第15話 仕返し

 そうなの。あのお人形はうちの姑が持ってきたの。


 まだ若いうちに亡くなった義姉のものだそうなんだけど、ひさしぶりに見たら髪が伸びてたんですって。ね、いかにもな感じの市松さんでしょう。


 うん、見た通り今は伸びてないわよ。わたしがカットしてあげてるの。


 だってお義母さんったら無茶苦茶言うのよ。捨てるのはいや、お寺に持ってくのも可哀想。おうちに置いてあげたいけど自分の家は気味が悪いからいやってね。おまけに夫もわたしに丸投げして、うまいことやってくれよなんて言うから、あそこに飾ってやったのよ。夫は毎日気味が悪そうにしてるけど、文句なんか言わせやしないわ。


 わたし、別に嫌々やってるわけでもないのよ。うちは結局子供に恵まれなかったけど、お人形のお手入れをしてると、なんだか赤ちゃんのお世話してるような気持ちになってね。悪いもんじゃないわ。


 それにあのお人形、きれいにしてるとなかなか可愛いでしょう? 品のあるお顔だし、着物だってとっても豪華だし、きっと高価なものだったと思うの。


 あの子、義姉がどこで手に入れたか知らないけど、年代物じゃないかしら。髪なんか人毛を植えてるみたいなのよ。


 あら、急にそわそわしちゃってどうしたの? もう遅いからって? 大丈夫、夫なんか今日も遅いに決まってるんだから。もっとゆっくりしていってちょうだい。


 あのね、よそに女の人がいるの。もう3年も続いてるのよ。夫はうまいことやってるつもりらしいけど、わたし、ちゃんと知っているの。夫の会社の事務のお嬢さんなのよ。若いのによくもまぁ、お腹と加齢臭の出たおじさんとできるわねって、同情しちゃう。


 夫ったら前から出張だなんだって言って、しょっちゅう家を留守にしてたんだけど、あのお人形を置き始めてから、ますます家に帰ってこなくなったの。いやらしいじゃない? あの子は夫のお姉さんのなのに。


 義姉はあの子を我が子のように大切にしてたっていうけど、もし義姉の子供だったら夫には姪っ子じゃないの。それをわたしにばっかり面倒見させるんですもの。


 わたし、浮気は腹が立たない性なんだけど、あの子のことばっかりは腹が煮えてしょうがないわ。だってかわいそうだもの。ちょっとくらいかわいがっても罰は当たらないでしょうよ。


 髪を切ってあげるのもわたし。埃を落としてあげるのもわたし。お花やお菓子をあげるのも、話しかけてあげるのもみーんなわたし! わたし、わたし、わたし!


 夫には、あの子やわたしがどんな気持ちかなんてちっともわからないのよ。


 だからわたし、あの子と相談してね、ちょっとした仕返しをすることにしたの。


 あのね、夫が好きなアオサノリのお味噌汁を作るでしょ。そのときに、あの子の切った髪の毛を入れてるの。キッチン鋏で細かくしてね。ばれやしないわ。あんなに気味が悪い悪いって言ってた髪の毛を、スルスルっと飲んじゃうんだから他愛のないものよ。わたし、それを見てると胸がスーッとするの。


 最近妙に咳き込むようになったの、そのせいかしら。きっと何かあるのよね。


 だってわたし、夜中に夫の寝室を覗いたときにね、見たのよ。


 頭がへこんで顔中血塗れになった女の人がね、夫の枕元に立って、夫の口に手を入れてるの。顔立ちはよくわからないけど、あの子と同じ振り袖を着ているの。


 夫ったら口に手を入れられると、ゲホンゲホンって、寝ながら苦しそうに咳をしてね。

 ふふふ。あー、面白い。




 ざまぁみろ。


 わたしとあの子と、ずっとふたりぼっちにしておくから、そうなるのよ。

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