第12話 バスが来る
亡くなった伯母の持ち物だった一軒家に住んでいる。
家の横に一方通行の小さな道があって、たまに車や人が通るとザリザリと砂利の擦れる音がする。
深夜、ザリザリ鳴っているのに気づいてそっとカーテンを開けてみると、例の小道を小型のバスが通っている。
黄色の車体にウサギの耳がついている。見るからに幼稚園か何かの送迎用のバスである。
青白い明かりが灯った車内には、黄色い帽子をかぶった子供たちが、整然と座っているのが見える。
時計を見ると午前2時を過ぎている。
ザリザリという音だけを立てながら、バスはゆっくりと、気味が悪いほど静かに通りすぎる。
ふと、市役所に勤務している友人のことを思い出す。
あのバスのことを尋ねてみるが、そんな深夜まで預り保育をしている園は、少なくともこの市内にはないと言われる。
深夜のバスは、いつも忘れかけた頃にあの小道を通りすぎる。家の窓からは、その車体に書かれているであろう園の名前を読み取ることができない。
気になるのなら外で待っていればいい。だけど近くであのバスと鉢合わせるのは、そら恐ろしい。
ごくまれに、帰宅が深夜を過ぎることがある。
そんな夜のこと、かじかむ手をこすりあわせ、錆びた門扉を静かに開けようと苦労していると、蝶番がギイギイと鳴るのに紛れてザリザリという音がする。
あっと思った瞬間、例の小道から黄色いバスがのそっと顔を出す。
慌てて顔を伏せる。門扉は何かが引っかかっているのか、なかなか開こうとしない。
背後をのろのろと、バスが通りすぎていくのがわかる。
シートに整然と座った園児たちが、窓越しにこちらを睨み付けているような気がして仕方がない。
やがて目の端に、バスのテールライトが映る。震える手がようやく門扉を開く。
家に入る。鍵を閉めて灯りを点けて靴を脱ぐ。手を洗おうと洗面所に入る。
一息ついて鏡を見る。顔面蒼白の自分が見える。
背後の薄暗い廊下に、黄色い帽子をかぶった小さな子供たちがぎっちりと立っているのが映っている。
気がつくと門扉の前でしゃがみこんでいる。もう夜が明けかけ、体はすっかり冷えきっている。
ひどい風邪を引いて横になっていると、誰もいないはずの2階からドタドタと音がする。
何人もの子供が走るような音である。
今夜もまたザリザリと音がする。
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