第14話 標識

 僕が大学生の頃、ある資格試験のために、よく深夜まで起きていた時期があった。


 勉強していると日付が変わる頃に腹が減ってくる。頭も煮詰まってくるので、気分転換を兼ねて、たびたび徒歩5分ほどのところにあるコンビニに夜食を買いに行った。


 コンビニに向かう途中に、建売住宅が並ぶ一角がある。両側に似たような家が建ち並ぶ道の前を何度か通り過ぎるうち、僕はふと妙な標識が立っていることに気が付いた。


 点々と街灯が立つその道は暗く、何の標識が立っているのかはわからない。妙なのはその標識自体ではなく、それが立っている位置だった。それは道の中ほどの、ど真ん中に設置されていたのだ。


 どうしてそんな邪魔なところに標識があるのだろうか。この道に差し掛かるたびにそう思うようになった。


 しかしこんな夜中に住宅街をうろうろするのは、不審に思われそうで気が引ける。何より腹が減っている。標識を確認するよりさっさと家に帰りたい。そういうわけで、いつか明るい時間帯に、落ち着いて確認しようと考えていた。




 ところがある日の昼間、問題の道に行ってみると標識がない。邪魔だったから撤去されてしまったのか? と思い、僕はその場を後にした。


 その日の夜、いつものように勉強に煮詰まって、夜食を買いに行くことにした。その道中、いつものくせで例の道をちらっと見ると、道の真ん中に標識が立っている。


 そんなバカな、昼間には確かになかったのに。


 さすがに確認せずにはいられない、とそちらに何歩か踏み出したとき、ポールに丸い頭のついた標識のシルエットが、いつの間にか異様に背の高い、痩せこけた人間のそれに変わって、こちらにぎくしゃくと足を踏み出した。


 僕は踵を返し、振り向かずに家まで走った。その晩の夜食は諦めた。




 それから数日後、たまたま近所の人と話す中で、その道に面している建売住宅は、ほとんどが空き家なのだと知った。道理で深夜とはいえ暗過ぎるし、人通りもないわけだ。


 そう知った途端、整然として小ぎれいなあの道自体が、何となく不気味なもののように思われ始めた。


 あの晩以来、日が暮れてからその道の前を通ったことはない。例の標識も見ずに済んでいる。

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