Ⅳ 約束の時
「では、さっそく儀式にとりかかることにいたしましょう。〝箱〟を持って参ります……」
皆の意見がまとまると、司祭さまは長老にそう断りを入れ、大聖堂の脇にある〝魔術師の工房〟と呼ばれる部屋へと入ってゆく。
わたしも何度か覗き見たことがあるが、名前の通りまさしく魔術師でなくては理解できないような、たくさんの丸くて針が付いた白い皿だの、無数にある赤や黄、黒い
そこへ入った司祭さまは、眩い銀色に輝く大きな箱を両手に携えて帰って来た。
見るのは初めてだか、あれが伝承に云う〝パンドラの箱〟なのであろう。
ソーンツァ神の奇跡を起こすためには、その禁断の箱を開けなくてはならないと云われている。
「鍵の
司祭さまは眩い輝きを放つその箱を御柱の前の祭壇に置くと、代々〝鍵〟を受け継ぐ二つの家の男女を傍らへと呼び寄せる……。
だが、そのニ家に分けて継承されてきた二つの鍵は、なにもパンドラの箱を開けるためのものではない。その箱に納められている、ソーンツァ神に奇跡を願う神器の力を呼び起こすためのものだ。
「こちらの鍵穴に男の鍵、こちらの鍵穴に女の鍵を挿し、ともに息を合わせて回すのだ! ひい、ふう、みい……それ!」
祭壇に置いた銀色の箱の蓋を開け、前に出たニ家の若い男女にそう指示を出すと、二人は言われた通りにうやうやしく鍵をシルクの袋から取り出し、箱の中にある二つの鍵穴へ挿し込んで司祭さまの音頭で同時に回した。
すると、開いた蓋の裏側についた小窓がぼんやりと光りを放ち、なにやら文字が浮かんでは消えてゆく。
「万物の創造主、偉大なる太陽の神ソーンツァよ! ここにあるは遥か太古の昔より、我らの先祖がルーシーの民を救うために残した〝救世の光〟の密儀の書である! 我はこれよりこの古き
小窓に浮かぶ文字がそれ以上変化しなくなるのを確認すると、司祭さまは両手を広げて巨大な御柱を仰ぎ、黄ばんだ古い紙の束を掲げながらそう祈りの言葉を捧げる。
そして、再び銀色の箱の前へ屈みこむと、その古い書物を見つめながらなにやらブツブツと呟き、箱の中へ手を置いて秘密の儀式を取り行った。
「ルーシーの民達よ! 今、この頭上に我らを滅ぼさんとする敵がいることをソーンツァ神へお伝えし、この地に〝救いの光〟を輝かされんことをお願い申し上げた! これで我らは救われる! いや、我らだけでなく、アンゴルモアの民も、この世界に生きとし生けるすべてのものが原初の楽園へと導かれ、その生きる苦しみから救われるのだ!」
しばらくの後、儀式を終えた司祭さまはわたし達の方を振り向いて高らかにそう声を上げる。
すると、俄かに地下神殿が地震のように小刻みに揺れ動き出し、ゴオォォ…と地鳴りまで聞こえてきたかと思うと、さらには御柱の根元からもうもうと白い煙までが立ち昇り始める。
「おおお! まことにソーンツァ神が我らの願いにお応えくだされた!」
「奇蹟だ! まさに神による救済が始まるその前兆だ!」
突然起きたその天変地異が如き現象を前に、どよめく村人達は畏れ慄きつつも、そびえ立つ御柱を仰ぎ見ながら偉大なる神の御業を誉め称える。
「奇蹟よ! ああ、ソーンツァ神が我々に救いの光をお与えくだされるんだわ!」
「ありがたやあ! ありがたやあ!」
中には涙を流して歓喜に震える者や、地べたにひれ伏して手を合わせるような者までいる。
確かに、こんなこと起こせるのは神さまぐらいしかいない……ほんとに、ソーンツァ神の光による救済がこれから始まろうとしているのだろうか?
揺れ動く大地に足を踏ん張り、半信半疑ながらもこの後に起こることへの期待とも不安ともとれぬ感情を抱いていると、今度は大聖堂の丸天井が真ん中からすっぱりと二つに割れて開き、天から降り注ぐ太陽の光がソーンツァ神の御柱を荘厳な純白の色に照らし出す。
「おおおおおぉ…!」
その神々しい光景に、立ち込める煙の中で見守る人々の間からは感嘆の声が沸き起る。
だが、奇蹟の前兆はそれだけに留まらない……純白に輝く御柱が、わたし達の前で不意に動き出したのだ!
最初は目の錯覚かと疑った……だが、ゆっくりと少しづづではあるが、確かに御柱は動いている。
はじめの内は本当にゆっくり、その巨体を上へ上へと昇らせ始めたかと思うと、徐々にその速さは増してゆき、ついにはものすごい速度でわたし達の目の前を通り過ぎて、はるか上空へと飛んで行ってしまう。
「うわぁっ!」
飛び去る瞬間、御柱の根元から炎が吹き上がり、その熱風にわたし達は吹き飛ばされ、強烈な熱さを感じながら大聖堂の床へと叩きつけられる。
吹き飛ばされるほんの少し前、それまでは地下に隠れていて見えなかった部分がここまで上がって来た刹那、白い御柱のその表面に、赤い四角の上に黄色で描かれた〝星とU字形の鎌とハンマー〟を組み合わせた絵、それから「ブジュナヤ・ボンバ(※水爆)」という文字があるのをわたしは確かに見た。
「うううっ……」
全身に感じる熱さと痛みに、床に倒れ伏したわたし達は苦悶の呻き声を発する。
だが、その苦しみに堪えるのは、ほんのわずかの間だけでよかった……はるか天空へと御柱が飛び去った直後、大聖堂の屋根に開いたまん丸い穴から見える青空に、一際眩い白き光が輝いたかと思うと、辺りは一瞬にして焼き尽くされ、地上にいたアンゴルモアの民も、この地下にある神殿も、そして、わたし達も炭になって粉々に砕け散る。
こうして、空に輝く太陽と同じ性質の光で包まれたこの地上は、万物を形作る
(救世の光 了)
救世の光 平中なごん @HiranakaNagon
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