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 透子とうこは付き合いの浅いクラスメイトなどから、なんで透子とすずがずっと友達付き合いを続けていられるのかわからないと言われることがある。なにかと鈴が透子に突っかかって、特に面白そうでもなく鈴を逆撫でする透子の姿を見れば、それも無理のないことかもしれない。


 が、そこにもうひとりの幼馴染である櫻井さくらいみやがいた。


 毎度の透子と鈴の衝突の中、困ったように自らのえらく柔らかい髪先をいじりながら、透子や鈴より低い身長を縮こまらせて、


「ふたりとも仲良くしてよー。わたしは透子も鈴も大好きだよ」

 

 なんの照れもなくそんなことを言い放つ幼馴染だった。ありえない仮定をして、同じことを透子が口にすれば、鈴には「気色わる。地獄におちろ」くらいは言われそうなものだが、これがみやだとそうはならない。「仕方ない。みやに免じて」と鈴の方から折れたりもする。人徳というものを感じずにはいられない。ありえない仮定を重ねるならば、透子も鈴に対して同じ対応をすることだろうけれど。


 そういう幼馴染で、そして透子も鈴もみやには甘いところがあった。

 みやがいるからこそ、透子と鈴は友達付き合いをしていられる。透子と鈴はそう思っていた。


「わたしってさ、ふたりにとっての接着剤だよね」


 みやが突然そんなことを言い出したのは、そう昔のことではなかったはずだ。


「まあ、みやがいなかったらきっと今こうしてないだろうね」


 この時は鈴の部屋に集まって、鈴は透子のよく知らない体感ゲームでドタバタと動いて、みやは自分の部屋みたいに寝転がってそれを眺めていたり眺めていなかったり、透子は部屋の隅で手にした文庫本から目を離していなかった。

 各々バラバラなことをしていても、ほとんど毎日こうして集まっているのは間違いなくみやがいるからで、みやの言葉は透子も鈴も認めるところだった。


 ところが、


「そうじゃないよー。わたしがいなくってもきっと、ふたりはこうしてたと思うよ」


 それは疑わしいと透子は思ったし、鈴も同じようなことを言いたげな顔をしていたが、それより、


「どういうこと?」


 みやの言葉が分からない。


 みやは「うーん」と唸ってから言葉を探すようにぽつぽつと、


「接着剤ってさ、物と物の間にくっつけるでしょ? だから、物と物の間に挟まってる」

「それが?」

「わたしは、ふたりの間に挟まってるんだよねえ」


 そう言って、なにが嬉しいのかみやは「うぇへへ」みたいな若干気持ち悪い笑い声を上げた。


「なんだそれ」


 鈴は不可解そうに透子を見やるが、透子にだってよく分からない。かぶりを振った。

 みやは満足そうに頷いてから言葉を続けた。


「いいんだよ、わからなくっても。接着剤の気持ちは接着剤だけが分かってればいいのだ」


 口にしてから、みやはベッドに飛び乗った。仰向けになって、天井を見つめる。


「でもさあ、考えちゃうよね」

「なにを?」

「接着剤がなくてもくっつくなら、それって接着剤はいらなくない?」


 素朴な疑問。軽い調子の声。どんな顔をしてそんなことを言い出すんだこいつは、透子は顔を上げた。


「なにを言うかと思えば」


 鈴が呆れた声を上げた。


「そもそも最初から間違ってるし。接着剤がどうとか知らないけど、みやがいらないなんてことあるわけないでしょ」


 みやはベッドを右に左に転がりながら「そうかなあ」と納得していない様子。鈴はほら、とでも言いたげな視線を透子に向けた。鈴に促されるまでもない。透子は口を開いた。


「接着剤ってさ、元々つながっていないものをつなげるだけじゃなく、そのつなげるのを強くする時にだって使うんだから、いらないなんてことあるわけがない。でしょ、鈴」


 透子には鈴の視線を完璧に言語化したという自負があった。鈴の方へ顔を向けたのも、感謝のひとつくらいよこせ、というつもりがあった。


 だというのに、


「だからさ、みやを接着剤に例えるのやめろって言ってんの」


 ものすごくにらまれた。


「まずそこが気に食わないってのになんで接着剤がどうとか言いだすのよ」

「それはみやが言い出したことだし」

「だからそれをやめさせろっての」

「わかるわけなくない?」

「わかってよ。成績いいんだから」

「成績関係ないから」


 言い合いに、みやが吹き出した。しばらくみやの笑い声が響いていた。




 みやの笑い声が聞こえない中を透子は歩く。なにも聞こえない。手を掴んだまま半ば引きずるようにして連れて歩いている鈴の声も。


 いつの間にかすっかり日が落ちていた。どこへ行くでもなく、人通りの少ない方少ない方へと歩いていた。細い道で、周りに人はいない。設置したばかりと思しき街灯が眩しい。

 鈴はうつむいたままだ。透子は鈴に悟られないよう小さくため息をついた。


「ねえ」


 しばらくぶりに鈴が口を開いた。透子の足が止まる。


「何度も、何度も聞くようだけど。本当になにも聞いてない?」


 透子は振り返らない。


「聞いてない」


 今の鈴がどんな顔をしているのか確かめる気になれなかったし、確かめる必要もなかった。今の透子とさして変わったものではないだろう。ひどい顔をしている時に鏡を見る気にはなれないはずだ。


 少しの沈黙の後、鈴は平坦な声で「そう」と言った。


「あたしも、なにも聞いてない」


 間が開く。


「なんで、みやはなにも言ってくれなかったの」


 透子は答えられない。返事があるとは思っていないであろう鈴は声を絞り出す。


「ねえ、あたしたちはなにもできなかった? できたことだってあったかもしれないのに」


 透子は答えられない。答えられないことを知っているであろう鈴はかすれた声をもらす。


「みやが言ってくれればあたしは、」


 透子は振り返る。その先を言わせるつもりはなかった。

 鈴は開きかけた口をつぐんで、それ以上の言葉を続けることはなかった。代わりに、


「帰る」


 鈴は短く口にして、変な顔をした。視線が自らの右手首に落ちる。ここに至ってようやく透子が自身の手を掴んだままであることに気づいたようだった。


「帰るから」


 透子は迷った。鈴が少しだけ頬を歪める。


「……心配?」


 ひとつ息をついて、透子は手を離した。鈴は力なく笑う。


「ひどい顔」

「どっちが」

 

 だから見たくなかったし、見せたくなかったのに。


 鈴の目には涙は見えなかった。強がることくらいはできるらしかった。

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