第17話 私の家族
母の四十九日が終わった次の日から、母の幽霊のようなものが家に来るようになった。
午後6時になると玄関から「ただいまぁ」という声がして、それはやってくる。顔や服装は生前の母だが、頭が天井につくくらい大きくて、いつも首を曲げている。同じ言葉を妙な抑揚の声で繰り返したり、黒目の異様に小さな目で壁を見ていたりする。
「あれ、ほんとにお母さん?」
「わかんない。でもなんか、お母さんのお化けが故障しちゃったみたいね」
妹の言葉に、私たち家族は皆頷いた。
あんなものがいつまでも家に出入りするようでは困る。そこで私たちは一致団結して「母のようなもの」を無視することに決めた。
もしもあれが本当に母なら可哀想だけど、あのままでは本人のためにも良くないに決まっている。もし母のようで母でないものなら、言語道断だ。
無視が堪えたのだろうか、年明けから「母」は私たちの名前を呼ぶようになった。
「おとうさん、おとうさん」
「みさとちゃん、みさとちゃん」
「ちかちゃん、ちかちゃん」
人間味のない、おかしなアクセントで何度も繰り返す。何度も何度も、時には何時間でも呼び続けている。
それでも私たちは無視した。返事なんかしたら、今までやってきたことが無駄になってしまう。
私たちの努力が実ったのか、「母」は毎日家にやってくるのをやめた。10日に一回くらいのペースで休むようになった。
「やっぱり無視でよかったんだよ」
私たちはそう言い合った。このままずっと来なくなればいいんだけど、と思いながら。
母の一周忌が終わって一夜明けた月曜日、私は熱を出して学校を休み、自室で一人横になっていた。
ベッドの中でぼんやりしていると、玄関から「ただいまぁ」という声がした。
まだ午前中なのに、「母」がやってきたのだ。
例によって頭を天井にこすり付けながら閉まっているドアを通り抜け、私の部屋に現れると、ずるずると歩いてベッドサイドに立った。
私は寝たふりをすることにした。
「みさとちゃん、みさとちゃん」
「母」は妙なアクセントで、繰り返し私の名前を呼んでいる。
(とにかく無視無視。寝ちゃお)
寝返りをうって、壁の方を向いたその時、クローゼットの中から「はぁーい」と声がした。
かなり間延びしていたが、私の声だった。
それからクローゼットの中の「私」は、四六時中しゃべるようになった。確かに私の声だけど、何を言っているのかはよくわからない。
たまに「母」と二人で話していることもある。そんなときの「母」は、なんだか楽しそうにしている。
家族は一致団結して、クローゼットの中の「私」と、なぜか実在の私自身も無視するようになった。
静かな真夜中、ベッドの中で「母」と「私」の話を聞いていると、「私、実は死んでいるのかな」という気持ちが湧いてくる。
そんなときは、涙が溢れて止まらない。
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