じるえも言われぬ高級感に、綾は「おぉー」と歓声を上げる。
響はそんな綾の反応に満足げな笑みを浮かべるとぽんぽんと頭を撫で、荷物を適当にほかる。
そうして綾の肩を抱き寄せ、きらりんと目を輝かせた。
「よし、温泉に入るぞ」
「朝風呂いいですね。行きましょう」
わっくわっくと期待に胸弾ませる響に、当然のように乗り気で応える綾。
着替えの浴衣だけ用意して個室露天風呂へと乗り込んでいくふたり。
脱衣所で服を脱ぐと、響は綾の身体に刻まれた生々しい傷跡を見て面白そうに笑った。
ぎらぎらと飢えるように滾る瞳に綾はそっと頬を染める。
けれどそこではなにを言うでもなかった。
露天風呂にやってきたふたりは、朝焼けに照らされる山の景色に感動しつつ、まず身体を洗う。
ふたりとも、個室風呂とはいえ入る前にはきちんと身体を洗うタイプである。
特にどちらから提案するでもなく自然と、綾が響の身体を洗う。
響は、人に奉仕されるというのが(特にそれが愛おしい相手ともなれば殊更に)好きなのだ。
そしてもちろん、そんな響に奉仕することは綾にとって無上の喜びと言っていい。
響がこだわっているローズの香る黄金色のボディソープを手のひらにぬばぁと馴染ませ、後ろから抱きつくようにして指を絡める。ボディソープは泡の立たないローションタイプ(馴染ませて流すだけで身体が洗える。タオルを使用しない分皮膚への摩擦刺激が少ないが、少ししゅわしゅわする)で、ちゅるちゅると響の手と擦り合わせるだけで心地が良かった。
響の手は、綾の手を包み隠してしまうくらい大きい。
けれど野暮ったい感じのしない、しなやかな指だ。
指先にはつるりと水を弾くネイルコートだけが塗られている。
自分の容姿というものに絶大の自負を有する響は、綾と会う時はいつもそうだった。
それを愛おしむように目を細めながら、くにくにと手のひらをマッサージする。
「うむ。やはり柊は別格だな」
「当たり前じゃないですかもう」
そう言いながらもどこか誇らしげに笑う綾。
ふたりの手が混ざり合うと、綾は響の手首をそっと包む。
くりゅくりゅとボディソープを広げながら、腕を洗い上げていく。
響の腕は細く筋肉質で、皮下脂肪が驚く程に少ない。
けれど弾力のある筋肉は脂肪とはまた違った柔らかさで、撫で揉み摩るとこれがまた心地よく、どうしても腕を絡めたくなる。
ぬゅりぬゅりとボディソープが広がって、しゅわしゅわと肌を刺激する感覚に綾はそっと吐息をこぼす。自然と肌の密着面積が増えて、じわりじわりと熱が蓄えられていく。少しだけ張ってきた胸が、押し付けると程よい弾力となるらしい、響は満悦した様子の笑みを浮かべながら振り向いて唇を奪う。
「もぅ、ちゃんと洗わないとですよ」
「それは柊の役割だろう。ほら、愛でてやるからもっと寄れ」
「癒着しちゃいますよ。ふふ」
呆れたように、けれど心底嬉しそうに笑った綾は、むぎゅう、と身体を押し付けながら響の肩をにゅるにゅる撫でる。
そのまま脇の下にまで手を潜らせ、ゆるゆると脇腹まで下り、形のいい腰を包む。
大腿部の辺りをちゃ、ちゃに、と往復するように全面を撫でていく。
むず、と響が身体を揺らす。
「ふむ」
どうやら綾に奉仕されたいという欲求と抱きたいという欲求がせめぎ合っているらしい。
少しだけ真面目くさった顔で考え込んだ響は、やがてにんまりと笑うと綾の腕を引いた。
にゅるりんと膝の上に抱かれ、ぱちくりと瞬く綾へと、響は満面の笑みと共にボディソープを垂らしていく。
綾の裸体が粘液に塗れる。
当然にその意味を理解した綾は、ひそりと目を細めながら響の首に腕を回す。
滑り落ちないようにと響に身体を寄せる。
露天風呂を楽しむのは、どうやらまた少し先のことになりそうだった。
■
《登場人物》
『
・自分が欲しいものは全て自分のものなのにどうして嫉妬する必要があるだろう。つまりそういうことです(どゆこと)。
『
・奉仕されることと、自分の好き勝手にすることが好きとかいう傍若無人なお方。嫉妬は支配欲にくべられるタイプ。まあお好きにやってどうぞ。
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