【北宮純】そこに夢オチはあるのか

俺は陸上自衛隊南部方面、第16旅団所属。普通科連隊三等陸尉、北宮きたみや じゅんと言う。三十三才男、彼女募集中だ。


「ホクキュー様! 北に奴らが!」

「構うな! 柵でひとまずなんとかなる! 顔を出すな! 矢で狙い打たれるぞ!」


当連隊における軍事史研究発表会が開催されるにあたり、中国は五胡十六国ごこじゅうろっこく時代における鉄騎兵の誕生について報告するよう命令を受け、調査を進めていた。


「ホクキュー様! 南にも武器をくれ!」

「もう少し待ってくれ! そっちを穴だと思ってもらわにゃならん!」


なにぶん普段は軍事関係の本よりラノベを嗜む口である。調査の途中にうっかり寝落ちし、目覚めたら恐慌の只中にある、粗末な着物に身を包んだ村人らに囲まれ、崇められていたのを確認し、すぐさま異世界転移を確信していた。


「も、もうちょいってどんくらいだよ! どんどん集まってきてんぞ!」

「それでいいんだ! 信じろ! 残念ながら、最後に物を言うのは気合だ!」


これは、自分自身に掛けた言葉でもある。


先ほど異世界転移――といったな。


信じられるか、途中に神だ魔王だのチュートリアルもなく、真っ裸でスタートだぞ。スキルもチートもクソもない、文字通りの裸一貫、ってやつだ。

幸いにも言葉が通じてくれたから良かったものの、ちょっとハードモードに過ぎないか。ストレス展開だと読者逃がすぞ。


「ホクキュージュン! こっちの準備はできたよ!」


物陰から、子どもたちの声が聞こえる。


「よし! いいか、奴らに勝つのは、お前たちの力だ!」

「うん!」


村の南側、あえてもろく設置しておいたバリケードに、上手く奴らが食いついてくれた。あとは、奴らが一気に突っ込んできたところで――足元に、ロープを張るのみ。


散々、こっちが馬に対応できないことを見せつけてきてやったんだ。うまく引っかかってくれよ。


満を持して、奴らの本隊が突っ込んできた。



 ○



こっちに飛ばされてきたはじめのところ、天の使いだなんだってちやほやされた辺りは飛ばす。自分がはじめにやったのは、何ができて、何ができないか、を探ることだった。


魔法。なさそうだ。

ステータス表示。開かない。

何らかの特殊ステータス。身体の調子からするに、悲しいくらい前の世界と一緒。


リアル系かよ!

ふざけんな、異世界転生って時点でリアリティ皆無だろうが!


「て、天使さま、一体何に怒っておられるんですか……?」


おず、と長老が聞いてきた。


ただ、爺さん、というわけではない。

植生からすれば、この辺りの緯度は北海道北部くらいか、それ以上。だってのに建物は満足に雨風すらしのげそうにない。少しでも体力を失ったものは、容赦なく命を奪われていくんだろう。


「天使、は勘弁してくれ。北宮きたみやって呼んでくれればいい」


天からの使い。ならたしかに、天使ということにはなる。その理屈はわかる、わかるが、勘弁してくれ。エンジェルの方をどうしても想像してしまうんだ。


「わかりました、ではホクキュー様、我々も、生き延びたい。どうか、鮮卑せんぴを打ち倒すすべをお授けください」


……んん?

きたみや、と名乗ったはずだが?

なんでホクキューになる?


まぁ、その辺りはあまり深く気にしすぎても仕方ないんだろう。異世界に飛ばされるのであれば、世界、ひいては「ここに俺を飛ばそうと目論んだやつ」の意図が絶対的なルールになる。なら、そのあたりを末端の奴らに追及しても仕方ない。


だが、それでもなお気になるのは、長老が使った「鮮卑」なる言葉。


五胡十六国時代のことを調査していた、と先ほど言ったな。


ここで言う五胡が、匈奴きょうどていけつきょう、――それと、鮮卑だ。異世界に飛んでおきながら、こうも用語があっさり符合するのか?


どうしたものか。全力で頭を回転させた。


仮定しよう。

ここは異世界でなく、過去の世界だ。そしてかぶった用語から推測するに、中国の五胡十六国時代だ。

だが、そうは言ってもどのタイミングの、どのエリアなのか。

ノリから考えれば、鉄騎兵が生まれるかどうか、と言った辺りになるのだろうが。


どのような質問が、端的に、求める答えを引き出せるのだろうか。なにせ相手はインターネット、どころか印刷物による情報共有の恩恵にすら浴していない。


「このあたりを守ってる、太守からの救援は望めるのか?」


「わかりません。村長は救援をお願いしたと言ってはいましたが、その村長も鮮卑に殺されましたし」


ははは、こいつはすごいぞ!

情報すら、ほぼゼロだ!


ありものだけでひとまず生き延びろ、ということか。ずいぶん乱暴なチュートリアルもあったものだ。


俺は立ち上がる。


「室内でうだうだ考えていても、仕方なさそうだな。村を見て回る。合わせて主だった連中を紹介してくれ」


「はっ、はい!」


谷間に位置し、空堀と柵とで周囲が囲われた村。外部に面した家々には、だいぶ古い矢傷の跡が残っていたりもする。常々収奪にさらされてきたのだろう、それでもこの地から逃げ出そうとしないのは、故郷愛のゆえだろうか。


出入り口は北と南に一つずつ。ただし、北は狭めてあり、粗末な吊橋を堀の上にわたしてあるだけだ。見れば堀の掘削痕はやや新しい。鮮卑たちの襲撃に備えて、利便性よりも防衛力をとった、と言ったところだろうか。


逃げても地獄、守るのも地獄。村人たちは憔悴しきっている。なるほど、どこの誰とも知れない俺に依存してこようとするわけだ。すがるものが、俺しかないわけだからな。 


「どう守るかを話す前に、伝えておきたいことがある」


だから、俺は主だった面子の前で語っておくことにした。


「人間の背中は、これで結構頑丈だ。背中を斬られたり、殴られたりしても、案外生き延びられる」


誰も彼もが顔を見合わせる。疑念も見える。まぁ、疑念は正しいよ。俺だって生き残れる確信はないしな。


だからこそ、少しでも生き延びられる確率の高い方向に、村人たちの気持ちをもっていく必要がある。


「だから、逃げるのはおすすめしない。下手なところを斬られて、射られて。死ぬまでずるずる苦しみが続くのなんざ、最悪だからな」


村人たちから、わずかだが笑いが漏れた。


村人たちには何か引けない理由があるんだろう。憔悴こそすれ、諦めようとする奴らはまるでいない。なら、まず俺がやるべきは、そんな彼らの思いを引き受けた、とアピールすること。村人たちが握る秘密だ何だは、その後でいい。


そこから、俺は作戦を提示した。鮮卑たちは、こちらをなぶりにかかってきている。油断をしているわけじゃない。確実に仕留めようとしている感じだ。


だからこそ、あえて奴らの誘導に載せられたように振る舞う。そうして南、村の入り口の守りが手薄になったように見せかけたところで、初めて、罠にかける。


奴らが村に押しかけてきたところで、入り口付近の家をすべて、崩壊させる。そして奴らが体制を崩したところで、攻撃を仕掛ける――。



 ○



作戦は、なんとか成功した。


いい意味で想定外だったのは、村人たちが人を殺すのに躊躇がなかったこと。いや、ひと死にを目の当たりにするのは初めてじゃあったし、ひどくショッキングなものだったが、とてもそんなことを言っていられる状況じゃない。


俺自身、ふたりほど殺した。多分しばらくは、奴らの目つきを夢に見ることになるだろう。話には聞いていたが、あれは確かにトラウマになる。


敵のうち、ボスと思しきやつだけは生け捕りに。今回が何とかなっても、第二波、第三波は想定されなければならない。交渉のテーブルに載せうる材料は、少しでも多くなきゃならない。


「あ、ありがとうございます、ホクキュー様!」


涙を浮かべながら、長老が頭を下げてきた。

彼も無傷ってわけには行かなかった。足を引きずり、腕は折れてる。元気でいるのは、たぶん勝利の高揚感から、だろうか。


「喜ぶのはまだだ。そもそも奴らが来ないようにしなきゃ話にならん、違うか? その為にも、この村の置かれてる状況なんかを整理しておきたい」


いきなりぶち込まれた生死の瀬戸際。マヌケな話だ、思った以上に疲れがたまってたらしい。長老たちの話を聞きながら、やがて俺を激烈な睡魔が襲ってきた。


あっ、これ知ってる。

なんかで読んだぞ。


どでかいイベントが終わると、一旦前の世界に戻るんだ。それでそっちで新たに伏線が発生して、二つの時代を駆け巡る俺はやがて黒幕の陰謀にぶち当たり……


お願いだから、ヒロインはぜひ現代パートで……




「――あっ! ホクキュー様、起きたよ!」

「本当か!」


目が覚めた俺の視界に飛び込んできたのは、粗末な天井の藁と、村の子どもたちの心配そうな顔。そこに、やがて長老の顔も加わる。


――おい。


「いや、ホクキュー様! さぞお疲れでしたでしょうに、我々のために手回しをして下さり――」


「――うおぉおおいどういうことだこりゃあぁあぁあ!」


すまん長老、吠えさせてくれ。


なんでだ。


なんでまだ過去パートのまんまなんだ。


あたりを見回す。

突然の大声に、みんながへたりこんでる。


わかる。わかるぞ。


けど、説明は後回しにさせてくれ。俺は今、ちょっと作者をぶん殴りたい気分でいっぱいなんだ。


「おいコラ作者! いい加減にしろ、この企画のテーマ知ってるか!? 最高の目覚めだぞ、寝落ちで終わる話だ! なのに何で俺に「はぁ、きっつい夢だったな☆」って言わせようとしねえ! なめてんのかこら!」


――いいだろう、開き直ってやる。こっちで将軍として、名を馳せてやる。そんで歴史に名を刻んでやろうじゃねえか。見てやがれ、クソ。



 ○



――五胡十六国時代に、北宮純と言う名の将軍がいた。


しん涼州りょうしゅうの将軍として活躍し、首都洛陽らくようを攻める五胡勢力に対する援軍として派遣された。

そこで北宮純は二度に渡り防衛を成功させ、洛陽の民より英雄として称賛される。

しかし、三度目の侵攻によって洛陽は陥落。そのまま五胡勢力の将軍として取り立てられた。

その後かれは、王たちの後継者争いに巻き込まれ、戦死。漢胡の別なく、多くの人々がかれの死を惜しみ、悼んだそーである。




解説

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893915600/episodes/1177354054893915720

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