【北宮純】そこに夢オチはあるのか
俺は陸上自衛隊南部方面、第16旅団所属。普通科連隊三等陸尉、
「ホクキュー様! 北に奴らが!」
「構うな! 柵でひとまずなんとかなる! 顔を出すな! 矢で狙い打たれるぞ!」
当連隊における軍事史研究発表会が開催されるにあたり、中国は
「ホクキュー様! 南にも武器をくれ!」
「もう少し待ってくれ! そっちを穴だと思ってもらわにゃならん!」
なにぶん普段は軍事関係の本よりラノベを嗜む口である。調査の途中にうっかり寝落ちし、目覚めたら恐慌の只中にある、粗末な着物に身を包んだ村人らに囲まれ、崇められていたのを確認し、すぐさま異世界転移を確信していた。
「も、もうちょいってどんくらいだよ! どんどん集まってきてんぞ!」
「それでいいんだ! 信じろ! 残念ながら、最後に物を言うのは気合だ!」
これは、自分自身に掛けた言葉でもある。
先ほど異世界転移――といったな。
信じられるか、途中に神だ魔王だのチュートリアルもなく、真っ裸でスタートだぞ。スキルもチートもクソもない、文字通りの裸一貫、ってやつだ。
幸いにも言葉が通じてくれたから良かったものの、ちょっとハードモードに過ぎないか。ストレス展開だと読者逃がすぞ。
「ホクキュージュン! こっちの準備はできたよ!」
物陰から、子どもたちの声が聞こえる。
「よし! いいか、奴らに勝つのは、お前たちの力だ!」
「うん!」
村の南側、あえてもろく設置しておいたバリケードに、上手く奴らが食いついてくれた。あとは、奴らが一気に突っ込んできたところで――足元に、ロープを張るのみ。
散々、こっちが馬に対応できないことを見せつけてきてやったんだ。うまく引っかかってくれよ。
満を持して、奴らの本隊が突っ込んできた。
○
こっちに飛ばされてきたはじめのところ、天の使いだなんだってちやほやされた辺りは飛ばす。自分がはじめにやったのは、何ができて、何ができないか、を探ることだった。
魔法。なさそうだ。
ステータス表示。開かない。
何らかの特殊ステータス。身体の調子からするに、悲しいくらい前の世界と一緒。
リアル系かよ!
ふざけんな、異世界転生って時点でリアリティ皆無だろうが!
「て、天使さま、一体何に怒っておられるんですか……?」
おず、と長老が聞いてきた。
ただ、爺さん、というわけではない。
植生からすれば、この辺りの緯度は北海道北部くらいか、それ以上。だってのに建物は満足に雨風すらしのげそうにない。少しでも体力を失ったものは、容赦なく命を奪われていくんだろう。
「天使、は勘弁してくれ。
天からの使い。ならたしかに、天使ということにはなる。その理屈はわかる、わかるが、勘弁してくれ。エンジェルの方をどうしても想像してしまうんだ。
「わかりました、ではホクキュー様、我々も、生き延びたい。どうか、
……んん?
きたみや、と名乗ったはずだが?
なんでホクキューになる?
まぁ、その辺りはあまり深く気にしすぎても仕方ないんだろう。異世界に飛ばされるのであれば、世界、ひいては「ここに俺を飛ばそうと目論んだやつ」の意図が絶対的なルールになる。なら、そのあたりを末端の奴らに追及しても仕方ない。
だが、それでもなお気になるのは、長老が使った「鮮卑」なる言葉。
五胡十六国時代のことを調査していた、と先ほど言ったな。
ここで言う五胡が、
どうしたものか。全力で頭を回転させた。
仮定しよう。
ここは異世界でなく、過去の世界だ。そしてかぶった用語から推測するに、中国の五胡十六国時代だ。
だが、そうは言ってもどのタイミングの、どのエリアなのか。
ノリから考えれば、鉄騎兵が生まれるかどうか、と言った辺りになるのだろうが。
どのような質問が、端的に、求める答えを引き出せるのだろうか。なにせ相手はインターネット、どころか印刷物による情報共有の恩恵にすら浴していない。
「このあたりを守ってる、太守からの救援は望めるのか?」
「わかりません。村長は救援をお願いしたと言ってはいましたが、その村長も鮮卑に殺されましたし」
ははは、こいつはすごいぞ!
情報すら、ほぼゼロだ!
ありものだけでひとまず生き延びろ、ということか。ずいぶん乱暴なチュートリアルもあったものだ。
俺は立ち上がる。
「室内でうだうだ考えていても、仕方なさそうだな。村を見て回る。合わせて主だった連中を紹介してくれ」
「はっ、はい!」
谷間に位置し、空堀と柵とで周囲が囲われた村。外部に面した家々には、だいぶ古い矢傷の跡が残っていたりもする。常々収奪にさらされてきたのだろう、それでもこの地から逃げ出そうとしないのは、故郷愛のゆえだろうか。
出入り口は北と南に一つずつ。ただし、北は狭めてあり、粗末な吊橋を堀の上にわたしてあるだけだ。見れば堀の掘削痕はやや新しい。鮮卑たちの襲撃に備えて、利便性よりも防衛力をとった、と言ったところだろうか。
逃げても地獄、守るのも地獄。村人たちは憔悴しきっている。なるほど、どこの誰とも知れない俺に依存してこようとするわけだ。すがるものが、俺しかないわけだからな。
「どう守るかを話す前に、伝えておきたいことがある」
だから、俺は主だった面子の前で語っておくことにした。
「人間の背中は、これで結構頑丈だ。背中を斬られたり、殴られたりしても、案外生き延びられる」
誰も彼もが顔を見合わせる。疑念も見える。まぁ、疑念は正しいよ。俺だって生き残れる確信はないしな。
だからこそ、少しでも生き延びられる確率の高い方向に、村人たちの気持ちをもっていく必要がある。
「だから、逃げるのはおすすめしない。下手なところを斬られて、射られて。死ぬまでずるずる苦しみが続くのなんざ、最悪だからな」
村人たちから、わずかだが笑いが漏れた。
村人たちには何か引けない理由があるんだろう。憔悴こそすれ、諦めようとする奴らはまるでいない。なら、まず俺がやるべきは、そんな彼らの思いを引き受けた、とアピールすること。村人たちが握る秘密だ何だは、その後でいい。
そこから、俺は作戦を提示した。鮮卑たちは、こちらをなぶりにかかってきている。油断をしているわけじゃない。確実に仕留めようとしている感じだ。
だからこそ、あえて奴らの誘導に載せられたように振る舞う。そうして南、村の入り口の守りが手薄になったように見せかけたところで、初めて、罠にかける。
奴らが村に押しかけてきたところで、入り口付近の家をすべて、崩壊させる。そして奴らが体制を崩したところで、攻撃を仕掛ける――。
○
作戦は、なんとか成功した。
いい意味で想定外だったのは、村人たちが人を殺すのに躊躇がなかったこと。いや、ひと死にを目の当たりにするのは初めてじゃあったし、ひどくショッキングなものだったが、とてもそんなことを言っていられる状況じゃない。
俺自身、ふたりほど殺した。多分しばらくは、奴らの目つきを夢に見ることになるだろう。話には聞いていたが、あれは確かにトラウマになる。
敵のうち、ボスと思しきやつだけは生け捕りに。今回が何とかなっても、第二波、第三波は想定されなければならない。交渉のテーブルに載せうる材料は、少しでも多くなきゃならない。
「あ、ありがとうございます、ホクキュー様!」
涙を浮かべながら、長老が頭を下げてきた。
彼も無傷ってわけには行かなかった。足を引きずり、腕は折れてる。元気でいるのは、たぶん勝利の高揚感から、だろうか。
「喜ぶのはまだだ。そもそも奴らが来ないようにしなきゃ話にならん、違うか? その為にも、この村の置かれてる状況なんかを整理しておきたい」
いきなりぶち込まれた生死の瀬戸際。マヌケな話だ、思った以上に疲れがたまってたらしい。長老たちの話を聞きながら、やがて俺を激烈な睡魔が襲ってきた。
あっ、これ知ってる。
なんかで読んだぞ。
どでかいイベントが終わると、一旦前の世界に戻るんだ。それでそっちで新たに伏線が発生して、二つの時代を駆け巡る俺はやがて黒幕の陰謀にぶち当たり……
お願いだから、ヒロインはぜひ現代パートで……
「――あっ! ホクキュー様、起きたよ!」
「本当か!」
目が覚めた俺の視界に飛び込んできたのは、粗末な天井の藁と、村の子どもたちの心配そうな顔。そこに、やがて長老の顔も加わる。
――おい。
「いや、ホクキュー様! さぞお疲れでしたでしょうに、我々のために手回しをして下さり――」
「――うおぉおおいどういうことだこりゃあぁあぁあ!」
すまん長老、吠えさせてくれ。
なんでだ。
なんでまだ過去パートのまんまなんだ。
あたりを見回す。
突然の大声に、みんながへたりこんでる。
わかる。わかるぞ。
けど、説明は後回しにさせてくれ。俺は今、ちょっと
「おいコラ
――いいだろう、開き直ってやる。こっちで将軍として、名を馳せてやる。そんで歴史に名を刻んでやろうじゃねえか。見てやがれ、クソ。
○
――五胡十六国時代に、北宮純と言う名の将軍がいた。
そこで北宮純は二度に渡り防衛を成功させ、洛陽の民より英雄として称賛される。
しかし、三度目の侵攻によって洛陽は陥落。そのまま五胡勢力の将軍として取り立てられた。
その後かれは、王たちの後継者争いに巻き込まれ、戦死。漢胡の別なく、多くの人々がかれの死を惜しみ、悼んだそーである。
解説
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893915600/episodes/1177354054893915720
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます