Ⅲ 奇蹟の予言

 その年、またも襲来したアンゴルモアの民はいつになっても帰っては行かず、ずっとわたし達の村に居続けた。


 こっそり抜け穴から外に出て偵察に行った者の話だと、どうやらそのままわたし達の家を利用して住みつき、なにやら周りに濠を掘ったり、柵を作ったりして砦を築いているようなのだという。


 もしかしたら、いよいよわたし達の国へ本格的に侵攻を開始するため、村をその足掛かりの拠点にしようとしているのかもしれない……。


「――困ったのう……このままではこの神殿に運び込んだ食料の貯えも尽き、我々はここで飢え死にするしかない。それに、先祖代々苦労して森を切り開き、ようやくここまでにした我らの土地もやつらに奪われてしまう……何か、良い手はないものじゃろうか?」


 白く長い顎髭を蓄えた、腰がすっかり「く」の字に曲がってしまっている村の長老が、最早、諦めの境地に達しているような口ぶりで、それでもその打開策を集まる村の者に向けて尋ねた。


「……こうなっては致し方ありません。伝承に云う太陽神ソーンツァの〝奇蹟〟に頼ることといたしましょう」


 すると、長老の傍らにいた純白のローブと帽子を身に着けた司祭さまが、何かを決意したというような顔でそう答える。


「ええっ! あの箱・・・をお開けになられるというのですか!? ですが、ソーンツァ神が奇跡を起こしてくださるのは一度きり……ここはもっと慎重になられた方が……」


「そ、そうですよ! あれは本当にもしもの時、我らルーシーの民が滅亡の危機に瀕した時にだけ頼れというのが代々の言い伝えです!」


 その答えに大人達の幾人かがひどく驚いた顔で、その選択に躊躇いと戸惑いを見せるような言葉を口にする。


 わたし達の村には、太陽神ソーンツァにまつわる、ある言い伝えが語り継がれていた……。


 もしも、自分達が強大な敵の脅威に晒され、滅亡の危機に瀕したまさにその時、太陽神ソーンツァがその恩寵の光で世界を包み込み、善も悪もすべての者を原初の楽園へと導き、この世に生きるその苦しみから等しく救うであろう……というものである。


 ただし、その奇蹟を起こしてくださるのは唯の一度きりであり、軽率にその御力を頼ってしまっては、もう二度とソーンツァ神は我々をお救いくださらなくなってしまう。


 彼らが反対しているのは、それがそうした非常に重大な選択だからなのである。


「まさに今がその時なのです! このままでは長老がおっしゃられるようにここで全員飢え死にするか、あるいは地上に出て蛮族に蹂躙されるかのどちらかです。どちらを選んでも我らにとってそれは滅びの道……ここで頼らずして、いつ頼るというのですか!」


 だが、司祭さまの決意は固いらしく、彼らの意見を一蹴すると、さらに語気を強めた口調で皆を説得するようにそう言った。


「……そうだな。確かに司祭さまの言うとおりだ。このまんまじゃ、俺達全員死ぬだけだ」


「ああ、今が約束の時なのかもしれねえな……今こそソーンツァ神の御力におすがりするべ!」


 しばし重苦しい沈黙が流れた後、司祭さまの的を射た意見に各々自らの頭で考えてみた村人達も、ついにその選択をする覚悟を決めたようであった。

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