欠けた三角形の整え方
芙よう
1
「納得いかない!」
吐き出された言葉とともに手のひらがテーブルへと叩きつけられ、
鈴は構わないだろうが、透子は違う。制服姿の女子高生二人の片割れが声を荒げて立ち上がって、もう片方をにらみつける姿が事情を知らない人間にどう映るか。考えたくもない。
透子は対面の鈴へと手だけで周りを示して、座るように促す。鈴はなおも言葉を浴びせようと口を開きかけるが、結局は透子の要望どおりにした。
透子はため息をつく。
「鈴、周りを見ないのは悪いとこだよね。……ってみやが言ってたわ」
鈴が右眉だけを上げた。
「物事に一生懸命なのはあたしのいいとこだ。……ってみやが言ってた」
少しの間。
先んじて鈴が口を開いた。
「透子、雑に逆撫でするの悪いとこだよね。……ってみやが言ってた」
透子はカップに一口、
「周りを落ち着かせるのはわたしのいいとこだよ。……ってみやが言ってたわ」
にらみ合う。先のこともあり、周囲の客も二人の様子を窺うようにする中、どちらともなく視線を切った。
「ふたりとも、わたしのせいにするのやめてよー。ていうかわたしが陰口ばっか言ってるみたいじゃん」
透子はそんなありえない声を聞いたような気がして、
「うるさい」
小さく呟いた。
勝手なことを言われるのが嫌なら出てこいってんだ。
どうやら落ち着いていないのは鈴だけではないらしい、頭を冷やすために透子は鈴へと向き直った。
「それで? なにが納得いかないの?」
放課後、いきなり鈴によって喫茶店に連れ込まれて、その挙げ句に突然興奮して先ほどの悪目立ちだ。そもそも透子は鈴からなんの用事があるのかも、ろくに話を聞いていなかった。
推測は、もちろんできるのだけれど。
鈴は見透かしているような目を向けて、ふん、と鼻息をひとつ、
「なにもかもよ」
「そう言われても」
「じゃあ最初から。なんで見つかんないの。日本の警察は優秀なんでしょ? 手抜いてるってことでしょ」
「まためちゃくちゃ言うね。なんも手がかりもないんじゃ、警察だって捜査のしようがないと思うよ」
「だから、手がかりが見つからないってのがそもそも手抜いてるでしょって話。つーかあるでしょ、手がかり。あの親のことだって」
鈴の語調が強くなりかけてきた。このまま続けば自分の言葉で興奮しだして、悪目立ち再びだ。透子はどうどう、となだめる仕草をする。「そういうとこだよ透子」という声があればよかったが、残念ながら透子の耳には届かない。鈴は顔を険しくしながらも、続く言葉のトーンは落ち着いた。
「ないってわけじゃ、ないでしょ。たとえばあたしたちにしたって」
「かもね。そうは言ってもわたしたちにはなにもできないし」
じっと、鈴は透子を見つめた。
「なに?」
「……ほんとになにも知らない?」
鈴の質問に対し、透子は簡潔に答えた。
「知らない。わたしの知ってることは鈴と同じよ」
それでも鈴は透子の凝視をやめない。透子が場を和ませようと「やん。恥ずかしい」などと声色まで変えて言ってみせたのに、鈴は窓枠の埃を探す姑のような目を向け続ける。後悔した。後悔するくらいならよせばいいのに。
鈴が口を開く。
「じゃあ、なんで」
「なんでって」
「なんでやけに落ち着いてんの」
「いや、それは、」
透子の答えを待たず、鈴は爆発した。
「納得いかない!」
両手が再びテーブルに叩きつけられる。勢いよく立ち上がったせいで椅子がひっくり返る。脇にどけていた伝票が床に滑り落ちる。またあの席かという顔の周囲の客と店員。「ちょ、落ち着い、」透子が慌ててカップ内のコーヒーをこぼす。そのすべてを無視して鈴は透子だけを視界に入れた。
「友達がいなくなったのよ! なんでみやは今、ここにいないの!」
逃げるように店を出た。
出たところで透子は看板を見上げ舌打ちした。今後この喫茶店には来れないことだろう。
「あのさ、鈴」
「ねえ、透子」
恨み言のひとつでも言ってやろうとした透子と、鈴の呼びかけが被った。
「……なに?」
目一杯に不本意そうな顔を作って透子は先を譲った。そんな必要はなかったかもしれない。
鈴は一瞬口ごもって、
「……みやはいなくなった?」
透子は顔を背けた。なにもない空中をにらむ。
「何度言ってるのよ、それ。さっき自分だってそう言ったくせに」
沈黙。
「……そう、そうね」
鈴は顔をうつむかせた。透子と大して変わらないはずの背丈がひとまわりは小さく見える。さきほどの鈴からは見る影もなかった。
なにも言わないまましばらく歩いた。喫茶店から抜け出す際、透子は鈴の手を引っ掴みながら出てきて、出てからもそのままだったことに気がついた。
そのまま歩く。お互いに無言だった。
この場にみやがいればよかったのに、と透子は思わずにいられなかった。
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