サウンドワールド
ショート
第1話
何かが起こった。
理不尽な事が。
大声で泣く僕。
ひたすら込み上げてくる涙を手で拭いしばらくして目を空けると全てが大きく見えた。巨大化したように。
テーブルもテレビも。
最初は何がどうなっているのか分からなかったが何故か自分が豆粒のように小さくなっていることにようやく気付いた。
床に置いてあるヘッドホンからビートルズの名曲「ヘイ、ジュード」が流れてる。
まるで僕を誘うかのような穏やかなピアノのイントロと共に足が勝手にヘッドホンへと進んでいく。次第にボーカルの声が聴こえてくる。そしてドラムの音。僕はいつの間にかヘッドホンの「入り口」にたどり着いていた。
何の違和感も感じずに「入り口」を抜け、ただ音のする方へと歩を進める。
普段観ることのない「そこ」は派手な赤色に染まっていた。
誰もいない。
そのまま行くと何故か音が次第に遠のいていく。
「ハァ」
無意識に出た溜め息で自分が「音のする何か」に好奇心を抱いていたことに初めて気付いた。
辺りを見回すと何か扉らしきものに気付いた僕はゆっくりと扉に近づきドアノブを握る。
気のせいだろうか?ドアノブを伝って振動を感じたのは。
意を決してゆっくりと力を込めてドアノブを押すと中から大きな歓声と共にまたあの曲が聴こえてくる。
目の前に広がっているのはライブ会場だった。
ステージではロックバンド、ビートルズが「ヘルプ!」を歌っていた。
ステージにはポール・マッカートニーにリンゴ・スター、そして亡くなったはずのジョージ・ハリスンとジョン・レノンがいた。
突然脳裏に甦る昔の記憶。
父さんと母さんは音楽が好きだった。
毎日家族3人でいつも音楽を聴いて盛り上がってた。
笑顔だった。
「ねぇあなた今日は何にする?」
「んー、ビートルズかな?」
「いいわね。やっぱりあの曲?」
「そうそう」
「せぇーの!」
母さんがそういうと2人共笑顔でいつものように歌い出す。
笑いながら2人を見つめる僕。
「やっぱり最高だね!ビートルズ!」
「ねぇパパ、ビートルズって何なの?」
歯を見せながら笑う父さんに聞く僕。
「亮が生まれる前に活躍してた大物バンドだよ。今から流すから一緒に聴くか?」
「うん!」
亮の目は輝いていた。
息子が自分の好きな音楽に目を輝かせてくれる。それだけでもう十分幸せだった。
ゆっくりとレコードの針を落とす私。それをワクワクした表情で見る亮。
針が落ち、やがて聴こえてくるベースの音。
「大丈夫?」
近くにいた女性にそう言われ我に帰る僕。
「あっ、はい。これビートルズですよね?」
「よく知ってるねぇ。不思議でしょ?ジョンとジョージがいるなんて」
「亡くなったんですよね?」
「そうよ。でもね、理不尽で悲しい思いをした人は会えるみたいなの。彼らに。」
そう言う彼女の目には涙が浮かんでいた。
「・・・天国なんですか?」
と訊く僕に対して彼女は
「・・・束の間よ。すぐに元に戻るわ。」
と消え入る様な声で言った。
「・・・理不尽で悲しい思い・・・」
そう言って逃げるようにステージの方へと走る僕。走ってくる僕に気付き止めようとするスタッフ。その時だった。
「YOU!!」
ボーカルのポールが僕を指差しそう言った。
「えっ、僕?」
そういって立ち止まり自分を指差す僕。
「yes!you、comeon!」
そう言ってステージに上がるよう手招きするポール。
あまりに突然の出来事に戸惑いながらもステージに上がる僕。
喜びと緊張、悲しみと戸惑いが入り交じる。
「これも売るか・・・。」
「仕方ないでしょ・・・。」
最近は聴く度に思い出す。
あんなに楽しかったはずなのに。あんなに笑ってたのに・・・。
体を揺すられようやく気付いた。
目の前には僕の両肩を持ったポールがいる。
頬をつたう涙。
止まらなかった。
「hey、youalright?」
何を言っているか分からなかったがとりあえずしきりに首を縦にふった。
もう耐えられなくなりステージを降り猛ダッシュで出口へ向かって走る。
最初は困惑と沈黙が漂っていたステージも演奏を再開しポールも再び歌い始めた。
また涙が込み上げてくる。
扉のドアノブを掴み出口を出る。
すると不思議な事にあの派手な赤色に染まっていた空間はどこにもなくいつものリビングにいた。
テーブルもTVの大きさも普通だった。
時計を見るともう深夜0時になっていた。
TVの前で寝ている母さん。TVではビートルズが「ヘルプ!」を歌っていた。
玄関の扉が微かに開く音がする。
その直後「ドン!」と大きな音がした。
「はぁ」
溜め息をつきながら起き上がる母さん。
音のした方へ向かう母さんに付いていく僕。廊下に父が倒れていた。身体中怪我だらけで。
父さんをじっと見つめるだけで何もしようとしない母さん。
「見てるだけ?」
「前もそうだったでしょ?手当てしてもしても毎晩やられる。別に父さんの事を悪く言ってる訳じゃないのよ亮。ただね、もう疲れちゃった・・・。借金に差別に冤罪・・・、生きるだけで精一杯だよ・・・」
そう言って泣き出す母。
分かっていた。何となくもう無理なんだって。
「ほらもう寝るよ、明日学校でしょ。」
そう言われベッドに行き横になった。何も考えないようにと必死になりながら。
気付いたら朝だった。
時計を見たらもう7時。
慌ててベッドから飛び起きて炊飯器に残っているお米を茶碗に盛り、味付海苔と一緒に食べる。
服を着替えランドセルを背負い廊下に出るとまだ父さんが横たわっていた。
「死」が脳裏をよぎり背筋がヒヤッとする。
おそるおそるゆっくりと近づき肩をさする。
「父さん、父さん」
体が少しだけ動く。
「気にすんな。大丈夫だから。」
今にも消え入りそうな声だった。
「良かった」
そう言って僕は立ち上がり家を出る。
チャイムが鳴ってる。
全速力で走り何とか間に合った。
教室に入った途端皆が一斉に僕を見る。怪訝な目で。先生までもが。
慌てて席につき教科書の準備をする。
「はい。じゃあ1時間目の授業始めるよ。」
少し離れた所からヒソヒソと声が聞こえてくる。
「またなんかやったんじゃないの?あいつの親父クソだし」
「ポキッ」っと音がする。鉛筆が折れた。
「先生、トイレ行っていいですか?」
チョークの音だけがただひたすら続く。
「無駄だ」
そう思い教室の扉を開ける。
「誰が行っていいって言ったの?」
クスクスと笑い声が聞こえる。
机に戻り教科書をランドセルに詰め込み急いで教室を出る。
耐えられなかった。
父さんが疑われてからずっとこうだ。
涙が頬を伝う。
小降りな雨が本降りになるように涙が溢れだし止まらない。
ようやく家に着きポケットから鍵を取りだそうとするが見当たらない。
取っ手を回し引っ張るが開かない。
「お母さん!!お母さん!!」
両手で扉を叩き泣き叫ぶように何度もそう言った。
しばらくしてようやく扉が開く。
「あんた学校は?こんな時間に・・・」
話終わるまえに抱きついた。
「いじめられてるの。先生も皆グルになって!」
「えっ・・・」
そう言ったきり何も口にしない母さん。
しばらくすると泣きじゃくる僕を抱き締めてくれた。
目を閉じたその時だった。
何処か自分の体に違和感を感じて目を開けるとまた小さくなっていた。
辺りを見回すと隣に母さんがいた。
唖然とした表情で辺りを見回している。
僕は母さんに近づきながら言った。
「前にもあったんだよ。父さんが初めてボコボコにされて帰って来た時。」
何も言わずに僕を見つめる母さん。
僕は母さんの手を取ってまたあの音の鳴る方へ進んだ。
「亮、この音って・・・」
「そうだよ、ビートルズだよ」
そう言って母さんの方を振り返ると涙目になっていた。
それを見て思わず溢れだしそうになる涙を必死に堪える僕。
無理だった。意思に反して頬を伝う大量の涙。
視界がボヤけて前が見えない。
音を頼りに何とかヘッドホンの「入り口」に辿り着けた。
「行こう!」
そう言って手を引っ張ると拒絶するように抵抗する母さん。
「何なのよ、ここ!!急に小人みたいになってヘッドホンの中に行こうって言われても!!・・・もう分からない・・・。」
そう言って頭を抱えしゃがみこむ母さん。
「僕もよく分からないけど何か心が何か楽になるよ・・・」
「ハァ!」
大きく溜め息をついて急に勢いよく立ち上り「入り口」の中へと進んでいく母さん。慌てて追い掛ける僕。
扉を抜けるとまたビートルズが「ヘイ、ジュード」を歌っていた。
彼らを見ながら呆然と立ち尽くす母さん。
「どうなってるの・・・」
小声でそう呟く母さんの目は赤くなっていた。
「前に来た時に女の人が言ってた。「理不尽な悲しい思いをした人だけが見れるんだって。」
ふと遠くを見ると父さんがいた。
「母さん・・・」
そう言って父さんを指差す僕。
「あなた・・・」
泣き崩れる母。
周囲の視線が僕らに集まる。
父さんが僕たちに気付いた。
気持ちが抑えられなかった。
母さんの手を取って父さんの元へ走り出す僕。
色んな事があった。理不尽な事も。大好きな音楽さえもが家族の中からなくなって笑うことも忘れてた。
思いっきりハグをする僕。そのまま顔を上げて父さんに満面の笑みを見せる。
途端に涙目になる父さん。そのまましゃがみこみ母さんと僕を抱き締めた。
嬉しかった。ただ嬉しかった。
音楽が僕らを助けてくれたんだ。
ビートルズが歌い終えた。
「nextsong、Beatles「allyouneedislove」」
サウンドワールド ショート @TEEN48
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