第8話 「ぐぎぃ!」

「ぐぎぃ!」

「ふんぬっ!」

「べぎゃ!?」


 飛びかかってきた深緑色の醜悪な小鬼がリーンに叩きつけるように殴り飛ばされ、潰れた悲鳴を上げ地面に墜落する。


「ちぇりおお!」


 即座に拳を引いたリーンはそばに突き立てていた大剣の柄を掴むと背負い投げるようにしてその小鬼を斬り潰し、小鬼はあっさり光に消えた。


『プレイヤー【ユア】のLVが上昇しました』

『LV.3→LV.4』

『SPを2ポイント取得しました』


 更に街から離れたところで混じってきた小鬼をメインに狩りをすることしばらく、本日三度目のレベルアップを告げるアナウンス。


「結構ペース速いね」

「ぜっこーちょー!」


 当然のようになでなでタイムに移行しつつ、ユアは改めてステータスを確認する。

 といっても、そう変化はない。前回のレベルアップではまた上がったMINが今回は上がっていないといったくらいで、SPをMINに振ればそれで終わりだ。

 今回で、MIN18のMP410になった。

 前回の戦闘で領域の解除と同時に【魔力】と【知的】のレベルが上昇しており、そのおかげでMPにはそこそこゆとりがある状態と言える。MIN20くらいのきりのいいところで他のステータスを伸ばすのもいいかもしれないとユアは考えていた。


 一方のリーンは、今回のSPはすべてSTRに割り振ることにした。『決戦場バトルフィールド』の効果もあってこの辺りであればそう大してダメージもないので、VITはいったん置きだ。


「SPDは上げないの?」

「あんま動いてないし!」

「ああ、まあ、うん」


 リーンが領域の中で戦いたがることもあって、基本戦術は受け身となる。それも最初に一当てしておびき寄せるリーンに面白いくらいヘイトが集中するので、ユアは離れてさえいればあえて守る必要もなく無事なのだ。必然的に、リーンが動く機会はほぼない。


 まあそんなものかと納得し、今度はアビリティの方を確認する。

 なにかいい新規取得アビリティはないかと見ていると、リーンが「おおお!?」と分かりやすく歓声を上げる。


「どうしたの?」

「これー!」


 どれどれ、とユアがのぞき込むころには、すでにリーンはそのアビリティを取得していた。


【挑発】(EXP1,000)

・LP:5.0%

・使用後一度だけ大声に属性『挑発』を付与する

 ・声の大きさにより効果上昇


『属性:挑発』

・対象の注意を引き付け、狙いを自分に向けさせる


 消費EXPは1000となかなか高いが、いろいろな意味でなんともリーンらしいアビリティだと、ユアは納得する。

 タンク兼アタッカーな上にアビリティなどなくとも毎度毎度やかましいリーンなので、その声だけでヘイトを稼げるようになるとくればなんとも便利だ。なによりこういう分かりやすい勢い任せのものは、リーンの大好物だったりする。


「ユアのほーはなんかないの?」

「んー、私はまた見送りかな」

「そっかー」


 ユアの方はめぼしいアビリティがない、というか見つかっていないので、また保留だ。戦闘中など片手間にアビリティ一覧を眺めていたりするのだが、いまいちこれというピンとくるものがないらしい。


 そんな訳で、MP回復待ちがてら少し移動する。

 MPの自動回復は、戦闘行動をしていないときで毎秒2%となっている。魔法を使う、攻撃する、などという戦闘行動を行っている際は回復せず、それを止めて5s経過したところから回復が始まるというシステムだ。


 今のユアのMP回復量は、毎秒8ポイント。20s程度で領域魔法一回分と考えれば、あえてMP回復のためだけに時間を使う必要もそうはない。


 しばらく移動したところで、狩りを再開する。


 小鬼の生息域は草人形と重なっており、周囲を見れば小鬼が草人形のかまくらにちょっかいを出していたりするところも見られる。そういった場合にさらにちょっかいをかけると草人形と小鬼のどちらともを相手にできるので、ふたりはもっぱらそういった状況を狙っていた。


「じゃあ、狙いはあれにしよっか」

「うっしゃー!」


 意気揚々と。

 リーンは大きく息を吸う。

 さっそく新しいアビリティをお試ししたいらしいとユアは思い、そこで、ふと気が付く。


 声に完全な指向性はないという、いたってシンプルな事実に、気が付く。


「まっ、」

「『こいやおらぁああああああ――――――!』」


 一切の加減なく、目いっぱいの声量で吐き出される咆哮。

 それは広々とした草原に響き渡り、近くのプレイヤーたちもなんだなんだと辺りを見回すほどだった。


 その挑発効果は、システム上の肉声で出せるほぼ最大限まで到達した。


 その結果どうなるのかなど、もはや火を見るよりも明らかと言える。


 ―――見渡す限りの他のプレイヤーとの戦闘状態にない小鬼たちの大合唱が、リーンの挑発に応えた。


「っ、『領域構築エリアメイク』―『決戦場バトルフィールド』!」

「あえ?これやばい……?」

「やばい」


 真顔で断言するユアに、リーンは表情を引きつらせる。

 しかしそれも一瞬、すぐさまその表情は引き締められ、鋭い眼光で周囲を睥睨した。


「ユア、背中」

「分かった」


 言われるままに、ユアはリーンの背中によじ登る。領域から一定以上離れれば魔法は解除されてしまうため、せめて距離を稼ぐために足はプランとぶら下げた。貧弱なSTRで自分の身体を支えるのはやや負担だったが、そうも言っていられない。むしろできるだけ邪魔にならないようにと、ユアは頑張ってリーンの背中に身体を押し付ける。

 すると当然胸が押し付けられることになってリーンがぴくっと反応するが、こんな状況下でそんなことを気にしていればユアに危険が迫るので、すぐさま雑念をとっぱらった。常と同じく大剣の切っ先を地面に触れ、わずかに腰を下ろして構える。


「っしゃー!しっかりつかまっててね!」

「分かってる。頑張ってねリーン」

「まっかせぇ、っろぉーい!」

「ぐぎゃあ!?」

「ぎゃが!?」


 威勢のいい言葉とともに、正面から迫る第一陣めがけてリーンは身体ごと大剣を振るう。

 ぶぅん!と振るわれる大質量は飛び掛かってきていた小鬼たちをひしゃげさせ弾き飛ばし、止まらず回転したリーンに合わせ今度はひるんだ後続の小鬼と草人形を薙ぎ払う。


「ナイスリーン!」

「ふんぐ!」


 計一回転半、よろめくように踏み出した一歩で身体を制止させ、大剣を地面に突き刺して勢いを殺す。そうして正面になった先ほどまでの背後、駆けてくる小鬼と草人形たちを迎え撃つようにリーンは駆け出す。


「ぎゃぎゃあ!?」

「ぎゃっぎぃ!」


 リーンと群れの座標が重なり、されど止まらず小鬼と草人形を蹴散らかす。大股の一歩を群れの中枢に食い込ませ、その一歩を起点に強引な一回転で大剣を薙ぎ払えば、小鬼と草人形は容易く吹き飛び転がった。


 蹂躙と呼ぶに相応しいだけの一方的な暴力。

 しかしながら今のところリーンが討伐したモンスターの数は0だ。

 リーンのSTRはそれなりに高く得物も強力だが、とはいえレベル自体にそこまで差がある訳でもないモンスターを一撃で屠る程の火力をリーンは有していない。


 だからリーンは少しでも数を減らそうと、転がったモンスターたちの中でも特に小鬼を重点的に蹴り飛ばし踏み抜き仕留めていく。グリーブに包まれた足は、それだけで十分凶器となり得るのだ。


「右後ろ!」

「ほいしゃー!」

「ぎゃあ!?」

「ぎゃぎっ!?」


 そうしている間にも敵はまだまだやってくる。

 ユアの言葉に従ったリーンが振り向きがてらに大剣を振るえば、確かな手応えと共に小鬼たちの悲鳴が上がる。そのまま大剣を地面に叩きつけるようにして小鬼を圧殺し、そこへ飛びかかってくる小鬼の腕を咄嗟に離した片手で引っ付かみ振り回す。簡易武器となった小鬼で飛びかかる小鬼を迎撃し、役目が終われば投げ落とし踏み殺した。

 そうしていると、リーンの攻撃を掻い潜って数体の草人形がリーンの足下へと取り付いた。優先を小鬼としているためそれより数の多い草人形には対応が遅れるが、ぺちぺち叩かれたところでダメージなどたかが知れている。気にせず小鬼を迎撃していれば、その勢いによって草人形たちを引き剥がすこともできた。


「はっはー!らっくしょおー!」

「左ね」

「ほいほいさー!」


 大剣を振るい、足を振るい、モンスターの群れをなぎ倒す。

 ときおりゴブリンの持つ粗末な武器に殴られ、草人形に取りつかれたりはするものの、ユアの指示に従うことでその全てはリーンに集中している。領域のバフ効果はことのほか高いらしく、リーンのLPにはまだまだゆとりがあった。


『プレイヤー【ユア】のLVが上昇しました』

『LV.4→LV.5』

『MINが1ポイント上昇しました』


 転がした小鬼に大剣をたたきつけた瞬間、レベルアップ。


「っしゃー!」


 それを励みとばかりに笑いながら、リーンは続けざまに大剣を低く振り回し周囲の小鬼の足を薙ぎ払う。転んだ小鬼を踏み潰しながら包囲網を抜け、後続の小鬼を蹴り飛ばした。

 すでに追加戦力は見当たらなくなっていたが、それでもリーンたちを囲むモンスターはひしめくほどの数がある。


「めっちゃおーいんだけど!」

「リーン声大っきいからねえ」

「そっかなー?、らっしょおい!」


 倒れた小鬼に巻き込まれて崩れた部分へと大剣を振り下ろし、右に左に薙ぎ払う。ポリゴンが弾け開けた前方を抜け領域の縁で反転、果敢にも追いすがる一匹の小鬼を叩っ斬り、ひるんだ後続を突き飛ばす。一拍の空白に息を整え大剣を握り直すと、腰だめに構えた大剣を身体ごとぶん回す。


「ちぇえりおおおお―――!」


 ぶぅん!と強引に振り切られた大剣が小鬼を草人形を弾き飛ばし光の粒子に変える。

 密集した小鬼たちに無傷のものはなく、そして回避などできようもなく。

 当たれば幸いと大剣をぶん回せば、ただそれだけでモンスターは弾けていく。


「もうちょっと、頑張れリーン!」

「っしゃおらあー!」


 ユアの声援を受けて気合十分、リーンは休まずせっせと大剣をぶん回す。

 若干雑になる動作の隙をついて小鬼や草人形の攻撃が届くが、知ったことかともろともになぎ倒す。


「っさいごぉおお!」

「ぎ―――」


 ざむっ!と振り下ろされた大剣に斬り潰され、最後の小鬼が弾けて消える。

 ふう、と息を吐くのもつかの間、まだ残っていたらしい草人形が果敢に飛び込んできたのを引き千切り、そこでようやく戦闘は終わった。


 リーンはしばらく大剣から手を離すことなく警戒し、周囲を見回したユアがほっと一息。


「終わったみたいだね」

「ふひぃー、よかったぁ……」


 ユアが背から降りるとリーンはその場にどかりと座り込む。同じように座り込んだユアはリーンをそっと引き倒し、その頭を自分の膝に乗せた。

 ぱちくりと瞬くリーンを見下ろし、ユアは微笑む。そして覗き込むようにその額に口づけを落とした。


「お疲れさま」

「うにゅ。えへへ」


 照れ笑うリーンが、お返しとユアの頬に口づける。

 愛おしむようにユアの手がリーンの頭を撫で、リーンはそっと、目を閉じた。


 ■


《登場人物》

ひいらぎあや

・置物から荷物に進化した。領域魔法もあるしお荷物ではない。挑発を使おうと思うとこういうスタンスになりそうですね。まあリーンも鍛わるし悪くないってばさ。


柳瀬やなせすず

・無双ゲーやってんのかこいつ。『決戦場バトルフィールド』のおかげっていうのもある。与ダメ・被ダメは実はけっこう物理的影響にも作用してくるからね。あと単純にゲーム的補正でぶっ飛びやすい。とはいえ所詮最初のマップの雑魚ですからして。

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