第6話 鈴、ことリーンが合流したのは、それからしばらく後のことだった

 鈴、ことリーンが合流したのは、それからしばらく後のことだった。

 領域魔法の継続時間は5分。MPの消費によって増加するもののユアの現在MPでは今のところそれが限界で、合流したころにはすでに解除されてしまっているのだが、リーンが到着した時も相変わらずユアは毛玉に囲まれていた。


「ゆーあー!」

「ぷゅ!?」

「大丈夫だよ」


 大声を上げながら一直線にずだだだー!と駆けてくるリーンに毛玉たちはびくっと身を弾ませるが、ユアが優しくなでるとむぎゅむぎゅ身体を寄せて落ち着いた。

 それからユアはリーンへと手を振る。


「おまたそぉ!?」

「あ」


 ぶんぶんと振り返したリーンが、ユアの前で躓く。

 当然のように崩れるバランスを保つことなどできず、リーンは一瞬宙に浮いた。


 ところで、リーンは今全身に鎧をまとっている。

 全身といっても胸や足、腕などの部位ごとを覆う金属の防具を装着する形で、インナーである布の服やズボンの見える面積はそこそこある。


 とはいえ、金属鎧だ。

 初期装備ゆえに軽く弱い金属でできているものの、それでもその重量は生身の人間にとってかなり負担となる程度で、ステータスによる補助がなければリーンは走ってくることなどできはしなかっただろう。


 そんな重量を持った物体が、今、勢い余って飛び込むようにユアに向かっている。

 そのコースはユアとそれを囲む毛玉たちを丁度押し潰すようなもので。


「、逃げて!」


 一瞬の判断で、ユアが叫ぶ。

 そのころには、もともと臆病な性質を持っている毛玉たちはぷゅぷゅ悲鳴を上げながら逃げ出している。


 しかし、その場で座り込んでいたユアは咄嗟に動き出すことができない。

 迫るリーンに、これは後でせっかんだなあ、とユアは諦観に満ちた笑みを浮かべ。


「なぁめるなあああああ―――!」


 咆哮。

 リーンの手が高速で動き、鎧が光に包まれ消える。

 そして衝突。


「ぐぇっ」

「ぺぶぅ」


 どごすっ、とユアの胸に突き刺さるリーンの顔面。

 その勢いのまま押し倒され、ユアは頭部をしたたかに打ち付ける。ユアのLPが目に見えて減少したが、幸いにして死亡するほどではない。


 倒れるユアと、それを押しつぶすように重なるリーン。


「う、うぅ……」

「……リーン」

「うおっ!?だいじょぶ!?」

「大丈夫だから、とりあえず降りて」

「おっとお!」


 ユアに言われ、リーンは即座に飛びのく。

 圧迫感から解放されたユアは、ひとつ息を吐くと差し出されたリーンの手を取り起き上がった。


「ありがと」

「んにゃ。ごめんよーユアー」

「はあ。もう、二度としないでね」

「まかせろー!」

「なら、よし」


 ぺかーと笑うリーンはなんとも信用ならなかったが、とりあえずユアは頷いておく。

 それからぱんぱんとローブを払うと、ユアは周囲を見回した。

 どうやら毛玉たちはどこかへ行ってしまったらしいことを確認し、ため息を一つ。


 そんなユアに、リーンは表情を曇らせた。

 潰したことはさておき、お楽しみを邪魔したことには罪悪感を覚えているらしい。


「ごめんね……」

「んー。いいよ。かわりにリーンを可愛がるから」

「うにゅ」


 しょんぼりするリーンの頭を撫でてやれば、リーンは嬉しそうに頬を緩める。

 なでなでこしゅこしゅ、頭や耳元をくすぐるように忙しなく手を動かすユアだったが、ふと「ところで」と口を開く。


「リーン、ちょっと背伸ばしたんだ?」

「うんっ。おっきー方が強いかなって」

「おっきいってほどおっきくはないけど」

「だってなでにくいでしょ?」

「なるほど」


 鈴の身長は170.6cmと、そもそも一般平均よりも高い。しかし今のリーンは身長およそ175cm程度はあり、171.3cmのユアからはやや見上げなければ目を合わせられない。

 先ほど走ってきているときからどうしてそんな微妙なことをしたのかと不思議に思っていたユアだったが、当然のようなリーンの返答にある意味納得した。リーンっぽいなあ、という呆れ半分の納得だ。


 まあそれならめいっぱい愛でてやろうと、ユアはしばらくリーンを猫っかわいがりするのだった。


 そんなこんなで、ユアとリーンは合流した。

 手始めにフレンド登録を済ませ、パーティを結成する。


 AWにおけるパーティには、所属プレイヤーでのEXPの共有や互いのLP・MPの確認、パーティチャットといった機能がある。定員10名で、恩恵を受けられるのが同じマップ内のプレイヤーのみといった縛りはあるものの、どのみち離れる可能性など一切考慮していないユアとリーンであれば結成しない手はない。


 パーティを結成したところで、リーンの強い望みでさっそく狩りに出向くふたり。

 リーンはあまり気にしない様子だが、ユアとしては流石に毛玉を相手にしようという気分にはならないので、もっと街から離れて別のモンスターを探すことにする。


「わくわくしてきたー!」

「また転んだりしないでよ」

「まっかせろー!」


 わいわいと話しつつ、手をつないでふたりは歩く。そうでもしていないとリーンが駆け出していってしまいそうというのもあるが、手を差し出したのは無意識で、そうあることがふたりにとっては自然なことだった。


 歩いていると、毛玉たちの群れの数が減り、その代わり群れの中に灰色の毛並みを持つオオカミのモンスターが混ざるようになった。毛玉たちに囲まれて草原に寝そべる姿は何ともほのぼのして、それを遠くから鑑賞するプレイヤーもぽつぽつと見受けられる。中にはちょっかいを出そうと近づいてオオカミに噛みつかれる哀れなプレイヤーもいたが、少数だった。


 またそのあたりから、草原の至る所に草で編んだ小さなかまくらのようなものがみられるようになってきた。見ればその周辺には草で編んだ人形のようなものが歩き回っている。草人形はやや好戦的らしく、近くにプレイヤーを見つけては徒党を組んで襲い掛かる様子も見られた。そんな草人形たちもオオカミは恐ろしいらしく、こっそり毛玉たちに近づいてはオオカミに睨みつけられ逃げ帰ったりしている。草人形からするとプレイヤー<オオカミということらしい。


 ユアとリーンは、初戦の相手を草人形にすることにした。

 数は多いものの見る限りそう大した戦力でもなく、小手調べにはちょうどいいだろうという考えだった。


 軽く作戦を決めて、動き出す。


「じゃあ、手はず通りね」

「いえすまーむ!」


 びし、と敬礼ごっこをして、リーンはインベントリから大剣を実体化させる。ステータスの補正があるとはいえ両手で持っても重たいその大剣を、切っ先が地面をこするように引っ提げてリーンは駆け出した。


「やっほーい!」


 地面に線を描き草を散らしながら、リーンは一直線に草かまくらを目指す。周囲にいるのは合計3体の草人形。気づいた草人形が各々草で編んだような武器を構えるのも意に介さず、かまくらの目前で大きな一歩とともに強引に身体を捻り、


「ぃよいっしょおー!」


 その勢いのまま振り向くように振るう大剣でかまくらを一撃粉砕。大剣を地面に叩きつけ勢いを殺すと、そこで一息。

 かまくらを壊されたことに驚いたらしい草人形たちがわらわらと右往左往するのを見ることすらなく、すぐさまリーンは今度はユアの元へと戻ってゆく。

 かまくらの中にも隠れていたようで計5体に増えた草人形たちは、パニックから脱すると、ユアたちの思惑通りに徒党を組んでリーンを追った。


 それを待ち受けるユアが、詠う。


「『領域構築エリアメイク』―『決戦場バトルフィールド』」


 MPが消費され、赤いスパークの走る円形の領域が広がる。

 LV.1領域魔法その2、『決戦場バトルフィールド』。

 領域内の味方の被ダメージを軽減し与ダメージを増加させる効果を持つ戦闘向けの魔法だ。


「うおー!かっけー!」


 領域に駆け込むリーンが目を輝かせて歓声を上げる。

 一瞬ひやりとするユアだったが、リーンはきちんとブレーキを踏んで止まった。


「すごいねユア!」

「ありがと。でも今はあっちね」

「あいよー!」


 ユアは領域の縁に避難し、リーンは草人形たちを振り向く。

 直径にして6m、使用者が領域から離れると効果が消失するという性質上それ以上は離れることができないが、それでもリーンが心置きなく大剣をぶんぶんする程度のゆとりはある。


「っしゃー!こいよおらー!」


 果たして草人形にそれは届くのか、切っ先を草原に触れながら楽しげに笑いながら挑発的に煽るリーンへと、言われるまでもなくやる気十分な草人形たちがリーンへと飛び掛かる。


「っらっせぇい!」


 ぶぅん!と身体ごと振るわれる大剣が飛び掛かってくる草人形を薙ぎ払う。

 大剣の直撃を受けた草人形は吹き飛ばされ、そうでないものも勢いよく回転するリーンに取り付くことができず弾かれる。


「ぬぉいしょお!」


 大剣を振るう勢いのまま一回転、そして再度正面を向いたリーンが大剣を地面に叩きつければ、数体の草人形が大剣に押しつぶされ千切れる。

 しかし草人形はひるまず、停止したリーンへとわらわら飛び掛かっては手に持った草の武器でぺちぺち叩く。


 流石に数が多いため、取り回しの悪い大剣では対応が遅れるらしい。


「やんのかこらー!」

「ええ」


 かと思えばリーンは大剣を地面に突き刺したまま放置、体に引っ付いた草人形をむんずとつかんで投げ捨てる。さらにまだまだ飛び込んでくる草人形をキャッチすると、そのまま勢いよく引き千切った。


 引きちぎられた草人形はしばらくぴくぴくと動くが、やがて力を失いポリゴンに弾けて消えた。


「蛮族じゃん」

「ふぁっはっはー!」


 呆れかえるユアに気が付いた様子もなく、リーンはその後素手で草人形たちを蹂躙した。


 ほどなくして、最後の一体が、上半身だけでしぶとく逃げようと這っているところを踏みつぶされて消える。


 そしてリーンがにこやかにユアへと振り向きダブルピース。


「だいしょーり!」

「うん。蛮族みたいだったよ」

「へへへー」


 そこで照れるんだもんなあ、とやや釈然としない思いを抱えつつ、寄ってきたリーンに労いのなでなで。


「あ、これみてー!」


 リーンがなにやらウィンドウを弄り、アイテムを実体化させる。

 それは、一見、かなり普通に、雑草だった。


「これねー、薬草だって!ドロップ!」

「あ、へー。落とすのも草なんだ」


 まあそれはそうか、と頷きつつ、リーンが「あげるー!」と楽しそうに笑うので、とりあえずもらっておく。


 AWにおいては、基本的にアイテムはモンスターにとどめを刺したプレイヤーが総取りとなる。パーティを編成している場合にはその辺りもいろいろと弄れるが、ユアとしてはどうでもいいので初期設定のままにしておいた。


 そんな訳で空だったユアのインベントリを、たったひとつの薬草が一枠埋める。

 重量に関係なく100種類まで入れておくことのできる結構親切なインベントリなので、それくらいはなんでもない。


「ありがとね」

「えへへー」


 お礼とともにさらになでなで。

 リーンが嬉しそうに笑えばユアも嬉しくなってくる。


 しばらくそうしていると、領域が解除される。二連戦するには短すぎるらしいと判断し、とりあえずMPが回復するまでふたりはのんびり過ごした。


 ■


ひいらぎあや

・そういう君は置物じゃん?直接攻撃の機会は今後もしばらくはない。スペードはどういう意図でこれを綾に与えたのか、まあどんぴしゃりではあるけれど。


柳瀬やなせすず

・蛮族です(断言)。さらっとスルーしましたが、リーンはオンゲとかで普段使いしている名前ですね。アカウント名は“りんりん”が多いけど、ゲームだとちょっとカッコつけたがる。といっても鈴だからリーンっていう安直ネームなんですけど。

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