第20話 髭
あんた、この話はバカにしないで聞けよ?
あのな、ヒゲって日々生えてくるだろ? 当たり前だけど。
その中でも、特に喉の方に生えてるやつってあるだろ。夕方くらいになると伸びて、チクチクしてくる奴ら。すげー気になるよな? 俺なんか濃いから。ほら、こことか。
でもさ、これを気にしすぎるのはよくないんだよ。ていうか、何でもかんでも気にしすぎるのはよくないって話なんだけど。
俺の従兄がまた、ヒゲが濃かったんだよ。つーかヒゲが濃い一族なんだな。でもこいつがまた、肌だけはデリケートなの。だからもう、人一倍この、喉の辺りがチクチクするわけさ。
抜いちゃえばスッキリするんだけど、なかなか自分で抜けないのな。で、従兄がどうしてたかっつうと、同棲してた彼女に抜いてもらってたんだ。親切なことに、彼女もマメに抜いてあげてたわけよ。
でもねぇ、ヒゲの毛根ってのはどうなってんのかね。もう、抜いても抜いても生えてくるわけ。
夜抜くでしょ。そうするともう朝には次の奴の頭が出てるわけ。それで「痒いなー」とかやってるもんだから、もう彼女がねぇ、嫌になっちゃって。
もう永久脱毛に行きなさいよ、なんて言われてさ。でもそういうのって、女性がやるイメージじゃない? 従兄もそう思ったんだな。恥ずかしいし金はかかるし、何だかんだ言って行かなかったんだって。で、相変わらず彼女にヒゲを抜いてもらってたと。
来る日も来る日も、抜いてもらっては喉が痒い、喉が痒いって。
そしたらさぁ。なんかねぇ、そういう瞬間ってあるのかね。魔がさすっていうの?
ある日彼女がね、カミソリ買ってきてさ、刃の出てるやつ。それで従兄の喉のヒゲを、皮ごとこそげとったらしいんだね。
もちろん、ヒゲと皮だけで済むわきゃないよ。その下のものまでごっそり削れちゃった。
いっつも抜いてもらってたから、信頼しきって寝てたんだろうな。でなきゃカミソリ出された時点で「おいちょっと待てよ」ってなるわな。
もう寝室がね。丸ごと血塗れになってたらしいよ。彼女も寝室で喉切って死んでたらしいし。まぁ、自殺だろうな。
でもヒゲ付きの喉の皮は、ちゃんと燃えるゴミのとこに突っ込んであったんだと。
これ、ほんとの話なんだよ。
うーん、やっぱりなぁ。
あんた、信じてないだろ。またまたぁ、って顔してるだろ。そんな理由で人を殺せるわけがないって。でもな、実際俺の従兄も、その彼女も死んでるんだよ。
そんで、その後空き部屋になったマンションの一室ってのが、あんたがこれから嫁さんと引っ越そうとしてる部屋なんだよ。
な、安かっただろ? 安いなりなんだよ。まぁ俺は別に知らんけど、とりあえずヒゲは自分で何とかしろよな。
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