【劉裕・孟龍符】古代中国ゴリラ伝説

ずらりと居並ぶ敵は、先頭の劉裕りゅうゆう――の、やや斜め後ろに視線を揃えている。


ですよねー、内心そう反応した劉裕だったが、そこは戦の前だ。ぐっとこらえ、隣に立つ副官の孟昶もうちょうに呼びかける。


「なぁ、俺りゃ、確かに言ったな。強え奴がいるって」

「はい、将軍のご要望、しかと叶えてまいりました!」


満面の笑顔で、孟昶はじゃら、と鎖を掲げた。もう片方の手には人の腕ほどもあろうかという太さの注射器に、たっぷりとドス赤黒い液体が充填されている。


ちら、と劉裕も後ろに目を転じる。

敵たちに合わせるように。


兵たちの中、それは頭ふたつは抜けていた。

高さだけではない。横幅、厚みもだ。

人間離れした――と形容したいところだが、人間ではない以上、それでは例えにならない。


「いや、あれゴr

「いとこの孟龍符もうりゅうふです!」

「あ、そうなの?」


思いっきり自信満々に被せられて、劉裕の中で何かが弾ける。


調教師もうちょうと、ゴリラもうりゅうふ

代わる代わるに眺め、結論が出る。

そっか、まぁ親戚だからって似ないこともあるよな☆


劉裕は納得した☆



 ○  ○  ○



ゴリラは誇り高い。

仲間を愛する。


戦いを好まないのがゴリラ。

ただ仲間を傷つけられれば、怒る。


ゴリラの周りには、仲間がいる。

ゴリラと比べ、小さい。細い。

ほっそリラたちは、か弱い。

ゴリラが撫でると、折れる。

なのでほっそリラとのふれあいは大変。

だが、バナナをくれる。

いいやつ。


ゴリラの前には、別のほっそリラ。

こちらに細い棒を向けている。

奴らはバナナをくれない。

どころか、敵意を向けてきている。

なら、やってやr



 ○  ○  ○



調教師もうちょうゴリラもうりゅうふの首筋に注射をぶっ刺すと、中身を一気に半ばほど注入し、抜いた。


その巨躯からはじき出される咆哮は、轟音、と呼ぶにふさわしい。やおら駆け出し、敵陣の真っ只中に飛び込んだ。


「えっ戦口上は?」


その動きには敵、味方、どちらもが対応できずにいた。突出したゴリラもうりゅうふがまたたく間に血の宴を導く。


大パニックの敵。

ドン引きの味方。

ドヤる調教師もうちょう

キョドる劉裕。


いや。

これは、負けられない戦いである。

劉裕はいろいろ飲み込んだ。剣を抜く。


「勇者に続け! 勝機は我らにあり! あと勇者には近づくなよ!」


最後の指示に調教師もうちょうが不満げだったようだが、気にしてなどいられない。

あんなのの近くにぶっこんだら明らかに巻き添えだろうがクソが、と怒鳴りつけたいところだったが、劉裕とて百戦錬磨の猛者である。


直感が語るのだ。

それをやるのは、危険だと。


大いに乱された敵軍は、もはや劉裕軍の相手ではなかった。決着はまたたく間に付き、劉裕軍の犠牲は、むしろゴリラもうりゅうふの巻き添えの方が多かったほどである。


「さすがです、劉将軍! 天はあなた様の味方ですな!」


大喜びの調教師もうちょうに、劉裕は生返事しかできなかった。


いや、八割がたゴリラもうりゅうふのおかげだよな?

なにお前、それ皮肉?


とは言え、結果こそが全てである。

劉裕が戦っていたのは、自らの野望のために国を乗っ取った大悪党。ゴリラもうりゅうふの目覚ましい働きで、その悪党に勝てた。


ならば劉裕は、ゴリラもうりゅうふのおかげで、英雄となれた。


「……せめて、あの注射さえなきゃ、なぁ」


愁息しゅうそくという言葉をご存知だろうか。字義を拾えば、にじり寄る秋の気配を察知し、自分自身いつまでも盛んなままではいられない、と気付いたときに漏れる吐息、となる。ため息、嘆息と綴るよりも、そこにはより複雑に織り込まれた感情がある。


劉裕がついたのは、そのたぐいのものだった、と言えた。



 ○  ○  ○



国をほしいままにする悪人を倒した。

となれば、劉裕は国を代表する英雄。


敵を倒せば、より強大な敵が立ちはだかる。英雄の辛いところである。


その国は、やや南にあった。暖かく、農業も盛ん。多くの収穫物がもたらされ、人々は豊かな生活を謳歌する。


ともなれば、狙ってくるのだ。


北国の者たちが。

豊かな生活を求めて。


「なーなー、ワイにもちょっと分け前くれや! もちろんお礼はたんまりするで!」


と、平和には行かない。

実力で奪いに来る。

とめどない争いを繰り返してきた、生涯=闘争、くらいの獰猛さで。


なので、迎撃せねばならない。


国の中枢に躍り出た劉裕である。

以前とは比べ物にならないほど、充実した軍の編成が叶う。


そこでゴリラもうりゅうふを外すわけにはいかない。

劉裕を大いに助けた勇者。

その認識は、根強いのだ。


(いや味方もいっぱい殺したけどな)


誰も聞き入れてくれないので、劉裕は内心でつぶやくしかなかった。



 ○  ○  ○



「おい」


ずらりと居並ぶ敵――の、先頭に目を奪われる。


ゴリラがいた。


「聞いてねえぞ、なんでゴr」

「まさか公孫五楼こうそんごろうがいきなり最前線に現れるとは! 敵も本気ですな、油断はできませんぞ将軍!」


また被された。


あ、敵将なんだ☆

劉裕は納得した☆


「どんな奴なんだ?」

「やつはその巨躯にふさわしい、人間離れした怪力で敵を蹴散らして回ります。捕まったら一巻の終わりだと思ってください」


人間じゃねえだろクソが。


痛くて仕方ない頭痛を懸命にこらえ、彼我の戦力分析を行う。とりあえずゴリラこうそんごろうにはゴリラもうりゅうふをあてるにして、剽悍ひょうかんなる北部人どもには綿密な鍛錬を積んできた南部兵らの衆の力で、ってちょっと待て調教師もうちょうの野郎なにその笑顔、なんでこないだよりぶっとい鎖を馬に巻き付けてんの、しかも注射器の中のエグい紫色の液体なんか泡立ってない、ていうかなんでゴリラもうりゅうふもそんな当たり前みてーに注射受け入れてんの、えっマジで勘弁して――



 ○  ○  ○



ゴリラの前に、ゴリラ。

何というゴリラだろう。


ひょロリラとの戦いは、きつい。

なかなか全力を出せない。


だが、目の前には、ゴリラ。

思わず、ウホッと言ってしまう。

たまには全力も、悪くない。


先の戦いのあと、バナナが増えた。

素晴らしいことである。

しかし、多過ぎた。

食い切れぬバナナなど、ただのバナナだ。

腹を満たすだけのバナナ、それでよい。

あとは、適度な運動である。

適度な運動(要検証)である。


ゴリラはなぜゴリラをゴリラたらしめたか。

ゴリラたるのさだめをゴリるためである。

ゴリラを囲む、多くのひょロリラ。

ひょロリラを悪く言うつもりは、ない。

だが、足りぬのだ。


ゴリラを満たしうるのは、ゴリラ。

分かりきったこと、のはずだった。


ひょロリらと共にあり、忘れかけていた心。

ふつふつと、ゴリラが燃え上がる。


さぁ、ここがゴリラだ!

ここにゴリラ、目の前にゴリラ!

ならばゴリラh



 ○  ○  ○



猛然と駆け出したゴリラもうりゅうふを、ゴリラこうそんごろうは真正面から迎え撃つ。小細工なし、ガチのガチである。


調教師もうちょうを始めとした兵士らが大いに盛り上がっている。まぁ、人外同士の大決戦がエンタメとしてサイコーなのは、劉裕自身、分からないでもない。


っが、そういうのは興行でやるべきだろう。

今やってるのは、国の命運をかけた、戦争なんだが?


劉裕の憂いをよそに、ぶつかり合うゴリラ!

ダッシュの勢いをのせたゴリラもうりゅうふパンチ!

ゴリラこうそんごろうは胸板で受け、よろける!

すぐに立て直すと吠え、張り手を返す!


パワー、力こそがパワー!


戦いを、かたずを飲んで見守る兵たち!

涙さえ浮かべている将帥!

劉裕ドン引き!

構わずぶつかりあう、ゴリラゴリラ!

なぜ調教師もうちょうは鎖を手放しているのか!!!!


「右翼を切り離してあっちの茂みに潜ませろ。左翼はそのままだ。態勢が整ったら、全軍を押し上げる。どうせそんな簡単に決着なんざつかねえだろう、その間に、仕込むだけ仕込ませてもらうさ――なに、あのタイマンをもっと見てたい? あぁ、それならそれで構わねえけどよ。奴らをほっときゃ、お前の家族がひでえ目に遭うわけだ。それで構わねえんなら、見ててもいいんだぜ?」


ゴリゴリ決戦の背後で、劉裕は淡々と指示を飛ばす。兵士たちの動きは、やや鈍い。っが、それでも従わないものはいない。


それもその筈、ゴリラもうりゅうふがヤバけりゃ、ヤバさを使う。そういう柔軟さを持つ男である。従わないやつには、従わないなりの見返りがもたらされるのだ――それこそ、柔軟に。


長らく続くタイマン、互角と言えば互角、であった。だが、ゴリラもうりゅうふには調教師もうちょう(の紫の液体)がついている。この差は、侮れないものだった。


ゴリラこんそんごろうが沈む。

ゴリラもうりゅうふが吠える。

北人は嘆き、南人は猛る。


ゴリラもうりゅうふにしてみれば熱量の勾配がもたらされるわけである。

後背にハイテンションがあり、目前にローテンションがある。

ならば、迷うこともない。

転げ落ちるように、ゴリラもうりゅうふは、残された敵たちに向け、走る。


孫子も言っている。

善く戦う者は之を勢に求む、と。

ゴリラもうりゅうふが勝ちの勢いのまま、突き進む。

その先に、最終的な勝利がある。


と、言いたかった――のだが。


「報告! 孟龍符もうりゅうふ様が、敵の仕掛けた落とし穴にハマってしまいました!」


「報告! 敵軍はそこに殺到! それから間もなく、あたりを大歓声が包みました! 結果はお察しです!」


「報告! 降伏将の段宏だんこうより言質が取れました! 公孫五楼こうそんごろうをハメ殺そうとした罠に、孟龍符様がハマってしまわれたようだ、とのこと!」


「バナナか!?」


「おそらく!」


なるほど、と思いながら、とりあえず劉裕は思い切り前線を押し上げた。起こったことについて求められるのは、それをどう利用するか、だ。自らの感情、感慨なぞ、そこらにうち捨てればよい。


完膚なきまでに敵を打ち倒したあと、改めて劉裕は罠のあたりを探らせた。


落とし穴の中、多くの矢に刺し貫かれながら、それでも倒れることなく、ゴリラもうりゅうふの手は、バナナまで、あと五センチのところにまで迫っていた。



 ○  ○  ○



難敵からの、勝利。

劉裕の名声は、否応なしに高まる。


だが肝心の当人は、なかなか人々からの称賛を受け入れきれずにいた。


犠牲を伴う勝利。

自らは名声、そして栄誉を得る。

死んでいった者たちを、その場に置き去りとしたままに。


戦いを終え、間もなく調教師もうちょうが自殺した。

遺書には様々な理由が述べられていた。そのいちいちが、もっともらしく読めないでもなかった。


だが、一点。


たった一点の思索が、劉裕の思いを大いにかき乱すのである。


そういやあのゴリラもうりゅうふ、メスだったよな……?


そこで劉裕は、考えるのをやめた☆

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