第21話 見る目

 私には従姉が二人いる。どちらも母方の伯母の娘で、葉子と花南子という。


 自分の身内なので手前味噌と言われるかもしれないが、二人ともそれぞれ美人だ。私も二人と血が繋がっているはずなのに、お世辞にも美人とは言えないご面相なのは、一体どうしたことだろうか。


 特に妹の花南子は華やかな美女で、一時期はモデルの仕事もしていた。きれいなだけでなく、何となく親しみやすさと色っぽさがあって、彼女ほどモテる女性を私は知らない。


 なのに、花南子ほど男運がない女も私は見たことがない。彼女ほどの美人なら、素敵な男性がいくらでも寄ってくるだろうに、なぜかハズレの男とばかり付き合ってしまうのだ。運がないというより、単に見る目がないだけなのかもしれない。




 一方で姉の葉子は、花南子とは正反対の男運の持ち主だ。


 葉子は美人だけど大人しくてあまり目立たないタイプで、同じように大人しくて堅実な男性と高校時代から付き合っていた。ふたりのお付き合いは真面目で安定したもので、10年間の交際を経て結婚した。


 現在も葉子たち夫婦は、交際していた時と変わらず仲がいい。彼らは葉子の両親と同居しており、伯父と伯母はお婿さんをとても気に入っている。旦那さんには安定した収入もあるし、優しくて頼りになると評判だ。


 結婚から約2年後、葉子は一人の女の子を産んだ。彼女は芽衣と名付けられ、すくすく育っている。やっぱり将来は美人になりそうな、整った顔の女の子である。


 花南子は目下、この可愛い姪っ子にメロメロなのだが、芽衣にはちょっと妙なところがあった。




 芽衣がまだ1歳のヨチヨチ歩きだった頃、花南子が初めて、結婚したいという男性を家に連れてきた。


 ダメ男ばかりと付き合ってきた花南子の彼氏にしては真面目そうな男性で、地元ではそこそこ有名な企業で働いているという。伯父と伯母は泣かんばかりに喜んだが、芽衣は彼を見て本当に泣いた。


 私はその場にいなかったので、後で葉子から聞いたのだが、本当に「火のついたよう」に泣き叫んでいたという。


「知らない男の人が怖いのかも。せっかく来ていただいたのにすみません」


 葉子は未来の義弟に謝った。彼は「いえいえ、しかたないことですよ」と言いながら、困ったように笑っていたという。


 花南子はその男性と結婚し、そして1年後に離婚した。


 彼女の夫には浪費癖があった。ドカンと大きな買い物をするわけではない。ただちょっと高いお店で外食する、ちょっと高い服を買ってみる、飲みに行った相手にいい顔がしたくてついおごってしまう……などの出費が積み重なって、いつの間にかお金が消えていたらしい。そんなこんなで夫婦の貯金を食いつぶし、その上300万円もの借金を拵えたというのだから、花南子は開いた口がふさがらなかっただろう。


 いよいよ消費者金融への返済が滞って、彼女の独身時代の貯金に手をつけたところから、芋づる式に夫の借金がばれた。


「普通の人だと思ってたのに、案の定ダメンズだったなんて」


 花南子はそう言って泣いた。




 こうしてバツイチになった花南子だが、相変わらずモテることには変わりなかった。彼女はほどなく新しい彼氏を見つけ、また結婚する、今度こそ幸せになると言って家に連れてきた。


 この時、たまたま私は伯母に届けるものがあって、花南子の実家を訪れていた。彼女の新しい婚約者は、背の高い、笑顔の優しそうな男性だった。


 そして、家の奥からはまた、甲高い泣き声が聞こえていた。4歳になった芽衣だった。

「芽衣、いつもはお客さんにちゃんとご挨拶できるでしょ?」


 葉子がなだめても、少し強い口調で叱ってみても、芽衣は「やだー!」と泣き叫んで、母親にしがみつくばかりだった。


 花南子はその様子に、嫌なデジャヴを感じた。


 少しして彼女から私に、「彼と別れた」という連絡があった。彼氏の身辺調査をしたところ、別の女性と同時進行で付き合っていることが判明したのだ。


 相手の女性は、彼氏の会社に入社したばかりの高卒の女の子だった。まだ十代の彼女は、婚約者がいる男性であるとはまったく知らずに付き合い始め、呆れたことには、近々彼女の両親にも会うつもりだったという。


 花南子は浮気相手の女の子とふたり揃って、彼氏の両頬にビンタした。その後女の子と別れた彼女は、適当な居酒屋に入ってしこたまお酒を飲んだ。


 派手な見た目のためか「性格悪そう」などと言われがちな花南子だが、私の知る限りは普通の、優しさも思いやりも持った女性だ。そしてダメ男に引っ掛かると、そのために毎度毎度傷ついてしまう。


 ベロベロに酔っ払った花南子は、繁華街に近い、私が一人暮らしをしているアパートに転がり込んだ。私がコップに汲んできた水を飲みながら、彼女がふと呟いた。


「芽衣ってさぁ……うちのおばあちゃんの生まれ変わりだったらどうしよ」


 私たちの母方の祖母は、霊感というのだろうか、不思議に勘の鋭い人で、特に「近いうちにどこそこからお葬式が出るよ」なんて予言は外れたことがなかった。


 彼女は葉子の結婚式に出席した直後、家の寝室で眠っているときに静かに亡くなった。葉子の妊娠がわかったのは、確かその祖母の四十九日の頃だったはずだ。


「生まれ変わり? 何言ってんのよ」


「だってさぁ、あたしが婚約者連れてくたびに、すんごい泣き方するんだもん。それで、泣かれた男はどっちもろくでもない奴だったでしょ。なんだか、あたしたちにわからない何かがわかるみたいじゃない? だって芽衣、普段はいつもニコニコしてて、人見知りだって滅多にしないのに」


「私からしてみれば、いつもクズ男ばっかり引き当てちゃう花南子の方がオカルトっぽいけど」


「ひでー! でもほんとそれだわ」


 自分がダメ男ホイホイだということは、花南子もよく知っている。ひどいひどいと言いながらも、初めて彼女は笑った。


「次は付き合う前から身辺調査必須だね」


「また興信所かぁ。お金がかかってしょうがないや」


 困った困ったと言いつつ、花南子はいつもの楽天的で明るい彼女に戻りつつあるように見えた。ハズレくじに当たり過ぎて、もはや婚約破棄くらいでは大してへこたれないようになったのか、それとも元々の性格がそうなのか。私にはどちらも正しいような気がした。




 花南子が次の彼氏を家族に紹介するまでには、それから4年かかった。ようやく連れてきたのは彼女より少し年上の男性で、やっぱり真面目そうな見た目の好青年だった。


 この時、芽衣は小学校二年生になっていた。今度は泣かずに挨拶したが、浮かない顔をしてすぐに別の部屋に引っ込んでしまった。


 葉子が様子を見に行ってみると、芽衣は一人で本を読んでいたが、ふと顔をあげてこう尋ねた。


「お母さん。どうして花南子おばちゃん、変な男の人ばっか連れてくるの?」


「変って? 今の人、どこかおかしかった?」


 葉子が聞き返すと、芽衣はすべすべした眉間にしわを寄せて答えた。


「今の男の人、影がぐちゃぐちゃじゃん。タコみたいにめちゃくちゃに動いてるよ」


 客間の畳の上にできた影が、ひとつだけ不自然に蠢いていたという。


「お母さんもおばちゃんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、何でわかんないの? あの人怖いよ」


 芽衣は今にも泣きそうな顔でそう言った。


 葉子はぎょっとして、以前のことを思い出した。


「もしかして、前に連れてきた人も変だった?」


「うん。お腹の横から女の人の手が生えてた。その手にずーっとお腹をひっかかれてるのに、男の人、全然気づかないんだよ。すごい気持ち悪かったよ」


 芽衣は泣きそうな顔をしたまま、そう答えたという。さすがにその前に連れてきた、花南子の最初の結婚相手のことは覚えていないらしかった。


 葉子は迷った挙げ句、娘の言葉を花南子に告げた。


「もうイヤ~。あたし、どうしたらいいのぉ」


 電話をかけてきた彼女は、心底面倒くさそうな声でそう言った。私は「芽衣に彼氏を選んでもらえばいいんじゃない」と答えた。




 その後新しい彼氏は、バツイチなのを隠していたことが判明した。それだけならまだしも、日常的なDVのために前の奥さんに逃げられ、離婚させられたのだとわかった。


 現在、花南子は懲りずに婚活中である。「次こそは付き合う前に興信所に依頼する」と宣言している。


 ちなみにこの一連の出来事が起こっている間、私には浮いた話がただのひとつもなかった。今現在もまったくない。


 個人的にはそれが一番恐ろしい。

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