第25話 先生の話

 私、小学1年から5年の秋まで、ピアノ習ってたんだ。


 半端でしょ? 5年のときに、先生が亡くなったからなの。 


 先生はねぇ……当時のうちの母よりちょっと年下くらいの女の人で、気難しいって評判だったんだけど、私は結構好きだったなぁ。うん、私にだけは優しかったんだよね。


 先生は1回結婚したんだけど、離婚しちゃって、子供も旦那さんの方にとられちゃって、ひとりで地元の町に帰ってきたんだって。それで、亡くなった先生のお祖母さんのおうちを改装して、ピアノ教室を始めたんだってさ。


 よく言うのよ、私が生き別れたお子さんに似てるって。


「名前も由衣っていうのよ。漢字は違うけど、唯ちゃんと同じでしょう」


 って。


 他の子が弾いてて間違えると、キンキン声で怒鳴るのに、私が全然できなくても怒らないの。それでクリスマスとかに「ほかの門下生には内緒ね」ってプレゼントくれたりして。


 うーん、大人になって考えてみると、あんまり関わりたいタイプの人じゃなかったな。でもあの頃は子供だったから、贔屓されてることが嬉しいっていうか、心地よかったんだ。


 それでさ、小学5年生の10月28日だよ。今でも覚えてるんだけど。


 私が学校からひとりで帰ってたら、急に黄色い軽自動車が来てね、私の横でキッと停まったの。何かと思ったらそれ、例の先生の車なんだよね。


 で、先生が車から降りてきて、いきなり「ゆいちゃん、私とお出かけしましょうよ」って言うの。


 私、親に無断で行ったら怒られると思って、「行けません」とかなんとか言って断ったのよ。


 でも先生ってばしつこいの。「いいから行きましょう。とってもいいところだから」とか言って、突然私の右手を握って、きゅっと引っ張ったのね。


 そしたらその手がもう、氷みたいに冷たいの。


 私びっくりして、「冷たいっ!」って叫んで、思わず手を振りほどいちゃったのね。そしたら先生が、すっごく恨みのこもった目で私をじっと睨んできて……。


 もう怖くって、泣きそうになって固まってたら、先生がプイッてそっぽむいて、車に乗ってばーっと走っていっちゃったの。ほっとしたけど怖くて、家まで走ったなぁ。


 そしたらその次の日にね、うちに電話があったの。


 それがなんと、警察だったのね。


 何でも先生が亡くなって、その死に方がちょっとおかしくって事件性があるから、先生と交流があった人に片っ端から当たってるんだって。先生の持ち物の中に私の写真ばっかり貼られたアルバムがあって、それでよっぽど親しい間柄なんだろうってことで、電話があったみたい。


 ええっ、先生、昨日あんなに元気そうだったのにって言ったら……なんかさ、亡くなったのは27日の深夜頃だっていうの。私が先生と会ってた頃にはもう、先生は自宅で亡くなっていたっていうの。


 嘘みたいでしょ? でも、警察の言うことだから……。


 結局先生のことは、自殺ってことになったんじゃなかったかなぁ。親とか、あんまり詳しく教えてくれなかったんだよね。知らされなくてよかった気もするけど。


 まぁ、そういうことがあって、私はピアノを辞めちゃったの。そしてこれが、私が持ってる唯一の心霊体験ってやつなんだよね。




 っていう話をさ、こないだうちに遊びに来た藍子にしたの。


 藍子って勘が鋭いでしょ? その後たまたま私の子供時代のアルバム見てたら、藍子が中の1枚をすっと指さしてさ。


「これ、さっき話してたピアノの先生?」

 って聞くのよ。町内会のイベントかなんかで撮った写真なんだけど。見たら藍子の言う通りなのね。


「うん、そうだよ。よくわかったね」


 って言ったらね、藍子がひそひそ声になって言うの。


「この人、さっき唯が先生の話始めたら、台所とリビングの間のドアからにゅって顔出してたよ」


 って……。


 私、想像してぞっとしちゃった。


 その後藍子が、「もう引っ込んだけど、先生の話、もうあんまりしない方がいいよ」って言ったから、私、この話はもう二度としないって決めたの。




 まぁ今、こうして全部話しちゃってるんだけどね。


 何でかな。年に1度くらい、なーんか無性に話したくなるんだよね。


 まだいるのかな、先生。その辺のドアの影とかにさ。

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