回顧録9

 さて放課後。一般の生徒が帰った黄昏時の教室で、おれは留美を待っていた。

 手紙で指定した時刻きっかりに、勢いよく引き戸を開けてあいつは飛び込んでくる。


「お待たせー! さあ、さっそくデートにでも行きましょ――」


 満面の笑みが一瞬で凍りつくのを、若干おもしろく観賞させてもらった。

 そう。確かに、室内に一般の生徒はいなかった。代わりに、一般でない連中がいたのだ。


 フィリナとガイアとテルスである。


 もっともガイアとテルスは精神体の状態で、どういうわけかあれ以来そういうものが視認できるようになったおれや一部の霊媒にしか捕捉できない半透明の身体で、まさに幽霊よろしく浮遊していたのだが。

 もちろん、留美にも捉えられた。その証拠に、彼女は二人の精神体をゆっくりと確認した。


「……なっ!」ところが。「なんで、あんたまでいんのよぉーッ!?」


 思いっきりスルーして、留美はおれの前の席に掛けていたフィリナにだけ指先を突きつけて絶叫した。

 まあ、その点はここでも解説しておこう。


 フィリナの家系はギリシャの巫女の末裔だとかで、長い間そうした知識を語り継いできたお蔭で、ああいう事態も予測していたらしい。霊媒の才能を何度か狙われたこともあったため、それは他人の前ではなるべく伏せられてきたそうだ。

 でも、地球上の出来事を把握できる精神体からは隠れきれるわけもなく、情報を得たセオドアら母なる大地教団に彼女は誘拐され、ガイアを宿されたという。そしてフィリナと祖先が同じもう一人の巫女の末裔が、あのときテルスを憑依させていたのだ。


 そんなわけで、だいたいこうなった経緯を話し終えると、留美は自分の席に着いて腕組みした。

「……つまり、そこのフィリナちゃんに後ろの窓枠のとこに掛けてるガイアちゃんが取り付いてて、あたしには頭上を飛んでるテルスちゃんが取り付いてたと。んで最後の危機に、宇宙精神体全体があなたたちに共感して、状況を第七の絶滅以前に戻してくれたってわけね?」

「あ、ああ」

 こんなトンデモを素直に受け入れる留美に多少戸惑いつつも、おれは応じた。


 そうなのだ。実にご都合主義なことに、核爆発直後、宇宙精神体たちによってあの日の混乱は全部発生以前の状態に修復されたのだった。個々の力は弱いはずだが、宇宙全土の精神体のほとんどが地球というちっぽけな星に集中すればこんなことも可能らしい。あのセオドア・ドーソンさえも精神体の影響から解放されて復活し、母なる大地教団を解散したという。


 ともかく、そこでガイアが意見した。

「まあ宇宙精神体全体ってのは語弊があるな。あたいを始め、共存に異議のあるのも多いんだ」

 そこにテルスが言及する。

「でもこれまでは、宇宙精神体全体が生物を絶滅させる方向だったんだもん。こんなのは前代未聞だよ」

「おそらく」フィリナも、穏やかな面差しで口を挟んだ。「完全霊媒になった竜太くんに可能性を感知したんじゃないかな。何度滅ぼしても生命が誕生してくるこの星こそ、精神体と生物の共生進化である可能性を」


 ここまで聞いた留美は、胸を撫で下ろして一言。

「ほっ、なーんだ。てっきり5Pでも要求されんのかって焦っちゃった」


「アホかぁあああああぁ――――――ッ!!」


 赤面して全力でツッコみ、ぽかんとするみなと共にしばらく間を空けてようやく平静を取り戻したおれはしゃべる。

「……にしても、偉くあっさり納得するんだな」

「まあ、あたしも変な能力あったからね」

「初耳だ」

「言ってないもん。変な子だと誤解されたら恋愛もしにくいでしょ」

「なるほど」もとから充分変だが、それを耳にしておれの中ではあるパズルのピースが当てはまった。「だから、誰と付き合っても長持ちしなかったんじゃないのか」

「え、ばれてたってこと?」

「恋愛するなら互いのことをもっと知っといてもいいじゃないかってことだ」

「それって付き合ってくれるってこと?」

「なぜそうなる」

 おれは激しく頭を振ってから口答した。

「ただ、おれたちは初めてわかり合えた精神体と生物らしい。それがこれからどんなものになるかは見通せないけど、そういう意味では今後相互理解のためにこの秘密の共有に付き合わないかって提案ではある」


 少し考えたあとに、留美は明るい表情で応答した。

「……いいわ」

 それを受けて、おれとフィリナと精神体たちは誰もが笑顔を湛えていった。そこに、留美は疑問を投げかけてくる。

「ところで、その完全霊媒になる条件だけど。特別な霊媒と特別な場所が必要なんだよね」

「そうだが」

「あたしが霊媒でも、場所がなきゃテルスちゃんを宿せなかったんでしょ。通学路じゃいつも行き来してるのに、なんでそのときだけそんなことになったわけ? だいたい、リュウ自身は霊媒の子孫でもないんでしょ。なのにどうして、あなたまでそんな力があったの?」

 いろいろ話し合った留美以外にはもう推測できていた。だから恥ずかしいことだったのだが、誰も代わりに回答する様子がない。

 ……仕方ない。これからこの事実を共有する以上、黙止しているわけにもいかなかった。

 やむなく、おれは説明を開始した。

「そ、それはだな」


 ――さて。先は書きたくないんで、物語はここで終わりだ。あとは精神体たちに任せるとしよう。

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