第28話 何者

 真夜中、ふと目が覚めた。


 常夜灯の下にぼんやりと照らし出される一人暮らしの七畳間。万年床の枕元に誰かが座っている。


 幽霊か? それとも泥棒だろうか……薄目を開け、こっそりと観察した。色はよくわからないが、ひらひらのついたボンネットを被っているらしい。同じくひらひらのドレスの肩に、長い巻き毛が垂れている。


 フランス人形のような恰好をした人が、枕元でちくちくと縫い物をしているのだ。そのすぐ手元で、大きな裁ち鋏が刃を光らせている。


 背中を嫌な汗が流れた。


「・・・・・・ん~んん~・・・・・・ん~・・・・・・」


 しゃがれた歌声が、すぼめた唇から小さく漏れている。


 薄明りの下で目を細めている顔は、どう見ても皺くちゃのお婆さんだった。


 金縛りに遭ったように、動くことができなかった。


 やがて人影は立ち上がった。右手に裁ち鋏を持って、こちらを見下ろしている。心臓の鼓動が大きくなる。


 しかし何事も起こらないまま、そいつは静かに立ち去った。玄関のドアを開け閉めする音が聞こえた。


 途端に体が動くようになった。飛び起きて玄関の鍵とチェーンを閉め、部屋に戻るとベランダの窓が開いていた。施錠していなかったようだ。どうやらここから入ってきたらしい。


 あの存在感。そして窓から入り、玄関から出て行ったところを見ると、どうやら人間だったらしいと思えてきた。


 だが、激しい動悸は一向に収まらなかった。




 枕元には、昨日脱ぎ捨てたジャケットと、もらいものの縫いぐるみが、黒い糸でぎちぎちに縫い合わされて転がっていた。

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