第39話 誰かに聞いた話

 実体験じゃなくてすまん。俺の親戚の話なんだ。仮にこいつをタケシとしておこうか。


 ある日、タケシは付き合ってる女の子の部屋に行った。特別イベントがあったわけじゃないが、お互い次の日が休みだったから、ご飯を作ってもらって、翌日の予定立てて、のんびりまったりしてた。


 夜の10時を回った頃、突然彼女が「明日の朝のパン、買い忘れてた」と言って立ち上がった。彼女が一人暮らしをしているアパートから、歩いてすぐのところにドラッグストアがあって、そこに今から買いに行くって言うんだ。


「俺が行ってこようか?」


「いいよ。ついでにナプキンとかも買うから。すぐ帰ってくるね」


 そう言うと彼女は、部屋着のTシャツにハーフパンツ、その上にパーカーを羽織って出かけて行った。


 タケシは一人、彼女の部屋でゴロゴロしてたんだが、急に携帯が鳴った。彼女の番号からだった。


「もしもし」


『タケシ? あのさー、冷蔵庫見てくれない? 牛乳あったっけ』


「ちょっと待って……あー、口開いてるのがあるけど」


『あっそう。わかった。ありがとう』


 そう言うと電話は切れた。タケシは部屋に戻ると、もう一度ゴロゴロし始めた。


 しばらく部屋にあった漫画を読んでたんだが、20分、30分と経っても彼女が帰ってこない。近所とはいえ夜も遅い。どうしたのかな、と思って、タケシは彼女に電話をかけてみた。


 すると部屋の中で、ブイーンという音がした。


 あれ? と思って音がする方を見ると、ベッド脇のサイドテーブルの上に、携帯が置かれていて、振動しながらチカチカ光ってる。それがどう見ても彼女の携帯なんだ。タケシがいるところから、ほんの数歩のところで鳴ってる。


 そんなわけがない、とタケシは思った。彼女が帰ってきてもいないのに、そんなところに携帯があるわけがないんだ。


 しかもさっき彼女から電話があった、その着信履歴からかけたんだから、彼女が別の電話からかけてきたわけでもない。出かけてまだ戻らない彼女の持ち物だけが、突然部屋に現れたとしか思えない。


 ざわっと嫌な感じがしたそうだ。彼女に何かあったんじゃないかっていう。


 タケシは置き手紙をすると、ドラッグストアまでの道のりを何度も往復して彼女を探した。見つからなくて戻ってきても、彼女の姿はなかった。まんじりともせずに夜が明けて、どうしようかと思ってさ、とうとうタケシ、近くの交番に行ったんだと。


 ところがさ、交番のお巡りさんに、彼女が帰ってこない、軽装だし自分の意思で遠くへ行ったとは思えないなんて話をしてたら、そこにひょこっと彼女が顔を出したんだと。

「何やってんの? お財布でも落とした?」っつって。昨晩出かけたままの格好で、手にはドラッグストアの袋を持ってて。


「お前、どこにいたんだ?」


 って聞いたら、


「パンとか買ってきた」


 って平然と言うんだと。


「一晩どうしてたんだよ。探したんだぞ」


 ってタケシが怒っても、


「あー、もう朝だねぇ。ごめーん」


 なんて言って、全然話にならない。


 そのうち彼女が「警察に行くなんて大袈裟過ぎる」って怒り始めて、喧嘩になっちゃった。結局、決まってた予定もキャンセルして、早々にタケシは自分の家に帰ったんだと。




 で、それからというもの、彼女から全然連絡がない。


 タケシも怒ってはいたんだけど、段々心配になって、何度も連絡してみたんだと。でも電話に出ないし、メールも返ってこない。共通の知り合いに頼んで連絡してもらっても、まるで返事がないって言われる。


 仕方ないから彼女の部屋を訪ねたら、空き部屋になってたんだと。


 それ以来、彼女は消息不明なんだってさ。もう何年も前のことなんだけど、タケシは未だにその彼女のこと探してるらしい。

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