No.5 青に刻まれた永遠
想いを失う瞬間というものには、
いくつになっても慣れることはないのだと思う。
たとえそれが、
当たって砕ける前に砕けてしまった、
全くの自己完結で終わったとしてもだ。
真新しい傷口が、
じくじくと血を流していれば、
ああ、なんて痛々しい、
かわいそうに、と思えもするが、
そういう時の傷というのは、
乾ききった空洞だったりする。
からっからの、がらっがら。
それは阿呆けたように、
大きくぽっかりと口を開けた穴だ。
がらんと寂しくて、
これでもかというほど風が吹き抜ける。
ただ、真上に広がる青は、泣けるくらいに美しい。
からっからの、がらっがら。
時を刻む音だけが恐ろしいほどに響き渡り、
なすすべもない手持ち無沙汰にため息をつく。
ここは私の住む、私の世界のはずなのに、
どうしてこんなに居心地が悪いのだろう。
からっからの、がらっがら。
そう、あの日、青を求めて生まれた夢や希望や、
その他のキラキラとしたものが、
寄ってたかって大きな肉となり熱となり、
私の世界を満たし、支配した。
その内に私をギュウギュウ押し込んで。
けれどそれは実体のない肉。
形のない形。
欲望という名の幻の温度。
青に囚われた小さな私がそこにいるだけなのに。
それなのに、
ますます膨れ広がっていくその真ん中で、
私はただ、幻の青に溺れるだけだった。
ある日、私はよろめき、つまづき、しゃがみこむ。
どこにももう、私を守る肉や熱はなかった。
恋を失うとは、世界を失うということ。
身を焦がす幻から、
ようやく解き放たれるということ。
からっからの、がらっがら。
震える私の上に容赦ない風が吹きつけて、
煽られ晒され乾ききる。
それでも私の頭上に輝く青は、
果てしなく澄み切って、限りなく清々しい。
からっからの、がらっがら。
根こそぎ剥ぎ取られ、
グラグラと安定しないその場所で、
震えながら手を伸ばし、求めて求めて、
私はさまよう。
渇望という、名前を変えた世界は
どこまでも虚無を愛した。
青だけが、変わらず輝き続ける。
からっからの、がらっがら。
ひんやりと、温度さえもなくした世界で
私は青を見上げる。
あの日の青は、あんなにも気高くて、
あんなにも噴きあげる熱に溢れていたのに、
今はただ、途方もなく遠く冷たくて、
この手にはもう届かない。
からっからの、がっらがらの中で
私はいつしか思う。
私の世界は今、ひとりぼっちの私には広すぎる。
青を支える無機質な白壁は、
ただ声をこだまするだけ。
だけど私は忘れている。
大事なことを忘れている。
やがて時を告げる針の音が小さくなって、
吹きつける風が止まれば、
それは、からっからのがらっがらが、
音もなく崩れる日。
ようやくほろりと涙がこぼれ、
ひび割れた肌にじんわり染み込んでいく。
白壁に、昨日まで見えなかった扉を見つけた私は、
その向こうに広がる、新しい世界を垣間見る。
この世界にさよならを言って、
立ち上がる自分を思い描く。
けれど、くぐり抜けたそこにも
やっぱり、眩しいほどに青は輝いていて、
私は決して自分がその微笑みから
逃げられないことにようやく思い至る。
そして何よりも、
気づかされたそのことに深く安堵する。
からっからのがらっがらが終わったら、
それは始まりの合図。
そう、青はどこまでも私を絡め取る。
何度も何度も尽きることなく。
周りくる時間の中で、
終わった世界がまた一つ増えただけ。
変わることなく青を欲する自分に、
また一つ気づかされただけ。
私を包み込む青がそこにある限り、
私の世界は繰り返される。
忘れてしまうけれど、
決して忘れ去ることはできないもの。
私が恋焦がれたものは、今日も青だった。
失った想いも、生まれ出る想いも、
すべては青の中。
積み重ねた記憶が、
いつの間にか夢のように霧散しても、
愛しいという気配だけはいつだって、
私の中に残される。
一つの終わりに私は一つの鍵を得る。
からっからの、がらっがらは、
すっかり乾いてしまった私の心。
世界の終わりを知る時間。
甘く優しい潤いを求めて起き上がる。
その世界になにひとつ残せなかったとしても、
私はまた、青が微笑む次の世界への
新しい扉を開けるだけ。
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