冉魏滅亡~
【桓温・司馬氏・李氏】最高の目覚め
こいつを東晋って呼んでるわけだが、このくに、なんだかんだで百年以上続いてんだよな。
逃げた、って言い方しちまうとアレだけどよ。見方を変えりゃ、胡族どもを百年以上追っ払い続けてた、ってことでもある。
だから、ヒーローだって結構いたりする。
今日はそん中の、
このひと、最後にゃ反逆未遂事件をやらかしてる。だから、その評価は決して高くない。
とはいえ、そこに至るまでにゃ、どんどん勢い増してくる胡族ども相手に一歩も引かず、むしろ領土を広げさえしたりもしてる。
当時の情勢を考えりゃ、もう大喝采を浴びたんだろうさ。桓将軍ならふたたび晋の天下を取り戻してくれる! ってな。
ただ、そんなこと言われて、プレッシャーを感じねえやつがどんだけいるんだろうな。
地方の長官として赴任した将軍、すぐさま晋に服従してない豪族たちを倒して回った。
そんな豪族の一つに、
あっちゅう間に李氏を降伏させた桓将軍、そこで一人の才女に出会う。彼女は言う、どうか一族皆殺しだけはご勘弁ください、ってな。一言、二言話しただけで分かった。彼女は聡明で、なによりも、美しい。……あぁ、まぁよ、笑わないでやってくれ。男なんて結局チョロいモンさ。
彼女の名は伝わってない。
だから、李氏とだけ呼ばれてる。
当時の李家の長の妹だ。
桓将軍、李氏の願いを聞き入れた。その代りに突き付けた条件は、李氏が自身の
ご自宅、じゃないぜ。
なんせご自宅にゃ、奥方がいる。
ちなみに奥方、先代皇帝のお嬢様でいらっしゃる。
そんなお方を嫁にいただいてるんだ、桓将軍がどれだけ期待されてたかがわかろうってもんだが――ともあれ、そんな奥方。当然、プライドは霊峰級だ。
バレたら、さてどうなるか。
まぁ、後々バレるんだけどな。
つーか、バレないハズがない。
一方で、桓将軍だよ。
なんでそんなリスクを冒して、いやぶっちゃけ無謀にも、李氏を囲おうなんて真似に出たのか。
グチりたかったんだ。自分が抱えてたあれこれを。下手な近臣に漏らすわけにもいかない、かといって下働きどもじゃこっちのグチに混じってくるウィットについてこれない。口が堅く、頭がいい、李氏はおあつらえ向きだった。
桓将軍が李氏に漏らしたグチは、それこそ自身にのしかかるプレッシャーのことも大きかった。が、それ以外にもデカい悩みがあった。二つだ。先に挙げた奥方と、それから将軍の副官、
将軍だってひとの子だ。身近な人間に思い悩まされることだって、ある。けど、「偉大な将軍」ってイメージがある分、余計にそんなこと、周りにゃ洩らせないんだよな。
奥方は、何せ家の出が出だ。対して桓将軍も、名家の出ではあるけど、晋の国からしてみちゃたたき上げに近い立場。一応夫婦という事で、立ててはきてくれる。けどちらほら「この下賎のものが」的リアクションが見え隠れする。キツい。
あと、やっぱり彼女の側にいると、リラックスはし切れないんだよな。うかつに変なことしようモンなら、そのまま奥方を通じて皇帝家に伝わる恐れがあるんだぜ? 美人じゃあったが、一種の罰ゲームだ。
一方の、謝奕。副官になれるくらいの人だ、当然、めっちゃ有能じゃああった。
問題は、その酒癖が最悪だったこと。しかも絡み酒。シラフの時のシャキシャキした振る舞いはどこへやら、いったん酒が入ると「イエーイwwwwww桓将軍イエーイwwwwww」みたいに突っかかってくる。そう言う時に限って将軍は重大な書類を検討なされてたりとかしててな。盛大に邪魔されたりするわけさ。ウザい、でも有能、でも……みたいな無限ループにハマらざるを得ない。
李氏は、そんな桓将軍からのグチをにこやかに聞き、受け止め、将軍の意に沿う言葉で返す。で、いい子いい子してあげる。
将軍にとってもつらいとこだよな。
李氏、立場が立場だ。本心でそいつをやってるわけじゃない。けど、聞いてもらえることそのものが嬉しくって仕方なかった桓将軍、すっかり李氏が将軍を慕ってくれてるものと勘違いしちまってた。
そこに、事件が起こる。
バレたんだ、奥方に、李氏のこと。
奥方の動きは慎重、かつ大胆だった。
将軍が所用で事務所から離れられた時、将軍にバレないよう、私兵を引き連れ、事務所に侵入。
事前に聞いていた李氏の部屋にまっすぐに向かい、強襲を掛ける。
一気に亡き者にしてしまおう、って考えたんだな。発想がぶっ飛んでらっしゃるが、まぁ、お父上である先帝もだいぶぶっ飛んでらっしゃった方だし、仕方ない。
李氏はその時、普段結い上げてるつややかな髪を解き、床にまで垂らしてた。つまり、逃げも隠れもできない状態。だが、奥方の襲撃に、まるで動揺したそぶりもない。しかも、突如乱入してきた奥方に対して、微笑むんだ。
「ようやくお越しくださったのですね、
お待ちいたしておりました。私の故郷は滅ぼされ、家はお取り潰しとなりました。既にして私の
一切のブレもない、凛とした言葉。
その肌の色は、まさに宝石のような輝き。
奥方、剣を取り落としたそうさ。
そして李氏に歩み寄り、愛おしげに、髪を撫でた。
まぁ、なんだ。
一発KO、ってヤツだよな。
「早まることはありません。わたくしは今、真実に目覚めました」
そう言うと、二人は手を取り合ったんだ。
○
さて、こっからは後日談だ。
ある日桓将軍、うっかり謝奕の酒癖に捕まった。
将軍、逃げる。謝奕は追う。
家にまで逃げても、お構いなしだ。家の側仕えじゃ、謝奕を取り押さえられるはずもない。つーかこのひとも大概将軍のこと好き過ぎだよな。モテる男は違うね。
とは言え、将軍にしてみりゃたまったもんじゃない。安全地帯だと思ってた家ですらダメなんだ。そうしたら、もうあそこに逃げ込むしかない。
奥方の部屋。
何せ、皇女だぜ。さすがの謝奕も、どんなに酔っぱらってたって、そこに踏み込めるだけの度胸はなかった。「えー、将軍、ズルいですよぅ」とか、締め切られたドアの向こうで恨み言を漏らしてきてる。
やつが、ここには入ってこない。
一安心した将軍、ため息を漏らすと、奥方に不躾な来訪を謝罪しようとして――
固まる。
奥方、お茶を嗜んでた。
その傍らには、李氏。
「!!?!??!?!??!?!!!?」
二人はちらりと見合うと、同時に将軍に微笑みかける。
「あらあら、お前さま? しばらくお見限りでございましたのに、あのキチガイ副官のお陰で、こうしてお目通りが叶いましたのね。これはこれは、嬉しいこと」
にこやかな言葉が、ものすごい鋭さで将軍を襲う。
将軍、全く言葉にならない。
奥方、将軍に歩み寄った。
「わたくしね、驚いておりますのよ? あなた様と同じように、すっかり彼女に参ってしまいましたの。そしてお互いに、胸に秘めていたことを打ち明けてしまいましたわ……えぇ、こちらもあなた様と同じですわね?」
奥方の手が、将軍の肩に乗る。
みし、って音が聞こえた気がすんのは……錯覚、かな。
その夜、将軍は大層濃密な夜をお過ごしになったそうだぜ。
まぁ、ずっと正座なさってたらしいけどな。
解説
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893915600/episodes/1177354054893915748
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます